第一章22
セリアンスロピィ。人と獣の特徴を合わせ持った者たちの総称だ。
つまり彼には亜人の関係者がいるらしい。
「ダフニーさんという方とは、どのようなご関係で?」
「私の実家は商家でして、私が幼い頃から下働きをしていた同い年の奴隷です」
「それでは実家の財産ということではないでしょうか。勝手に連れ出してもいいので?」
「えぇ、実家を出るときに譲ってもらいましたから。勿論、きちんと対価を払って」
なるほど、少し話が見えてきた。
恐らくが彼が亜人に対して隔意がないのは演技ではなく本心だと思う。それは幼い頃からそのダフニーというセリアンスロピィと、友好的な付き合いをしてきたからだろう。
そして、彼はそのダフニーのために動いている。
「何故そこまでするのか聞いても?」
「あなたなら、わかってくれるのではないですかね」
「それは、どういう……?」
「彼女は背が高くて胸も小ぶりな、私好みの女性だからですよ」
俺は無言で立ち上がり、手を差し出していた。
その手は勿論、彼の手を掴むための手だった。
ベルナールもまた、同じタイミングで立ち上がり、手を差し出している。
互いの手を固く握る。視線が交差する。
それだけで全てがわかるなんてことはありえない。
彼の嗜好が本当に言った通りのものかなんて、今の俺に確かめる術はない。彼からしても俺が今のアリスやクロエのような姿を好ましいと思っているか確かめられない。
もっと言えば、それらが真実だとして、俺たちは本当の意味でわかりあえる日はこないかもしれない。嗜好が違う、それは大きな隔たりだ。
俺は自分の好み以外を否定するつもりはない。ベルナールもまた良い趣味だと言っていた。皮肉だという可能性は捨てきれないが、彼の語調からその可能性は低いと思われる。
だとしても、自らが最も好むものとそれ以外、それらへの理解の差は確かに存在する。彼の好きと俺の好きには、大きな熱量の差と呼べるだろうものがあるはずだ。
そう、嗜好の違うものが真にわかりあえる日はこない。
なのに何故、俺たちは互いに手を取り合い、分かり合ったかのように視線を合わせているのか。その全てを理解できずとも、理解しようとすることはできるからだ。
少なくとも、俺はそう考えている。全てがわかることはない。けれどわかることはある。
「そちらも、良い趣味をお持ちで」
「ありがとうございます」
手を握り合ったまま、ベルナールはにこやかに礼を言う。
そして、繋いだ手を離すと、そのままずるずると椅子へ崩れ落ちた。
「はぁー……大丈夫だとは思ってたけど、良かったわ……」
表情を隠すように片手で顔を覆ったまま天を仰ぐ。
それでも指の隙間などから僅かに見える目元や口元から、彼の気が完全に抜けているだろうことがわかった。
「あ、一応確認しますが、パーティの件については、どうでしょう?」
「まぁ、そのあたりはパーティに入ってどうしたいのか、詳しい話を聞かせてもらってからですかね。よっぽど変な理由だったり、こちらが明確に不利益を受けることがない限りは、絶対に駄目だと言うことはないかと。それと、口調は素でどうぞ」
その様子に苦笑しつつ答えながら、俺も席へと腰をおろす。
俺の答えに手応えを感じたのか、表情を崩して笑いながら、頬杖をつくベルナール。
「おぉ、ありがとよ。そっちも堅苦しくする必要ないからな」
「そうか、わかった」
そうして弛緩した空気の中、アリスはおずおずと手をあげる。
それに気付いた俺とベルナールはどうしたのかと不思議そうな顔でそちらを見た。
「あの……リク様がしたかったことは、なんとなく理解したのですけど……あまり話が進んでいませんし……」
「そうだな、話を進めよう」
実際のところ先ほどのやり取りに殆ど意味なんてない。それでも俺たちには必要なものだったのだ。自分たちが似た種類の人間だということを理解するために。
しかしなんとなくでも理解してくれたのか、凄いなアリス。恐縮したように頭をさげて、手をおろしたアリスを見て内心感嘆しつつ、俺に対する把握能力に若干の戦慄。
隣に座ってるクロエはちんぷんかんぷんぷぷいのぷいといった様子なのに。いや、どうだろう。俺とアリスだけだと結構表情を変えてくれるのだが、外や誰か他に人がいると以前のようなぼーっとした感じの無表情なんだよな。
「さて、それで、実際のところ俺たちのパーティに入ってどうしたいんだ?」
「俺とダフニーを自力でも戦えるように戦闘に慣れさせてほしい。少なくとも生活ができる程度の稼ぎを得られるように」
「何故俺たちじゃないと駄目なのか、一応聞いても?」
「まぁ、ある程度理解してると思うが、亜人相手でも隔意なく協力してくれそうだからだな。それに、昨日今日まで戦いなんて知らなかった奴でも、あれだけ稼ぎが増えるくらい戦えるようになるんだろう。死ぬ可能性も低そうだと思ったのさ」
「無茶な特攻をさせて稼がせている可能性は?」
「それでそこまで慕われてるのか? そりゃ凄いな。その場合は俺の目が節穴だったって話だろう。その可能性は低いと思ったから話を持ちかけたのさ」
へらへらとした調子で語るベルナールだが、かなり考えてのことだったようだ。というよりも、今まで俺たちをよく観察してきたのだろう。用意周到というべきか。
そこまで考えてふと気になったので聞いてみる。
「もしかして、最初から俺たちの対応をしてくれたのって……」
「あぁ、さすがに違う違う、狙ってたとかじゃねぇよ。まぁ、最初にきた頃のあんたらみたいなのは対応を嫌がる奴もいるから、っていう配慮くらいはあったけどな」
「そうか……ありがとう」
「ただの処世術だよ、真面目に礼なんてすんな。それに、それ以降は才能ありそうだと目をつけてたのは、リクの予想通りだしな」
器用な生き方ができる人だと思ったのは間違いじゃなかったらしい。
ベルナールは中々に世渡り上手のようだ。それも結構な努力をしているからだろう。
周りをよく観察して、考えて、周りに上手く合わせながら自分のすべきことをこなす。
そういう要領の良さを見る限り、彼はパーティに入れても大丈夫だとは思う。
「しかし、何故わざわざダンジョンに? 二人で生活は今のままでもできてるんだろう」
「……ダフニーには、もっと自由に生きてもらいたいんだよ。今までは仕方ないと思って諦めてたけどな、可能性があるなら、俺なしでも生きられる力をつけてもらいたい」
「大切なんだな、ダフニーさんのこと」
「やめろ、小っ恥ずかしい……まぁ、大切だよ」
協力したいと思う。個人的感情からすれば、ベルナールの手伝いがしたい。
それでも、俺はアリスとクロエを信徒として従えている責任もある。
二つ返事というわけにはいかなかった。
「よし、協力する……とは言いたいが、アリスとクロエとも相談しないといけない。ダフニーさんの人となりもわからないしな。また返事は後日、ってことでもいいか?」
「ここまで話がスムーズにいったのは、俺としても予想外だったしな。むしろそこまで考えてくれたらありがたいってもんだ」
俺の言葉に特に悲観することもなく、ベルナールは笑って答えた。
良い答えが貰えるという自信があるようだ。
「俺が結局拒否する、とは考えないのか?」
「こっちにはまだ交渉材料が残ってるしリクが乗り気なら、そっちの二人もなるべく合わせてくれるだろうしな。それになにより……」
もったいぶるように言葉をため、僅かに机の上に身を乗り出させながら
「ダフニーは最高に良い女だ。亜人への差別意識って部分が問題ないのなら、あいつが原因で拒否されるのはありえない」
ニヤリと笑ってそう言い切った。
それはもう大層なドヤ顔だった。ダフニーへの信頼をこちらまで感じるほどの。
「ベルナール……」
「なんだよ」
「そこまで言い切れるお前も、良い男だよ」
俺がそう言うと、照れくさそうにベルナールは小さく笑った。
その様子を見ながら、良い返事ができるといいなと、真剣に思った。




