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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章2

 それなりに幸せな家庭だったのだと思う。

 小さな酒場を営む寡黙な父と、それを手伝う優しい母。

 酒場で両親の手伝いをすると、お客さんは笑って偉いねと褒めてくれたこともあった。


 なんてことのない日常。当たり前に続くと思っていた。

 けれど、呆気なくそれは終わりを告げた。


 客の中に病にかかった人がいたのかもしれない。実際のところはどうなのかわからないけれど、父が重い病に倒れた。必死に看病していた母もまた父と同じく寝たきりになった。

 店には誰もくることはなくなり、必死に看病をしても父と母は元気になることはない。


 誰もが遠巻きに眺めてかわいそうだと、助けてあげたいと口だけで言う。助けるため本当に動く人は、誰もいなかった。

 そんなに言うのであれば助けてくださいと近づけば、誰もが顔をそらして離れていく。

 最初から助ける気なんてないのなら、そんなことは言わないでほしかった。


 日に日にやつれていく両親の体はどんどん細くなり、まるで枯れ木が人の形をしているようだと、大好きだったはずの両親が怖くなっていった。

 黒く変色した手で、水を換えようと立ち上がった私の腕を掴んで父と母が言う。

 助けてと、苦しいと……いかないで、と。


 頭がおかしくなりそうな毎日が続いた。両親が死ぬそのときまで。

 最後のときまで両親は助けを求めていたけれど、誰も助けてはくれなかった。


 私ももう、そのときには病にかかっていたのだろう。頭がうまく働かず、寒いのに暑い。ぼやける意識の中で、家から追い出されて父と母の死体が燃やされた光景だけは、鮮明に目に焼きついていた。


 あてどなく歩いて、乞食や私と似た境遇なのだろう孤児たちのいる路地裏へとたどり着いた。周りのものは皆生きているのに死んだような様子で、しばらくすると本当に死んでいく。

 私も同じようにはなりたくなくて、それでもどうしようもなくて、ただ必死に祈った。


 日に日に身体は頬も腕もこけていき、歩くこともできなくなる。自分の肌ではないかのように黒くなったそれを見て、涙を流した。しばらくして、涙すら出なくなった。

 ただ生きている。動くこともできず、あと少しで死ぬことを何となく理解していたように思う。それでも生きたくて生きたくて、両親が死んでしまったときのことを思い出すと怖くて怖くて……ただ助けてくださいと祈っていたんだ。


 知る限りの神様の名前を心の中で叫んでいた。学のない私では、二つ三つほどの名前を繰り返し叫ぶだけだったけれど。それでも何度も、何度も願い、祈った。

 当然のように、救いはこない。身体を蝕む病も、苦しみも、心の辛さも、なくならない。

 枯れた身体は涙すら流れずに、ただ、生きていた。


 私を救ってくれない神を恨み、罵倒して、それでも誰か救ってくださいと、姿も名前も知らない神に……誰かに、死に際にがむしゃらに祈っていた。

 そして、あの方に出会った。

 本当の神様に、出会ったんだ。


 病に侵され、土や垢に塗れ、穢れた私に触れてくれた。

 助けてと願えば、助けると言ってくれた。

 私の苦しみも辛さも、消してくれた。

 光をくれた。


 だから。あぁ、そうだ。

 だからこそ──。


 あの方に、全てを。


 ◆◇◆◇◆◇


 それからアリスを連れ立って、一先ず路地裏を出ることにした。因みに癒しの奇跡には身を清める効果もあるようで、服や肌の汚れなどは一切なくなっていた。俺の服も地面で寝ていたこともあり、多少の汚れはあったので表に出る前に清めておく。


 その様子を、アリスはキラキラとした……いや、そんなものではないか。

 ドロリとした粘度を感じる、熱を孕んだ視線で見つめていた。未だに幼い少女がして良い目ではないと思うが、そうしたのは自分であるからして、何も言えない。


 だからこそ受け流すのではなく、その視線を受け止める必要があった。汚れを清め、服に当てていた手をアリスの目の前に持っていく。不思議そうに見つめるその目の前で光が瞬き、焼きたてのハニートーストが現れる。


「え、あの、これ……」


「お腹が空いているだろう、食べるといい」


「は、はい、あむ……甘い」


 こんがりと焼けたパンに、たっぷりと蜂蜜をかけたものだ。そりゃあ甘いだろう。アリスは夢中になって齧り付き、仕方ないとはいえ素手で食べたから手が蜂蜜でベトベトになっている。

 食べ終わったアリスの手をとって、またその身を清める光で覆う。

 その様子をぼうっと眺めているアリスの目から、ポロリと涙が流れ出した。しかし先程のような泣き叫ぶようなものではなく、ただ静かに流れ出ている。


「……私は、貰ってばかりです。決めたばかりなのに」


「決めたって、何を?」


 アリスの手を努めて優しく握りながら訊ねる。

 確りとこちらを見返しながら、決意の滲む瞳で、彼女は口を開いた。


「神様に……リク様のために、全てを捧げることをです」


「……」


「リク様に助けていただいてから、頭にかかっていた霧が晴れたような感覚がしました。リク様に助けていただいてから、病にかかる前よりも身体に力が溢れているんです。リク様に助けていただいてから、荒れていた肌がこんなに綺麗になりました。だからこそ……」


 一つ一つ、それら全てが大事な貰い物なのだと主張するように語る。

 そして暗に告げているのだ。だからこそ、全てを捧げるのだと。


 そう、俺は命を助けただけでなく。彼女にもう一つ奇跡を与えていた。

 加護、祝福。簡単に言えばそういったものになるのだろう。


 アリスの姿は、最初に出会った頃から見違えている。病が治っただけという変化ではないのは確かだ。その相貌は誰しも振り返るほどに、人形のように整ったものになっている。面影は残っているが、殆ど別人と言っても良いだろう。肌もきめ細かく、透き通るような白さであって、そこにかかる金糸のような長髪が映えていた。


 変化は容姿だけではない。身体能力や思考力もあがっているだろう。死に掛けていたところを願いの通りに救われ、様々なものを与えられた。

 だからこその信仰なのかもしれない。


 とはいえ、だ。


(全てを捧げるっていうのは、どうなんだ……?)


 確かに俺はこの力を最大限利用するために、それこそ新興宗教の詐欺師のような……そのものの行為をしている。困っている人を見つけだし、助けると嘯き手を差し伸べ、言いなりの信徒にする。

 いや、実際に死にかけていたところを助けているから、詐欺ではないのだが。それでも、自身に神や救世主といったレッテルを貼り、他者にそれを信じさせて自分の味方にしようとしているのだから、やはり似たようなものだ。

 だからこそ、食い物にするだけでなく、俺を信じてくれた人には報いなければとも考えているのだが……閑話休題。


 とにかく、俺はこの子、アリスを信徒にするために近づいた。

 それは確かだ。確かなのだが……。


「……その、私なんかじゃ、全てを捧げても、頂いたものの対価には、足りません、よね」


「いや、そんなことはない、嬉しいよ。ありがとう、アリス」


 不安げにする彼女に対して、こちらを信じさせるために優しい言葉をかける。実際に味方にしたくて助けたわけだから、尽くそうとしてくれるのが嬉しいのは本当なのだ。

 ただ、こうして軽く手を差し伸べるだけでも――


「本当ですか……! 良かった、私はリク様のために生きられるのですね」


 こうも嬉しそうにして、熱っぽい視線を投げかけられるのは不可思議な感覚だし、少々大げさなのではないかと思う。確かに俺は彼女を助けたが、ここまでなのか、と。

 これもやると決めたからには、受け入れないといけない部分なのかもしれない。


 ただ救いを求めることしかできないほどに落ちてしまった人を拾い上げ、実際に救った。そんな拾いあげられた人に対して神として振舞うためには必要なこと、なのだろう。

 そうして決意を改めて固めていると、アリスが手をあげた。


「ん? どうした?」


「はい、質問をしてもよろしいでしょうか?」


「あぁ、勿論いいよ」


「これから私はリク様のために何をすれば良いのでしょうか」


 至極真面目な顔でそう聞いてくる。敬称も態度もむず痒いが、不快なものではない。敬われる分には、むしろ嬉しいものだし、少しずつ慣れていこう。

 アリスの質問に少しばかり考えてから返答する。


「そうだな、実は俺はこの世界に降り立ったばかりなんだ。金もなければ寝る場所もない、それらを得るための知識もない。だからこそ、まずはそれらを得るための助力を欲してアリスを助けた部分もある」


 目覚めたらいきなりこの世界にいた俺にとって、この世界は未知のものでしかない。知ったかぶりをしたところで必ずボロは出るだろう。

 それに、ただ救うための神なんてものも俺はなるつもりはないし、なれない。だからこれらの部分については、多少幻滅されようがきっちりと明言する必要があった。


 果たしてそれを聞いてアリスは


「私を頼ってくださっている、のですか……」


 何だか、感激していた。

 うるうると熱を帯びた瞳に涙を浮かばせて、口元を両手で覆っている。


 頼られることをとても嬉しがったいるようだ……いや、実際嬉しいのだろう。

 この子が特殊なのか、信徒というのはこういうものなのか……。


「わかりました、私にお任せください。リク様から頂いた御力があれば、きっと何とかなると思います」


「あてがあるのか?」


「はい、両親が酒場を営んでいたので、色々な方の話を聞いていましたから」


「……そうか」


 ある程度、アリスがあのようになった経緯については聞いている。両親は既に亡くなっているらしい。親を亡くし、自身も死に瀕していた少女。だというのに、今は健気にも俺のために頑張ろうとしてくれている。やはり彼女にはきっちりと報いなければならないと思った。

 アリスの話では、酒場には色々な人種がきていたようだ。彼女は大まかにだがそういった多くの客との会話の内容を覚えており、情報は浅く広く持っているらしい。祝福のおかげで頭の回転もあがっているのだろう、記憶から引っ張りだした情報は、今の俺たちにとってはかなり有用かもしれない。


「それで、どうするんだ?」


「はい、まずは……」


 大通りに出た彼女は、すっと道の先の大きな建物を見据えて言う。


「ダンジョンに、潜りましょう」

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[気になる点] アリスの年齢や身長が気になります。見た目の描写だけじゃ、どんな人物か想像できません。
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