第一章25
パーティに入る入らないに関わらず、ベルナールたちにはクロエの装備を提供することに決まった。パーティに加入しない場合でも、協力関係を結ぶ可能性があるからだ。
彼らが考えている俺たちの強みとは、魔法による一時的な戦闘能力の強化だ。しかし実際はそうではなく、祝福による戦闘能力に限らない成長である。
ベルナールはダフニーには自由に生きてもらいたいと言っていた。それならば俺たちに縛られることもない。信仰心の強さにより強力になる祝福だが、クロエの様子を見るに信頼や好意であっても恩恵はあるはずだ。
再度話し合い、彼らとの協力関係を結ぶことを決めたとする。そのときは祝福を与えれば、初級ダンジョンであれば安定して二人でも生活していくことができるだろうし、それ以外の道もひらけるかもしれない。勿論ベルナールがギルドを辞めることになったとしても、だ。
そのときは、協力関係にある彼らのために、装備を用意してもいいだろうということになったのだ。別々にダンジョンに潜るとしても、その場合は仲間であることだし。
「装備を作ることになるのなら、ベルナールさんとダフニーさんがどんな武器や防具を希望するのか、今から楽しみですね。アリスさんはスタンダードな剣ですし、リクさんは渋く戦棍、ボクはドワーフらしく戦斧でしたから、それ以外の武器も作れると嬉しいです。セリアンスロピィの方だと身のこなしが身軽な方が多いですし、短剣あたりが必要になるでしょうか。あぁでも、膂力が強いとも聞きますし、大剣という線もありますね。その場合は作り甲斐がありそうで今から腕がなります。ベルナールさんは戦い慣れてる様子はありませんし、リクさんと同じく戦棍、もしくは槍あたりですかね。いえしかしリクさんの祝福があればそのあたりはどうとでもなる可能性も……」
クロエもこんな調子で張り切っている。めっちゃ話す。
アリスは使いやすく強い剣であればそれでいいといった感じで、性能の良さに感嘆したりはするものの、武器そのものにあまり興味はない様子だった。
そんなアリスには明日の準備などを任せ、今は水を貰いに部屋を出ている。そして、武器について語るクロエの相手は俺がすることになる。男として武器に対する浪漫はある程度理解できるから楽しいしな。
「やっぱり、色んな武器を作れると嬉しいものか?」
「そうですね、以前は職人として物が作れれば満足できていたでしょうけど……」
クロエは拳を握り、そこへ視線を落としながら続けて語る。
「今は、リクさんに与えてもらったこの力で、どこまでやれるか試してみたいという気持ちもあるのだと思います。それに何よりも……」
落としていた視線をあげ、握っていた拳を開くと俺の手をとる。
そのまま自分の方へと引き寄せるようにして、俺の手のひらを頬へと当てた。
「貴方のために職人としての腕を振るうことが、楽しくて嬉しくて幸せで仕方ない」
すりすりと、俺の手に頬ずりをするようにして、その表情を緩める。
力を抜いて瞼を閉じたクロエの頭の心地よい重さが、俺の手のひらへとかかった。
「そう思ってくれるなら俺も嬉しいぞ。ただ、少し申し訳ないけどな」
「申し訳ない、ですか?」
「あぁ、職人としてようやく上を目指せるようになったのに、広く商売ができず俺たちの装備しか作れない。それこそ、もっと沢山色々な物を作りたかったんじゃないか、ってな」
握られたのとは別の手で頬をかいて正直な気持ちを吐露した。
元々職人としての腕はあった。そこにエンチャントの才能を得たのだ。店を続けていればきっと沢山の人からその腕を求められたことだろう。
それはクロエにとっても、多分良いことだ……そう思ったのだが。
「……」
クロエの表情がなくなっている。外に出ているときのような無表情だ。
それでも俺の手を掴んで離さない、むしろ頬へと押し付ける力が増している。
「クロエ……?」
「あなた以外の人に求められても何も嬉しくない」
ぽつりと、抑揚のない語調で、口から零れるように放たれた言葉。
「あなた以外のためにこの腕を振るうなんてありえない」
それでも、そこには絶対の意思がこめられているようだった。
「あなた以外のための職人になんて、なりたくない」
彼女の溢れんばかりの望みそのものが、言葉になって漏れ出たのだろう。
アリスやベルナールたちに作るのはいいのか、なんて言う場面ではない。
そういう意味じゃないんだ。それも全て、俺のためなんだ。
全てをくれた。それは文字通りの意味で、今のクロエの全ては、彼女にとって俺が与えたものだという認識なのだと思う。事実として、彼女が職人としてあり続けるためには必須だったものを俺は与えた。それが彼女にとっては本当に救いとなったのだろう。
職人であること。それが彼女にとって一番大事で、普段の言動からもそれに傾倒しているように見える。けどそれは、俺という前提があっての話なのかもしれない。
きっと、俺が装備を作るなと言えば、彼女はそれに従う。ダンジョンに潜る戦力として使われるだけでも、ついてくるだろう。職人としての自分を求められることは彼女にとって幸福なことなのだろうが、そうじゃなくてもいいのかもしれない。
あれだけの熱意を傾ける、鍛冶や細工。それらよりも自身が彼女の中で上に置かれている。彼女にとっての一番の、その上。常識の埒外の好意、信頼……もしくは愛情。
普段から俺へと注がれ、包まれるように存在するべったりとした粘度のあるアリスのそれとは少しだけ色彩の違うもの。淡い色が広がっていると思っていると、ふとした瞬間に重々しく濃い色が目の前一杯に広がるような感覚。
熱い。押し付けられた頬が熱かった。
未だにそこに表情はなく、ただこちらをジッと見つめてくる。
俺からの答えを期待しているのだ。彼女を満たす言葉を期待している。
だから、俺は手のひらに押し付けられたその頬を優しく撫でた。
「ありがとう。ならこれからも、ずっと俺のための職人でいてくれ」
「……はいっ」
熱量と一緒に、手のひらからクロエの好意が伝わってくるようだった。
熱く、濃く、重く。
嬉しそうに頬を綻ばせて、余計に体温があがった肌をぐいぐいと押し付けてくる。
「そういえば聞きたかったんだが、手が好きなのか?」
「あぁ、ドワーフの性と言えばいいんでしょうかね。手先が器用で、何かを作るのが得意で好きな種族ですから、手を重要視していると言いますか」
そう言いながら、なおもクロエは俺の手を撫で摩り、頬ずりを続ける。
「それに、リクさんの手は、ボクにとって魔法の手ですから。ドワーフでも決して作ることのできない奇跡、職人としての未来を作ってくれた、大好きな手です」
ようやく手を頬から離すと、今度はジッとそれを見る。
そろそろと顔を手に近づけ、上目遣いでこちらを見上げた。
「手に、キスしてみても、いいですか?」
「……それで、クロエが喜ぶのならいいが」
俺がそう言うと、ゆっくりと大切なもののように手を持ち上げる。
口へと寄せられ、熱い吐息が手の甲にかかった。
僅かな水音。肌に湿った感触。柔らかな唇のそれ。
俺の手が本当に好きなのだと、大切だと示すように、ゆっくりと、丁寧に口付ける。
指の一本一本、慰撫するように、食むように、外側を、内側を。
唇が這い、時折舌が当たる。すると驚いたように引っ込み、気が緩むとまた当たる。
数度それが繰り返され、クロエが顔をあげた。
「……ありがとう、ございました」
「……どういたしまして?」
その顔は赤く、吐息は荒い。
なんと言えばいいか、こう……。
「クロエさん、何だかえっちです」
「ひゅいっ!」
水を貰いに部屋を出ていたアリスが、扉の向こうから顔を覗かせて呟いた。
クロエはそれに肩を跳ねさせ、珍しく甲高い悲鳴のようなものをあげる。
じーっと見つめてくるアリスに、恥ずかしそうに弱弱しく両の拳をぶつけるクロエ。
あれだけの好意を向けてくる二人が、仲の良い様子を見せてくれるのは、とても喜ばしいことで、ありがたいことだと思う。とはいえ、クロエがかわいそうだし仲裁しないとな。




