エピローグ
二人の抱擁とお説教を一通り受けたあと、クレイジーベアの解体を行う。既に色々とバラバラになっているが、魔石を取り出したり毛皮を剥いだりとやることはまだまだ多い。
今回は周囲の警戒をする必要がないので、三人一緒での作業だ。
どうやらこの部屋は入ったあと、入り口は自動でしまるらしい。他の魔物が入ってくる心配がないので、警戒の意味がないというわけだ。
「しかし、あれだけ吹き飛ばされたのに、アリスは怪我らしい怪我がないな?」
そう、先ほど抱き合っていたとき、二人にも奇跡で治療をしようと思ったのだが、攻撃を食らった様子のなかったクロエはともかく、あれだけ派手に吹き飛ばされたはずのアリスが全く怪我をした様子がなかったのだ。
「あれは咄嗟に軽量化を全力で使ったんですよ。風圧だけで飛ばされたので、クレイジーベアの足には少しも当たっていなかったんです」
なるほど、さすがはアリスだ。軽量化を使っていたから、結構な高さまで飛ばされたのに着地も問題がなかったわけか。
相変わらずのアリスの戦闘センスの高さに脱帽しつつ、解体を終わらせた。
「職人だけあって、クロエは手際がいいな……助かったよ」
「あはは、手先の器用さが自慢ですからね。普段から手伝えればいいんですけど」
「パーティメンバーが増えて、警戒するための人員が増えたらそれもありかもな」
実際、クロエの解体する手際はかなりのものだ。
俺が一番このパーティの中で戦闘能力が低いという事実がなければ、彼女に任せたいほどだった。しかし、ないものねだりをしても仕方がない。
今は自分たちのできることをこなしていこう。とりあえずは、解体の終わったクレイジーベアの素材と魔石をバックパックに詰め込んで、帰還しなければ。
魔石は魔物の種類によって、色合いや多少の形、大きさが変わってくる。クレイジーベアのものは今まで見たきた中で一番大きく、野球ボールほどの大きさをしていた。少しだけ歪な丸い琥珀色が綺麗に輝いている。
しまおうと手に取ったとき、思わずその美しさに目が奪われた。
「綺麗だな……」
「そうですね、いくらくらいになるでしょうか」
「装備や法具の材料に使ってみたいかも」
二人の現実的な感想を聞いて少しばかり気恥ずかしくなり、さっさと魔石をバックパックの中へしまう。二人の視線がなんだか凄く温かい気がした。
軽く咳払いをしてから立ち上がり、部屋を見回す。
「入り口は閉まったみたいだし……地上と行き来ができるっていう石碑を探すか」
「それなら多分、あちらではないでしょうか」
アリスが指差す方向を見れば、ぽっかりと壁の一部に穴が開いている。俺たちは顔を見合わせて頷き合い、その穴へ向かって歩き出した。
先ほどはこんな穴は見えなかったことを考えると、ゲートキーパーを倒すことで先に進めるようになっているのかもしれない。
穴の中は薄暗い通路が続いており、それを通り過ぎると先ほどの広間のような場所より幾何か小さい部屋に出た。その中央には、碑文の刻まれた石碑が置かれている。
ダンジョンの五階層ごとに存在するその石碑は、触れて念じることで入り口にある石碑と一瞬で行き来ができるようになるらしい。
それが見つかったことに安堵し、触れるために近づいたのだが
「……なんだ、これ」
「リク様? どうかされましたか?」
「リクさん……?」
その石碑を間近で見た俺は、驚愕で足を止めることになる。心配そうにこちらを見上げてくる二人に咄嗟に返事をすることもできなかった。
そこに刻まれた碑文は、日本語で書かれていたからだ。
上級ダンジョン最下層で待つ、と。
「……俺の国の言葉だ。上級ダンジョン最下層で待つ、そう書かれている」
隠す意味もなければ隠したいとも思わない。率直に事実を二人に伝える。
「なるほど……リク様は、気になりますか?」
「あぁ、俺がこの地にきた理由がわかるかもしれないし、同郷の人間がいるのなら会ってみたい。この文を見る限り、何か知っている可能性が高そうだしな」
「それじゃあ、そこまで行きましょう」
「そうだね、リクさんが行きたいって言うなら」
知っていた。二人ならそう言ってくれるだろうとは思っていたよ。
「上級ダンジョン最下層に到達した記録はギルドにもない、危険だぞ?」
「その危険を振り払うための、私です」
「上級ダンジョンでも通用する装備、作り甲斐がありそうですね」
一応の確認のために聞いてみても、こうだ。
いつも通り過ぎる二人の反応に苦笑して、軽く抱きしめる。
「ありがとう」
感謝の言葉に対して微笑み、抱きつき返してくる二人と一緒に身を寄せ合ったまま碑文に触れて俺たちは地上へと帰還した。
この二人と一緒であれば、ダンジョンの最下層だろうと、いつかは到達できる。
そんな温かな自信が胸に溢れる。しかし上級ダンジョンの前に、まずは初級ダンジョン最下層を突破したことをギルドへ報告しにいかなければならない。
扉を開けて建物内に入ると、いつもなら受付の中にいるベルナールが、俺の姿を見つけるとこちらへ走ってくる。いったいどうしたのだろうか。
「リク様、お戻りいただけましたか、実はあなたを訪ねてきた人がいまして」
どういうことだろうか。
この世界に知り合いなど殆どいない俺に会いにくる人とは誰だ。
顔を寄せてきたベルナールが小声でその正体を教えてくれる。
「気をつけろよ、貴族の従者だ」
視線の先には、外套を着込んだ人影がこちらを観察するように立っていた。
一章終了に伴い改稿を行いました。
地の文やセリフの修正・追加、クロエの一人称の変更、段落の整理など。




