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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章32

 目の前には錆が浮き刃の欠けた剣を持つゴブリンが一匹。

 薄っすらと光る通路を塞ぐように立っている。


 普段なら俺とゴブリンを隔てるように立っている少女の姿は今はない。

 後ろの少し離れた位置から、心配を隠そうともしない顔で俺を見守っている。いつでも助けに入れるようにだろう、手は剣の柄にかかったままだ。

 その隣には、こちらもすぐに動けるよう斧を構えたままのクロエの姿がある。


 危なくなったら自分より小さな女の子に助けてもらう気が満々の布陣である。本来なら恥ずかしいとでも思うのだろうが、彼女たちのほうが俺より強いのは事実なので、二人のそんな姿にはむしろ頼もしさしか感じなかった。

 何かあったとしても、二人がいる。そう思えばこそ、前に足を進められる。

 腰からメイスを抜き、相手の動きに反応しやすいよう中腰になって構えた。


 優男が一人に、小さな少女が二人。楽な獲物だとでも思っているのか、一匹だけだというのにニヤニヤと笑っているような雰囲気を感じる。

 実際のところ本当にそんな風に思っているかはわからない。初めて魔物と戦おうとしている俺が感じている緊張が、そのように錯覚させているだけということもあるだろう。


 深呼吸。相手から目を離すことなく、深く息を吸い、吐き出す。

 俺がそんなことをしているうちに、痺れを切らしたのか粗末な鉄の剣を掲げ、ゴブリンがこちらへ向かって駆け出してくる。

 息を深く吸い、止める。意を決してこちらもゴブリン目掛けて駆けだし、溜め込んだ息を全て声量に変換するかのように声をあげた。


「おらぁああああ!」


 張り上げた声のままにメイスを振り上げ、近づいてきたゴブリンへ向かって振り下ろす。当然のように、そんなわかりきった攻撃は鉄の剣で防がれる。

 小さくとも膂力は大人の男と同程度ほどあるゴブリンであれば、本来であれば受け止めることはできる。そう、本来であれば、だ。


 大上段に構え、渾身の力を込めて振り下ろされたメイスは、落下中その重さを急激に増してゴブリンが構えた剣へとぶつかった。その瞬間、甲高い金属音が鳴る。欠けていたところから鉄の剣が完全に砕け散った音。それに肉と骨を潰す耳障りな音が続いた。

 出縁の部分に衝撃が集中したというのもあるが、振り下ろす際にメイスに魔力をこめ重量を増やしたことで剣ごと叩き割るような芸当もできるようになっていた。普通に振り下ろすだけでは剣を砕くまではいかず、受け止められていただろう。


「ふぅ……これなら、俺の腕でもいけるな」


 ぐっと握り込んだクロエの装備は、足りていない部分を十分に補ってくれている。

 とはいえ、まだ一度倒しただけ。まだまだ頑張らないといけない。


 生きた肉と骨を潰した感触が残っている手に少しだけ顔を顰める。

 けれど、解体を繰り返し、アリスたちの戦闘をずっと見ていたからか、もうやりたくないと思うほどではない。必要なことでもある。


 後ろから二人に見守られながら、歩を進める。なるべく体から力を抜き、周囲の音に耳をそばだてながら、不意打ちを受けないよう注意しつつ次の階層への階段を目指した。

 その途中、三匹のゴブリンの群れと遭遇し、後ろで動こうとする気配。

 しかし、三匹でもゴブリンを相手に助けてもらうしかないのでは、これから先の階層へ向かう道中、本当に足手纏いにしかならない。そうならないためにも、二人を後ろ手に制して一人で前にでる。


 メイスを構えつつ先頭のゴブリンへ肉薄。全力での振り下ろしでは持ち上げ直すまでの間に攻撃される恐れがある。しかし重量化を使わない一撃では確実に仕留められるか怪しいものだ。生半可な攻撃では、その膂力と粗末とはいえ剣や棍棒があるのでそれを使って止められる。


「ぜぇい!」


 だからこそ、こちらが勝っている部分を使う。いくら力が強かろうと、奴らの体重は見た目通りに軽い。メイスを横向きに振りぬけば、軽いゴブリンの体は壁へと叩きつけられた。まだ生きてはいるが、怯ませ距離ができる。


「まだだぁ!」


 足を止めることなく二匹目へ今度は上からメイスを叩きつける。重量化を使うことなく、全力を込めたわけでもない丸わかりの攻撃は受け止められ、ゴブリンがニヤリと笑った。


 メイスに注目し注意がおろそかになっているその足を払い転ばせる。笑みを驚愕に変えたゴブリンが倒れたところで武器を持っているほうの手首を踏みつけ動きを止めた。

 近くのゴブリンが棍棒を振るって俺の脇腹を狙う。後ろから動こうとする気配を感じたが、それよりも早く棍棒は脇腹へと打ちつけられた。


「っ!」


 それを見た二人が息を呑む。しかし、痛みは感じない。

 咄嗟に魔力を流したことで魔力障壁が棍棒による衝撃を全て受け止めてくれていた。腕を振り切った状態で首を傾げるゴブリン。


「ぉおおおお!」


 無防備なその頭に重量化を使った一撃を振り下ろす。頭を確実に潰したことを確認してから、倒れているゴブリンと壁に叩きつけられよろめいていたゴブリンにもとどめを刺し、解体まですませてしまう。


 その後はまた警戒しながら次の階層を目指して進み続ける。後ろで動こうとしていた二人は無事だったことを確認し、再度距離を保ちながらついてきていた。

 更に数度のゴブリンとの戦闘があったが、どうにか大きな怪我をすることもなく、階段まで辿り着くことができた。多少の切り傷や打撲はあるが、仕方がないだろう。癒しの奇跡で治せるので、問題はない。


「ふぅー……」


 階段に辿り着いたことで少し力が抜け、溜息を吐きながら壁に寄りかかる。

 そこへアリスとクロエの二人が駆け寄ってきた。


「お疲れ様です、リク様」


「一人でここまでくるなんて、凄いですよ」


「あぁ、ありがとう。階段までの道順を知ってて、普段からゴブリンよりずっと強いアリスから指導してもらってるからな。さすがにこれくらいは頑張らないと……俺が自衛できるようになれば、探索にかかる時間も減るだろうし」


 そう、今までは二人が俺を心配し過ぎて探索に余計に時間がかかってしまっていた。しかしこれからはそれも多少はマシになるだろう。

 つまるところ、今回俺一人で戦闘を行った目的は、下の階層へ行くための自衛能力の獲得と確認、そして俺を過剰に気遣って落ちていた探索速度の改善でもあったわけだ。


 最初は渋っていたが、ある程度俺にも自衛能力があったほうがいいという認識がアリスにもあったのだろう。実戦を経験しているかいないかでは、咄嗟に動けるかどうか、大分変わってくるだろうからな。なので、話をすれば最終的には納得してくれた。


 とはいえ、二人からすればかなり泥臭い、不細工な戦い方になってしまった。ただそこは、圧倒的な技術や膂力もないのだから仕方がない。

 それはわかっているし、だからこそアリスからの注意にも真剣に耳を傾ける。


「一匹のゴブリン相手であれば、ほぼ完璧でしたね。何度も練習したおかげで、重量化のタイミングも良かったです」


「あぁ、実戦で失敗して体勢を崩すのは致命的だからな。集中すれば失敗はしない程度には練習を繰り返してきたつもりだ」


「はい、なのでそこは満点です、さすがですリク様」


 戦い方の指導のときは、自分を師匠だと思って指導してくれと頼んでいる。だからなのか、少しだけ偉そうに振舞おうと頑張っているアリス。こういうところは微笑ましい。

 背伸びして俺の頭を撫でようと奮闘しているので、少ししゃがんでそれを受け入れた。

 撫で撫でを終えて、むふーと満足気に息を吐いてから、こほんと咳払いを一つ。


「しかし複数を相手にすると、少し粗が目立ちます。壁への叩きつけなどで動きを制限するのは有効でしょう。体格差を利用するのも上手いです。けれどゴブリンなど小さい相手にしかできない戦法であることはリク様もわかっていますよね?」


「あぁ、現状だと力も技術も不十分だからな。そういう工夫に頼りきってる自覚はある。それだけじゃ、この先通用しなくなってくることも理解している」


 そういう工夫は大事だ。でかい相手であっても、それならそれでそういう相手へのやり方というのもある。けれど、そのやり方を実践するには、この先技術が必要になる。

 今回のゴブリン相手にやったような小手先の工夫では追いつかなくなるだろう。


「そうですね、例えば今回ですが、動きを制限したのは一度に相手をする数を減らすためですよね。ゴブリン相手であれば、もう少し上達すれば、もっと楽にそれもできると思いますよ。例えば、横向きのスイングと少しの重量化、それで擦れ違い様にゴブリンの一体は頭を正確に狙うことができれば確実に一匹は減らすことができるでしょう」


「そうか、それなら倒れたあと、先ほどのように起き上がってくる心配をしなくてすむから警戒の必要が減るし、さっきよりもスムーズに全て倒せていただろうな……」


 そう、工夫をするにも腕をあげれば幅が広がる。基礎を固めなければいけない。

 正確に狙った場所に攻撃を当てる。言うのは簡単だが実践の中ではこれが中々に難しい。まずはそういう基礎を固める必要があるのだ。


 アリスからそういった指摘を聞き、これからの鍛錬で意識するように心がける。

 そんな俺たちを見ながら、クロエがぽつりを零した。


「アリスちゃん、いつもは自己主張あまりしないけど、喋るときは凄く喋るね」


 君が言うのか。

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