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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章31

 最後まできっちりと叩き終え、俺の膝にお腹があたるようにうつ伏せで寝転がっているアリスがくたりと体の力を抜いた。百回も叩かれた形の良い尻は、手のひらの形をした真っ赤な跡が残っている。

 そこで何かがぶつかったような音が扉の方からして、部屋の中にクロエが入ってきた。


「クロエ、作業は終わったのか?」


「えぇ、防具が完成したので、報告しにきた、のですけど……」


 額を扉にぶつけたのかそこを摩りながら、俺の膝上で尻を丸出しにして息が荒くなり顔を真っ赤にしているアリスを見る。


「もしかして、毎日こんなことを……?」


「待ってくれ、合意の上なんだ」


 いや、余計に誤解を招くようなことを言うんじゃない。別に疚しいことはしていないということもないけれど。それでも俺はアリスのためにやっている。

 凛々しくも美しく冴え渡る剣舞で異形の怪物を屠る愛らしい少女。そんなアリスが自分の腕の中で、自分の手の動き一つ一つに悩ましい声をあげて懇願し、体をくねらせ頬を赤くして薄く涙を浮かべたとしても、妙な気分になったりすることは決してないのだ。


 いやあるけれど。


 ただ痛みに耐えるだけではない。自らが信じ愛している者を傷つけ、その者から罰として打たれている。それをしっかりと自覚して受け止めながら、罪悪感や痛みに心を締め付ける。それと同時に自らのためを思って、罪悪感を薄めるためにしてくれているという行為に感謝し、与えられるものに喜悦を感じる。

 矛盾した大きすぎる感情に、毎回アリスは頭がぐちゃぐちゃになっている。


 何故そんなことを俺がわかるのか。涙を流し頬を赤くして舌をだらしなくのばしたアリスが毎度のごとく感じたままに言葉を吐き出しているからだ。

 そりゃあ変な気持ちも芽生えるというものだろう。


「合意、やっぱりアリスちゃんが望んで……」


 クロエが細い喉をこくりと鳴らした。その頬は赤い。

 そして視線は、ジッと先ほどまでアリスを叩いていた手に集中していた。


「思っていたのとは違ったけど、これはこれで……」


 よくわからないことを呟いている。

 よくわからないということにしておきたい。

 理解できていないのだと自分に言い聞かせつつ、クロエに手招きをする。首を傾げながら大人しく近づいてきたクロエの額に手をそえて、癒しの奇跡を起こす。


「んぅ……なんだか、じんわり暖かくて気持ちいい……」


「扉にぶつけたんだろう。ほら、これで大丈夫だ」


「あ、ありがとうございます」


 軽く押すように額に指を当てる。

 指の当たったところをさすさすと手で摩りながらクロエは頭を下げた。


「それじゃ、アリスもだな、もういいだろう?」


「あぅ……? はぃ……」


 まだ痺れるような痛みが残っているだろうに。いや、だからこそ痛みをしっかりと感じ取るためか、アリスは目を閉じてその感覚に感じ入っていた。

 声をかけると、涙で蕩けたような瞳がこちらに向けられ、軽く頷く。


 それを確認すると、そっと赤くなった尻に手をそえる。

 労わるように撫でつつ、癒しの奇跡を起こすと、アリスは悩ましげな声をあげた。


「くふぅ、あ、はぁ……」


「わ、わ……なんか、え、えっちだ……」


 そんなことを言いつつ、クロエは顔を覆うようにした手の隙間からガン見している。

 実際のところ、撫でる必要はないのだが、撫でられた方が労わってもらっている感覚が強いし心地好いとアリスが言うので撫でている。


 俺も触り心地が良く、役得であるし。


 赤い腫れが引いていき、そこを撫で摩るたびに痙攣するように体を震わせる。


「んく、ぅ……」


 痛みに耐えるような表情は徐々に弛緩していき、恍惚としたものに変わっていた。

 赤くなっていた肌が元通りに白くなると、終わりの合図代わりに尻を軽く叩く。


「ひゃんっ、あ、終わりました……?」


「あぁ、痛みも感じなくなっただろう」


「そう、ですね……ありがとうございました」


 そう言ってから、アリスは上体を起こして、俺の胸元に頭を預けるように座りなおす。

 見上げるようにして俺の顔を見つめながら、その体勢のまま足を軽くあげた。


「パンツ、履かせてください」


 アリスはこうしてたまに、甘えたような言動をする。

 計算なのか天然なのか。両方かもしれない。


 脱いだあとソファに置かれていたパンツを手に取り、アリスの足へと通して持ち上げていく。無防備な少女にパンツを履かせるのに、この数週間ですっかり慣れてしまった。

 クロエはその様子を顔を赤くしながらもずっと凝視していた。


「それで、防具が完成したって? かなり早かったな」


 パンツを履かせたあと、そのまま寄りかかってくるアリスの頭を撫でながら聞く。


「あ、はい」


 装備のことに言及されて、意識が切り替わったのか、真面目な顔になる。

 ただ頬はまだ少し赤く、林檎のような頬のまま彼女は語りだした。


「魔物の皮など、なめす必要がある場合はもう少しかかったのですけどね。ジャイアントアントの甲殻は素材として結構優秀でして、剥ぎ取ってから整形したり少し加工して装備に接合するだけで防具になるんですよ。とはいえ革とは違って柔軟性はありませんし、金属よりは軽いとはいえ重さもあるので、急所や関節など重要な部分だけに使用しています。他は革の防具を使っていまして、早くできたのはこの部分を予め用意しておいたからなんです。それと、今回もエンチャントを施しておきました。武器と同じ自己修復に、魔力障壁です。自己修復はご存知でしょうが、多少欠けたり傷がついても魔力により修復してくれます。勿論砕かれたりした場合はその限りではありません。魔力障壁は魔力を使用することで、一時的に防具の表面に文字通り魔力による障壁を張ることができるものです。常に使用しているとすぐに魔力が枯渇してしまうでしょうから、瞬間的に出せるように練習してここぞというときに使うのがいいかもしれませんね」


 相変わらず装備のことになると凄く饒舌だ。

 そしてアリスも以前と同じく、呆けたような顔をして聞いている。

 ただ以前と違って、抱いているのは剣ではなく俺の腕だが。


 しかし魔力障壁か。魔法っぽいことができると思うと、かなりわくわくする。男の性だ。

 奇跡も魔法みたいなものだと言えば、そうなのだが。それはそれ、これはこれだ。


「わかった、ありがとう」


「いえ、これがボクの仕事ですから。それに、まだ三人分残っていますし」


「あぁ、クロエと、ベルナールたちの分か。無理はするなよ?」


「はい、ご飯と睡眠はきっちりと、ですよね」


 クロエの言葉に深く頷く。無理をさせても長くは続かないし、効率が悪いからな。

 それから奇跡を起こし身を清め、念のためお互いに体を拭き、夕食をすませる。

 就寝する時間までにクロエが自分の防具は完成させた。


 加工しているところを見せてもらったが、凄い手際である。

 そしてこれで俺たち三人分の防具は揃ったので、明日からはまた下の階層を目指すための探索を再開することになる。


 ベルナールたちと合流してからも気を抜くことはできないだろう。素人であるし、二人はアリスやクロエよりも祝福の効果が薄く感じる。万が一がないようにしなければ。

 クロエが普段から使っているベッドはそれなりに大きかった。

 三人で入っても多少の余裕がある。


 一人でここで暮らし、不安を抱きながらこのベッドで一人寝ていたのかと思うと、胸を締め付けられるような思いがして、思わず強くクロエを抱き寄せた。

 クロエは驚くこともなく胸元に寄り添ってくる。その顔に不安や悲嘆はなく、ただ幸福と安心に満ちたような、穏やかな表情が浮かんでいた。普段の余所行きの無表情を知っている分、彼女がそういう顔を見せてくれるのが嬉しい。


 それを見て、反対側からアリスも俺の胸元に顔を寄せる。ただ、アリスも俺と同じことに思い至ったのか、クロエに遠慮するように少しだけ距離があった。

 そのいじらしさに耐えられるはずもなく、彼女も強く抱き寄せる。

 少しだけ驚いた表情を見せたアリスは、すぐに安堵したような顔になり、目を閉じた。


 俺の両腕を枕にして、二人の少女は身を任せるように体から力を抜く。

 頼もしく助けてくれる姿を忘れてしまいそうになるような安心しきった顔を見て、二人への感謝を込めながらその頭を撫でる。

 滑らかな髪の毛の感触を感じながら、俺も二人と同じように目を閉じた。

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