第一章27
リビングへと通され、アリスとクロエ、そして俺は横に並ぶようにソファへ座る。
向かい側にはベルナールが座り、その後ろにはダフニーが控える形だ。俺たち全員にお茶を出したダフニーは自然にベルナールの後ろへと移動していた。
しかし、ベルナールは後ろに控えようとするダフニーに手招きしてから、ソファを叩く。
「ダフニー、今回はお前を交えての話し合いだ、こっちにきて座れ。こいつらが大丈夫なのは、ドワーフであるクロエがあいつの隣に座ってるの見りゃわかるだろ」
「……かしこまりました」
言葉は強いが、語調は柔らかく、ソファを叩く手も優しいものだ。
その辺り、ダフニーもよくわかっているのだろう。
小さく微笑み、言われた通り素直にベルナールの隣へと座った。
「すまんな、少し待たせちまった」
「気にするほどじゃない。いいものも見せてもらったしな」
「ははっ、可愛いだろう、やらねぇぞ?」
「あいにくとこっちも最高に優秀で可愛い子たちがいるんでね、間に合ってる」
ベルナールがダフニーの肩を抱き寄せるようにして薄く笑みを浮かべてくる。
それを見て彼の意図をなんとなく理解した俺は、対抗するようにこちらもアリスとクロエの腰を抱くようにして笑った。
アリスはこの茶番を理解しているのか、微笑みながらしなだれかかるようにして俺に身を預けてくる。くすぐるようにして俺の胸元を指で弄るように動かすおまけつきだ。
クロエは……理解はしていなくとも、いい反応をしてくれた。腰に添えられた俺の手に自分の手を重ねて、余所行きの無表情を僅かに紅潮させながら、目元だけをとろりと蕩かせ見上げてくる。
その様子を楽しげに見てくるベルナール。そんな彼に肩を抱かれているダフニーはといえば、呆れたように肩を落として溜息をつきながら、半目で俺たちを見ていた。
「なるほど、理解しました。坊ちゃまのご同類ですか、酔狂な方々のようで」
「な、大丈夫って言ったろ」
俺たちの様子に、ようやく亜人であっても大丈夫だという実感を得た様子のダフニー。そんな彼女にベルナールは近づいていた顔を更に押し当てるようにして頬ずりする。
「暑苦しいです坊ちゃま」
「そう言いつつ押しのけないのな」
「主人に手をあげるわけにもいきませんので、あぁ、なんと不幸な奴隷の身……」
「ははは、ほら、可愛い奴だろ」
言動だけ見れば上司からのセクハラに強く言えない部下みたいだが、ダフニーの言葉は凄い棒読みで、頬ずりされているその口元は引き締めようとしているようだが、よく見ればわかるくらいにはにやけていた。
それに俺とアリスは小さく笑い、クロエは未だに俺の顔をジッと見上げている。
「クロエ、クロエ」
「……あ、はい」
「もう離れてもいいんだぞ」
「え、あぁ……もうちょっと、このままで、お願いします……」
ようやく意図を理解したようだが、なおも俺の手を離す気はないようだった。
右側を見れば、アリスも密着したまま離れる様子はない。思わず苦笑が漏れた。
「すまない、このままで頼む」
「あぁ、気にすんな気にすんな、その方が俺たちも気兼ねなくイチャイチャできる」
「私の意思などないかのように勝手にお決めになられる、横暴なご主人様ですこと。それでも、奴隷の私は命令に従うしかないのですね……」
なんて言いつつ、ダフニーは自分からベルナールの膝に腰掛ける。自分の胸元に体を預けられるように寄りかかられたベルナールはしっかりと彼女を抱きとめた。
因みに、スカートから覗く尻尾はベルナールの腕にちゃっかり巻きついている。
しかし、片や二人の少女を両側に侍らせる男、片や一人の女性を膝上に乗せている男。
絵面がとても怪しい。というか悪役っぽい。
とはいえ誰が見ているわけでもないのだ。アリスとクロエが喜んでくれるのなら、このまま話を進めるのは満更でもない。いや、少し違うな。俺も嬉しいからこのままで一向に構わない。
「それで、ダフニーの存在を確認するのが主だったろ、これ。満足したか?」
「まぁ、そりゃ予測もしているか。あぁ、その様子を見せられたら仕込みとも思えん」
俺たちを騙すためにそこら辺から亜人を連れてきたとして、ベルナールに対してあそこまでできるとは思えない。もしこれが演技なら劇団の女優としてやっていけそうだ。
そもそも俺たちを騙しているという可能性は低いとも思っていたし、ダフニーの存在が確認できた今、ベルナールの申し出を断る理由もない。
「なら、話に乗ってくれる、ってことでいいんだな?」
「あぁ、だがずっと一緒にダンジョンに潜ることはないかもしれない」
「ん? それはどういう……」
「ちょっと眩しいかもしれないけど、我慢してくれ」
訝しむベルナールとダフニーに向かって手をかざし、奇跡を起こす。
光が瞬き、驚いたように二人が身を竦めるが、害あるものではないと気付いたのか座りなおす。そして光が収まると、二人は呆然とした表情で自身の手を握って開いてを繰り返しながら見つめていた。
「これは……いったい……」
「二人に祝福を与えた」
呆けた表情のままのろのろと顔をあげ、俺の顔を見るベルナール。
いきなりだとは思うが、切り出すタイミングはここがベストだと思う。
協力するのであれば祝福を与えることは必須。不信感を抱かれたまま誤魔化し続けるよりも、即座に祝福を与えてそのまま引き込んだほうがいいだろう。
「祝福って……じゃあ、今の俺たちは福者?」
「通常の福者との違いがわからないからな、とりあえずはそういうことにしている」
もう一度手のひらに視線を落とし、ベルナールとダフニーは顔を見合わせる。
二人はお互いに頬を引っ張りあって、夢でないことを確かめているようだ。
「いて、いてぇ! ダフニー、力入れすぎだ!」
「坊ちゃまもですよ、乙女の柔肌をなんだと思っているんですか」
あがった身体能力のせいで、強めに引っ張ったら思った以上に痛かったらしい。
しかし、二人にもちゃんと効果があったようで良かった。救いを求めている者を察知する力、信徒センサー(仮)とでも呼べばいいか、それに反応がない者でも祝福を与えることはできるようだ。
痛みに悶え、現実であることを理解し、どうにか落ち着いた二人は居住まいを正す。
「しっかし、あー……良かったのか?」
「何がだ?」
「こんなもん与えて、教えちまって……」
「ベルナールの話を聞いて、信じたいと思った。信じるに足る理由も確認した。だったらあとはもう、俺の選択の問題だ。お前を信じると決めた、後悔させてくれるなよ?」
挑発するように笑みを浮かべて、ベルナールへと言葉を投げつける。
それを受け取ってくれたようで、彼は申し訳なさそうにしていた顔を笑顔で上書きした。
「はっ、しゃあねぇ……なら、俺を仲間に引き入れて良かったと思わせねぇとな」
「そうしてくれるとありがたい」
二人で笑い合い、どちらともなく手を差し出して握手を交わした。
そんな俺たちに対して、ダフニーがベルナールの膝からおりて頭を下げる。
「ありがとうございます、坊ちゃま、リク様」
主人であるベルナールが、奴隷である自身の自由のため、色々と考えて行動してくれたことを理解しているのだろう。そして、俺にはベルナールを信じてくれたことに対する感謝、といったところだろうか。
俺は軽く頷き「どういたしまして」と手をあげた。ここでお礼なんていらないと言っても益々恐縮するだろうし、素直に受け取ったほうが彼女のためでもあるだろう。
「お前のためなら死ねる覚悟だからな、感謝の気持ちがあるなら行動で返してくれ」
冗談めかしてそんなことを笑いながら言うベルナール。
先ほどからの二人の関係からすれば、普段から冗談を言ってじゃれ合っているのだろう。
しかし、今回の件についてはさすがに冗談ですませられないと思ったらしい。
「はい、私も命をかけて、貴方と生きていきます。死ぬ気も死なせる気もありませんが」
真正面からそんなことを言われて、さすがに照れたのか顔を赤くするベルナール。
ニヤニヤしていると軽く睨まれるが、溜息を一つ漏らすとダフニーに向き直った。
「ありがとう、ダフニー。これからもよろしく頼む」
「はい、それに……」
くすりと笑みを浮かべたダフニーはそっと人差し指でベルナールの胸を軽く突いた。
「どうせ一生、私はあなたのものですからね」
そんなダフニーをジッと見つめるベルナール。
俺たちも二人の様子を眺めている。クロエもようやく俺から視線を外してくれた。
「な、なにか言ってください……」
胸元から人差し指を離し、両手を組んでモジモジとしているその姿は、最初の冷たい印象からかけ離れたものだった。
すっとベルナールがダフニーの肩を抱き、こちらを向く。
「ほらな、うちのダフニーは最高にいい女だろ?」
「あぁ、今のを見せられたら否定できないな」
「はい、ダフニーさん、凄く可愛らしかったです」
「ん、可愛い、ね……」
俺たちが揃って可愛い可愛いと褒めると、遂に顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
ベルナールがその顔を隠すように胸元に抱きしめる。
「悪いな、さすがにこの顔は俺が独占させてもらう」
「さっさと結婚しろ」
冗談半分、本気半分でそう言うと、ベルナールは神妙な面持ちになった。
そのまま胸元に抱きしめたダフニーの頭を撫でながら言葉を零す。
「結婚、か……あぁ、そういう意味でも、こいつには自由に生きてもらいたいな」
「……この国、亜人とは結婚できないのか?」
「知らなかったのかよ。あぁ、法律で定められてるわけじゃないがな」
亜人は排斥されている。宗教的にも恐らくそうなのだろう。
婚姻に立ち会う神父などが認めなければ、ということか。
そうでなくとも、亜人と結婚しようとすれば周囲からの扱いも悪くなりそうだ。奴隷として手元に置くのと、妻として迎えるのでは意味合いが大きく違ってくる。
「坊ちゃま、私は捨てられず、手元に置いてくれるのならそれで……」
「俺がお前と結婚したいんだよ、悪いか」
ベルナールが男前な台詞を真っ直ぐ目を見て言い放つと、ダフニーは顔を赤くしてふるふると首を横に振った。
相変わらず、応援したくなる男だよ、本当に。




