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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章30

 ベッドメイキングを終わらせたアリスと合流して、今日の鍛錬をすませる。昨日はできなかった分、素振りやアリスとの模擬戦の量は割り増しだ。


 アリスには頼み込んで寸止めではなくしっかりと攻撃を当てるようにしてもらっている。勿論模擬戦のために用意した木刀であっても、アリスの力で思いっきり頭や首なんて叩かれた日には即死してしまうから、ある程度の加減はしてもらっているが。

 実戦で不意打ちを受け、俺が手傷を負ったとき、痛みで咄嗟に動くことができないなんてことがあったら困る。だからこそ、寸止めではなく当ててもらう必要があった。


 とはいえ、俺を神と崇めてくれているアリスにその神をぶっ叩けとは、結構酷なお願いをしていると思う。ただ、聡く俺の考えをよく理解してくれるアリスは、必要なことだとはわかってくれている。

 それでも最初は涙ぐむほどに悩んでいた。そこで俺はどうすれば納得できるのか聞いてみて、できる限りのことをすると言ったのだ。言ってしまったのだ。


「手元だけに注目しすぎです!」


「おごっ!」


 上からの木刀の振り下ろし。それはアリスの手の動きからわかっていた。

 ここ数週間の間何度も受けた彼女の剣。圧倒的な実力差があるとはいえ、指導のために加減されたものであれば、数をこなせば何とか反応できるようになってきた。


 しかしそれはこちらの気を引くための牽制。

 メイスを模した棍棒を上に持ち上げ、木刀の一撃を防いだ俺の腕は当然あがりきっており、隙だらけの脇腹にアリスの蹴りが見事に打ちつけられた。


「倒れたらそれだけ隙が増えますよ、回復したとしても次の瞬間には殺されているかもしれませんね」


「わかって、るっ!」


 脇腹を押さえて蹲りそうになるのを気合で耐え、棍棒を構えなおすために衝撃で下がっていた頭をどうにかあげる。そのときにアリスがこちらを冷たい目で見下ろしているのが垣間見えて、ゾクリと背筋が震えた。

 指導をしてくれているときのアリスは真剣だ。

 俺のためを思えばこそ、厳しくしてくれているのが痛いほどわかる。


 だからこそ、その深い信仰や愛に、恐怖とも喜悦ともつかない感情を覚えるのは間違っていないと思うのだ。決してそういう趣味というわけではなく。

 言うなればこれは真剣に自分のことを想い、だからこそ注意や指摘をしてくれる人への感謝や好意のようなもの。

 幼い時に自分のためを思って叱ってくれた親、馬鹿なことをしているときに怒って止めてくれた委員長気質の同級生。多くの者はそういった人たちへ、怒られたことへの恐怖や反発と同時に、感謝や嬉しさを覚えていたはずだ。


 つまり、これはそういうことなのだと思う。自分のことを思って指導してくれているアリスがあまりにも真剣だからこそ、俺もそれに感じ入っているのだ。

 そうじゃないとまずい気がする。


「余計な思考を挟まない!」


「ぐぉっ!」


 動きが鈍った俺の腕や頬を、アリスが振るう木刀が打ち据える。

 馬鹿なことを考えていないで、真面目にやらないとな。実際にアリスは真剣に俺のことを考えて、これほど熱心に指導してくれているのだから。


 棍棒をしっかりと握りなおして、アリスの攻撃を捌くため気合をいれた。

 とはいえ、気合だけではどうにもならない。今日も手も足も出ずこてんぱんにされた。

 腕や腹、胸まで青痣がたくさんできている。それは俺が望んだことであるし、骨が折れているわけでもないから問題はない。むしろアリスがいかに真剣に、ギリギリの手加減をしてくれていたのかわかろうというものだ。


 ただ、いつまでもそのままにしておくとアリスが罪悪感を感じるだろうし、実際涙ぐまれたりするので、さっさと奇跡を起こして治してしまう。自分の体に手を添えて集中し念じると、暖かな光が自分の体を包む。じんわりとした心地好さが全身に広がり、それらが収まる頃には傷は跡形もなく消えていた。


「お疲れ様でした、リク様。お加減はいかがでしょうか」


「あぁ、もう大丈夫だよ。酷いことにならないよう、ちゃんと加減もしてくれてたしな」


「なら、良かったです」


 着替えと体を拭くために屋内へと戻りながら、体の調子は万全だと示すため腕を軽くまわす。そうすれば、アリスはほっとしたように胸をなでおろした。

 そこには先ほどのような冷たさは欠片もない。


「ですが、何度も申し上げていますが、よろしいのでしょうか。つい先日までただの町娘だった私が指導なんて……それもリク様にあのような……」


「アリスの成長も努力も凄いからな。貴重な鍛錬の時間を俺のために割いてくれて感謝しているよ。実際俺よりずっと強くて教え方も上手いから、これからも頼みたい」


 実際のところ、アリスは感覚だけではなく考えながら自分で動きを調整したりしているので、説明が上手い。俺もクロエも、アリスのアドバイスには助けられている。

 アリス自身が言うように、最近まで戦いなんて知らなかったのだから不安もあるのだろう。自分の動きは本当にこれでいいのか、指導はきちんとできているのか。


 俺も素人だから完璧だとは言えない。だが成果は出ているのだ。

 だからこそ、アリスには感謝しているし、それをしっかりと伝える。


「それでもやはり……必要だとは、理解しているのですが……」


「怪我をさせるのは嫌か、だよな。ただ、それを納得するための約束もあるからな」


「……はい。ではリク様、今日もよろしくお願いします」


 寝室へと入り、俺が扉を後ろ手に締めたところで、先に部屋へと入っていたアリスが頭を下げ、そっと手を自分の腰へと持っていく。

 そのままスカートの中へと入れてから、足元へと下げていった。

 下げられていく手の中には布切れが一枚。


 下着。パンツ。パンティとも。


 見目麗しい少女が目の前で蠱惑的な体を悩ましげにくねらせ、恥ずかしげにゆっくりとその下着を脱いでいく様はどこか非現実的ですらあり、けれど耳を打つ衣擦れの音と僅かな呼気が否応なくそれが現実だと突きつけてくる。

 こちらを窺う視線は懇願か挑発か。潤んだ瞳から送られてくる視線は全身を絡めとるようにして俺の体を目の前の少女のもとへと近づけさせていく。


 幾度となく繰り返されたある種の儀式。視線が交差し、どちらからともなく手をのばす。

 腕を引いて抱き寄せ、ソファに座った俺の膝上へとアリスを乗せた。

 彼女は俺の膝上で大人しくしている。どころか、これから始める行為のために腰をあげて、俺の方へ向けると誘うように左右に軽く振るほどの従順ぶりだ。


「まったく……お仕置きだっていうのに、期待しているように見えるぞ」


「そんなことは……リク様に傷をつけた私に、しっかりと罰を与えてほしいだけです」


「気にする必要はない、と言っても納得できないのだから、仕方ないな」


 露出された腰を一度だけ労わるように撫でてから、いつものように意を決する。


「それじゃあ、始めるぞ」


「はい……」


 アリスが言うところの罰を、彼女に与える時間が始まった。


 ◆◇◆◇◆◇


「ふぅ……」


 作業の手を一度止め、額に浮かんでいた汗を拭う。


 勢いで短剣を作り始めてしまったけれど、こちらは完成までに時間がかかる。寝かせるところまで工程を進めたところで、リクさんたちの鎧も作ることにしたのだ。

 ジャイアントアントの甲殻を整形し、予め用意しておいた二人の体に合わせて作った革鎧へと接合させていく。急所や間接など重要な部分を覆うようにしながら、甲殻へとエンチャントを施した。


 そして、今しがたそれらの作業が終わったところ。

 鎧についてもしっかりと性能を説明しなければ。


 そう思って顔をあげ、工房内を見渡したけれど、二人の姿はない。

 どこにいるのだろうと腰をあげて家の中を捜し始める。


「……ぁ……んっ……」


「寝室ですかね……?」


 アリスちゃんの声が小さく聞こえた。

 何だか押し殺したような声だけれど、どうしたのだろう。

 疑問は部屋に近づくたびに大きくなっていった。


「あぁっ、そんな、激しい、です……っ!」


「なら、もっと優しくするか?」


「だ、駄目です、これは、お仕置きです、からぁっ、もっと、強く……!」


 そんな声と共に聞こえてくるのは、肉が肉を打つ湿ったような音。

 ボクの胸の内からは心臓が強く脈打つ音。

 頬が熱くなっているのが自分でわかった。


 確かにボクたちはリクさんに好意を持っているし、胸まで触らせたり一緒に寝たりもしているけれど、そこまでいっているとは知らなかった。

 というよりも、それってアリスさんは大丈夫なのだろうか。色々な意味で。


 ぐるぐると頭の中を疑問や妄想が駆け巡り、戻るべきかどうか自問自答。

 けれどすぐに好奇心が勝り、足はそっと部屋へ近づいていく。


 荒い吐息、肉を打つ音、悩ましげな声、それらより大きいのではないかと錯覚してしまうような自分の動悸。それが聞こえませんようになんて、ありえるはずもない心配をしながらぎゅっと自分の胸を軽く握るようにして、静かに寝室の扉をあけた。


「あ、あぁっ、痛い、お尻痛いです……!」


「尻叩き百回って言ったのはアリスだからな、まだ回数は残ってるぞ」


 力が抜けたボクは思いっきり扉に頭をぶつけてしまった。

 痛い。

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