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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章34

 壁際の高い位置から鞭のようにしなる一撃がこちらへ向かって放たれる。


「せぇい!」


 アリスは事前に察知していたかのように飛び上がりそれを切り払った。

 しかし切り払われたのは一部でしかなく、触手のように伸びたそれらは蠢くように俺たちの頭上を埋め尽くしている。そこからまた数本、鋭い攻撃がとんでくる。


「させ、ませんっ!」


 アリスが頭上からの攻撃を全て切り払っていく。脳天を狙ったように打ちつけられた一本を頭上に半円を描くように切り捨て、そのまま体を捻るように勢いを殺すことなく回転すると横合いから伸びてきたものを遠心力を加えた横薙ぎによって断ち切った。


「今だクロエ、行くぞ!」


「はい! でやぁあああああ!」


 その間に俺とクロエは壁際へと駆ける。走る勢いのまま俺たちは大きく得物を振りかぶり、壁際へと叩きつけた。正確には壁際に佇む木の幹を、だ。

 そう、頭上を覆い尽くさんばかりに蠢き、俺たちに襲いかかっていたのは木の枝だ。


 トレント。根を足のように動かし少しずつ移動することもできるらしいが、殆ど動くことなく通りがかった生物によくしなる頑丈な枝で襲いかかる、樹木の姿をした魔物。

 奴らの根元で死んだ生物は、トレントたちの養分になってしまうという話だ。


 しかしそれは外でトレントと出くわした場合であり、ダンジョン内では時間が経てば死体はダンジョンに吸収されてしまう。俺たちが倒した魔物も、解体したあとの死体はダンジョンに吸収されている。だからこそ、処分することなく放置することができるわけだ。

 つまりここでトレントに殺されたとしても、養分になることはない。だからと言って大人しく殺されるなんてことを許すつもりもない。


 だからこそ、俺とクロエは渾身の力を込めてメイスを、そして戦斧を奴らの幹へと叩きつける。木がひしゃげ、砕ける音が響き、風を切る音を発しながら振り回されていた枝が力なく垂れ下がり、一本のトレントがダンジョンの床へと切り倒された。

 クロエの斧は見事にトレントの幹を半ば以上まで切断していた。俺がメイスを叩きつけた幹は倒れるほどにはなっていないが、そこに繋がっている枝は大人しくなっている。


「こ、のっ!」


 更に数度強く叩きつけ、重量化まで使って傾いた幹をようやく倒すことができた。

 その間にもクロエは数本の幹を切り倒し、向かってくる枝が減ったことでアリスも幹への攻撃に参加すると、瞬く間にトレントたちはダンジョンの床へと倒れていく。


 アリスが剣を振ると、堅いはずの幹に抵抗なく剣身が滑るように入り込んでいき、そのまま通り過ぎていった。鋭い切れ目の残るそこへ、アリスが身を翻すように回し蹴りを放つ。

 蹴りを受け、最後のトレントは切れ目から割れるようにして倒れていった。


「ふぅ、これで終わりですね……リク様、クロエさん、お疲れ様です」


「ん、お疲れ様」


「あぁ、お疲れ様だ」


 軽く労いの言葉をかけあい、周囲の警戒をしてくれる二人に感謝しつつ、倒れたトレントから魔石を回収していく。既にバックパックの中はトレントの素材が大量に入っているので、余裕を持たせるために魔石以外は無視だ。


 俺たちは三階層を越えて、現在は四階層を探索していた。


 ベルナールたちが初めてのダンジョン探索に赴いた日から既に一週間が経とうとしている。今はもうベルナールたちは二人だけでダンジョンへ潜るようになっていた。

 しばらくの間は連携を上手くできるように一階層でゴブリンを相手に実戦を繰り返し慣らしていくと言っていた。いきなり下の階層までいくと、俺たちとの繋がりや祝福のことがバレるかもしれないという配慮もあるようで、感謝に堪えない。


 既にクロエが作っていた二人の装備も完成しており、今はそれを使っているようだ。装備を渡されたときに説明を聞いていたが、クロエの饒舌な語り口にダフニーでさえ表情を崩して驚いていたのは記憶に新しい。

 新しい装備を得た二人は、この先もっと深い階層に潜ったとしても問題ないと思えるほどの実力になっている。俺たちの手伝いはもういらないだろう。


 だからこそ、こうして自分たちの探索に専念できている。


「大分奥まで進んできましたね……」


「そうだね、そろそろ次の階層への階段も見つかるかな」


「確かに結構進んだからな、階段を見つけたら五階層の確認をして今日は切り上げるか」


 俺の言葉に二人は頷き、更に奥を目指す。

 それから更に二回ほどトレントの群れと戦闘を繰り返しながら歩を進めると、予想通り階段を発見した。三人で顔を見合わせ、それを下っていく。


 五階層に辿り着くと他の階層と変わらない薄暗い石造りの通路が見えた。

 それぞれ得物を構えつつ、初めての階層へ警戒を強める。

 階段からあまり離れない程度に周辺の探索をしようと手早く話し合ってから動きだした。


 それから数分もしないうちに、いつくかの足音が聞こえてくる。音からわかるほどに素早く軽いそれは、明らかに俺たちの方へ向かってきているのがわかった。

 そして薄暗闇の向こうから、赤い何かが見えた。ぬらりと光るような光沢を放つそれは首元目掛けて飛びかかってきている。よく見ればそれは開かれた口であり、鋭く白い牙が今にも喰らいつかんと迫ってきていた。


 反射的に動いていた腕がメイスを使ってそれを防ごうとする。

 しかし、次の瞬間にはその獰猛な顎門は力なく床へと落ちた。


 よく見れば首元から切断された狼らしきものの頭が転がっている。

 そして前方には剣を振り切った姿勢のアリスの姿。こちらに辿り着く前にこの狼の姿をした魔物を切り捨ててくれたのだろう。相変わらず凄い腕前で頼もしい。

 その横では丁度、飛びかかってくる魔物に対して真正面から戦斧を振り降ろし、縦に真っ二つにしているクロエの姿があった。


 転がっている死体、狼のような姿をしたそれはハンターウルフという魔物だ。

 生息している場所に合わせて体毛が保護色のように変化し、群れで獲物を包囲してから襲いかかる。わざと音を立てて獲物の気を引き別の個体が反対の位置から飛びかかったり、獲物が興味を示すようなものをわざと放置して誘き寄せたりするらしく、まさに狩人の狼というわけだ。


 それだけでも厄介だが、通常の狼より体躯も運動能力も上。毛皮は分厚く頑丈で、生半可な腕と武器では中々仕留め切ることはできないらしい。

 この初級ダンジョンは全部で五階層。つまり此処が最後の階層であり、それに相応しいかなりの強敵である……はずなのだ、本来は。


「はっ! せいっ!」


「てりゃぁあああああ!」


 飛びかかってくるそばから首を狩られ、体を真っ二つにされ、胴体が泣き別れしていくハンターウルフたち。一斉に飛びかかった三匹は、狙ってそうしたかのようにアリスにまとめて切り裂かれて地面へと落ちていった。


 勿論こちらに向かってくる者もいるので、俺も応戦する。

 二人とも簡単に撃退しているように見えるが、その牙も爪も鋭く、中型犬よりも一回りは大きい体は威圧感がある。それが凄い速度で向かってくるのは当たり前だが怖い。


「うぉっ、この、やろ……!」


 飛びかかられたところで咄嗟にメイスを横にしてハンターウルフの口の間にねじ込み、押しのけようと力を込める。しかしその体に見合った体重を押し返せず、床へと背中から倒れ込んでしまった。

 それで彼我の力の差を理解する。真っ向から押しのけようとしても無駄。


「かふっ!」


 背中を床に打ちつけ、肺から強制的に息が吐き出される。しかしアリスの指導により痛みに慣れているおかげで、動きを止めることなく動くことができた。


「おぉ、らぁっ!」


 無防備なその腹に向かって全力で膝を叩き込む。それだけで倒すことはできないが、怯ませることはできた。その隙に横へ力をこめてハンターウルフの下から転がるように脱出し、口から外したメイスを振り上げ重量化も使って振り下ろす。

 頭を狙ったのだが、立ち上がってすぐだったのでバランスを少しだけ崩してメイスは背中へと命中した。背骨が折れてもうまともには動けないだろう。

 しかし最後の力を振り絞るように俺の足へ噛みつこうと口を開き……その首が飛ぶとゴロゴロとダンジョンの床を転がっていった。


「……」


 顔をあげると、冷たく鋭い目つきをしたアリスが剣を振り切った姿勢で立っているのが見えた。俺に対する指導のときも似た目をしているが、それよりもずっと冷たかった。

 改めて本気の目を見れば、あれは意図してやろうと頑張ってくれているのだなと理解できる。殺気や殺意と呼ばれているものに慣れて、そういうものに晒された場合も動けるようにと考えてくれているのかもしれない。


 周囲を見渡し確認すると、もうハンターウルフは残っていないようだ。

 アリスは鞘に剣を収めると、ようやくその目つきがもとに戻った。


「リク様、押し倒されていたようですが、お怪我はありませんか?」


 一転して気遣わしげな表情になると、俺の方へ寄ってきて体に触りながら無事を確認してくる。


「あぁ、多少背中を打った程度で怪我ってほどじゃない。足を噛まれそうになったが、それはアリスが助けてくれたからな、ありがとう」


「いえ、御身を守るのは当然のことですから。怪我がないなら、何よりです」


 俺が無事だとわかると、アリスはほっとした顔を見せて微笑む。

 その笑顔の後ろから、クロエも戻ってきたようで顔を見せた。


「どちらも無事なようでなによりです。素材と魔石を回収したら、戻りましょうか」


 クロエに頷き、ハンターウルフを解体してその丈夫な毛皮と魔石をバックパックへと詰め込んでいく。二人はいつも通り周囲の警戒をしてくれている。

 ハンターウルフは鼻がきくので、近くにいる場合匂いを嗅ぎ付けて連鎖的に戦闘になることも珍しくないそうだ。だからこそ、他の階層よりも警戒は重要となる。


 幸い階段近くだったからか、他のハンターウルフの群れはいなかったようで、回収を手早く終わらせることができた。素材と魔石を詰め込んだバックパックを背負い直し、二人に声をかけると俺たちは地上へと戻るために歩き出した。

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