第一章23
良い男だと言われて機嫌良さそうに笑っているところに悪いとは思ったが、確認しておくべきことが一つある。少なくとも、それぞれの相談のために一度別れることになるが、その前には聞いておかなければならない。
「ところで、俺からも一応の確認なんだが」
「あぁ、今後のためのことなら、なんでも聞いてくれ」
俺の言葉に真面目な話だろうと察してか、ベルナールは緩んでいた表情を戻した。
それを確認してから話を再開する。
「こうして話をしたわけだが、今も俺たちのことを喧伝するつもりはないってことでいいんだな?」
「あぁ、そのつもりはない。そもそも、今のところと言ったのは、話を聞いてもらうための交渉材料にするためでもあるが……」
言いながら視線をアリスとクロエに移してその姿を確認するように見る。
そうして、二人の姿を示すように手のひらを出して俺に向き直った。
「二人のこの変化だ、元々隠すつもりはあまりないんだろう?」
クロエやアリスの変化を見て、俺が思ったことでもある。
祝福の力は非常に強力で有用。信徒を得て今後の地盤を固めていくうえでも必要なものだが、受ける前と後での変化が大きすぎる。隠し通すのは難しい。
「隠しきれるとは思ってない。けど、なるべく長く隠してはおきたい」
「地位と金を得て、面倒な干渉を突っぱねられるようになるまでは、ってところか」
「……なるほど、交渉材料が残ってるっていうのはそういうことか」
彼はこちらがどうしたいのかある程度理解している。
そして彼はギルド職員であり、俺がしたいと思っていることに協力できる立場にある。
「そういうことだ。これからも受付での対応は俺がやるし、リクたちは優秀な冒険者であることはそのまま報告するが、その特異性については口を噤ませてもらう」
人差し指を立てたまま口元にあてるポーズのまま片目を瞑ってみせるベルナール。
整った容姿をしているから、それも様になっていた。やはり受付の人員とかはそういう部分も選定基準になっているのだろうか。
「変化のことは気付かなかったことにして、優秀な者が入ったってことにすれば時間は稼げる。俺が特殊だっただけで、変化の前と後、同一人物だとすぐに気付くのは難しいだろうしな」
ギルド内部で誤魔化しをしてくれる者がいるのはありがたい。
アリスとクロエだけの現状なら、そこまで必要ではないかもしれないが、これから先のことを考えると必要になってくる可能性はある。
「けど、ばれたときにお前の立場とかまずいだろう」
「気付かなかったで通じなかったときは、そのままダフニーと一緒に冒険者になるさ」
「ベルナールはそれでいいのか?」
「女のために賭けに出るんだ、それくらいの覚悟はある」
「一々格好良いなお前」
「よせよ、俺にはダフニーがいるんだ」
「そういう意味じゃない」
そこまで言って、二人で笑いだす。
俺たちに触発されてか、アリスとクロエも小さく笑っていた。
性格的な相性という点でも、ベルナールとは上手くやっていけそうだ。パーティに入る入らないに関わらず、長い付き合いになるだろうし喜ばしいことである。
それからダフニーを伴っての話し合いについて予定を話し合ったあと、ベルナールは日が落ちる前には帰っていった。
話し合いの日時については翌日、今日と同じように素材と魔石の買い取りをすませてからということになった。その後、ダフニーと合流して話し合いの場へ、という段取りだ。
ベルナールを見送り、俺たちも外へ出るために荷物をまとめる。
「さて、今日はとりあえず、目星をつけておいた宿にいくか」
「クロエさんのお店ではなく、ですか?」
荷物を背負い直した俺の言葉にアリスが不思議そうに首を傾げる。
そう、本来は宿を引き払って、クロエの家にお邪魔させてもらう予定だったのだ。
借家で工房と併設されたものとはいえ一軒家だし、俺たちだけ宿を使うより一緒に暮らしたほうが節約になる。クロエから誘われたこともあって、そうするつもりだった。
しかし、今回の話があったので予定は変更。クロエに誘われる前、宿を変える場合にどうするかとアリスと相談して目をつけていた宿の方へ泊まることにした。
「一応な、用心はしておくさ」
「かなり仲良くなっているようでしたけど」
「それとこれとは別だ。アリスとクロエのためにも気をつけないといけないしな」
ベルナールのことは、正直に言えば信用したいと思っている。
というよりも、好感を持っていると言ったほうが正しいか。
惚れた女のために頑張る男。
同じ男として憧れるし、応援したくなるのも仕方ないというものだ。
それに話が合うというのも重要である。
嗜好は違えど、女の好みの話で盛り上がれる男友達になれそうな相手。それで今後についての協力までしてくれる気があるのだから、嫌う要素もない。
とはいえ、それは相手の話が全て真実だった場合の話だ。
ダフニーの存在すら確認できていない現状、丸っきり信用するわけにはいかない。
「じゃあ……ボクも、一緒の宿です……?」
「そうだな、用心するなら家には戻らないほうがいいだろう」
クロエの店を紹介したのはベルナールだ。当然クロエの店の場所も知っている。
彼との話に決着がつくまでは、寝泊りは別の場所で行ったほうが良い。
「そう、ですか……一緒の……」
「気になるなら、部屋は二つにするぞ?」
「二つ……アリスちゃん、は……?」
ゆるゆると首を傾げるクロエ。
それに対してアリスは何故か誇らしげに胸を張る。
「私はリク様と一緒の部屋です、当然です」
「当然……なんだ、ね……」
いや、当然というわけでもない。節約のために一緒の部屋にしているというのが大きな理由だ。アリスは体が小さいから二人でベッドを使ってもスペースが余るくらいだし。
ただ何かあったときのために、戦えるアリスと、怪我を治せる俺が一緒にいるというのは必要なことかもしれない。それを考えると当然というのも頷くべき事実だろうか。
「はい、当然です。一緒に寝られるのは幸福なことですから。ですよね?」
「あぁ、俺もアリスと一緒で幸せだぞ」
衛兵さん、情状酌量の余地をください。
幸せそうな笑顔でこちら見上げてあんなことをアリスに言われたら、俺は黙って笑顔を浮かべて、そのアリスの言葉に同意するほかないのだ。
俺はこの娘に色々と大事なものを握られている。心の拠り所とか、故郷の親類や知人もいない見知らぬ世界でも人との暖かな繋がりがあることの確信とか、そんな世界で生きていくための手段とか、自分の性的嗜好の終着点とか。
アリスの敷いたレールに逆らうこともできず、逆らう気すら起きず、俺はどこまで行こうというのだろうか。日々のスキンシップやおねだりの末、いったいどこへ。
それはきっと甘く、蕩けるような何処かに違いはなかった。どろどろと沈みこむほどに柔らかく、包み込むような何処かに俺は行こうとしているのだろう。
それでも俺は、アリスが笑顔でいるのなら、幸せだと言いきれる。
「幸せ……じゃあ、私も……一緒に寝たい、です」
「そうか、なら部屋は一つでいいな」
可愛い女の子と一緒にベッドで寝られるとか男なら誰でも幸福だよな。
正直なことを言えばアリスと一緒に寝られるのは嬉しい。自分を慕って好意を隠すことなく向けてくれる女の子が、その温かな体温をこちらの体に移そうとするかのように引っ付いてきて、心身ともに暖めてくれる現実に感謝すらしている。
朝起きたときに、自分に抱きついたままじっと見てくるアリスがふにゃりと柔らかな笑顔を浮かべてくるのが最近の日常だ。そんな日常は慣れるなんてことはなく、毎日の生きる活力というものを与えてくれるような、俺にとっての奇跡とも言えるだろう。
俺の寝顔を眺めている時間を聞くと、少し背筋が震えるのでそこは省略する。
更に言えば今朝からは幸せな感触が二つも追加された。クロエのおかげで明日は四つだ。つまり質量は二倍、俺の体感幸福指数は四乗だ。
「はい……ボクも、一緒に……幸せな気持ち、なりたい、です……」
アリスとクロエの幸福も合わせたら、どれほどになるのだろうか。
笑顔を浮かべる二人に笑みを返しつつ、今日の宿へと向かうために俺たちは外へ歩き出した。




