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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章20

「ふっ!」


 薄暗いダンジョン内の通路を姿勢を低くしたアリスが駆ける。

 その先にはゴブリンが三体。先頭のゴブリン目掛け横薙ぎに剣を振るうと、まるで熱した鉄をバターに通すようにその首が両断される。

 振り切ったあとの隙を狙おうとしたのか、後ろのゴブリンが粗末な槍を突きだした。


「はぁあああ!」


 しかし、右側へと振られていたはずの剣が、槍を突きだしたゴブリンの首へと左側から相手の槍がアリスに当たるよりも先に到達する。剣を持った腕を右に振ると同時に体も一緒に回転させ、そのまま速度を落とすことなく遠心力も加えて斬りかかったのだ。

 先頭のゴブリンと同じようにその首は宙を舞い、鈍い音と共に地面へと落ちる。槍を握っていた手から力が抜け、乾いた音を立てて槍もまた首と一緒に転がっていった。


 今度こそ動きを止めたアリスに向かい、棍棒を打ちつけようとする最後の一体。それに対してアリスは剣を振り切った姿勢のまま、しゃがみこむ。

 それを好機と捉えたか、ゴブリンは笑みを浮かべ棍棒を大きく振り上げ……アリスの背後を見て、驚愕の表情を浮かべるとそのまま棍棒を横に、両手をそえるようにして構える。


「どっ、せぇえええい!」


 そこへ巨大な戦斧が叩きつけられた。しゃがみこんだアリスの後ろから、クロエがゴブリンへと斧を振り上げたままとびかかっていたのだ。

 受け止めようとした棍棒はあっさりと砕かれ、そのままゴブリンの頭部も斧の一撃で粉砕される。頭を砕くだけでは止まることはなく、股下まで体を左右にわけるように斧が通り過ぎていき、固い音を響かせ地面へとぶつかった。


「ふぅ、まだちょっと力の加減がわからないかな……」


「振り下ろす際に、ここまで振るとイメージすると、大分違うと思いますよ」


「ん、こうかな……あぁ、なるほど」


 自然と警戒態勢に移りつつそんな話をする二人を見ながら、ゴブリンの解体と魔石の回収をすませる。

 アドバイスを受けながら戦斧を振るクロエは、アリスと同じく昨日まで戦いなどしたこともなかったとは思えないほどの上達ぶりを見せている。

 先ほどのような棍棒だけでなく、粗末とはいえ鉄の剣さえ砕くのだ。


 クロエの体は小さく、細い。持っている戦斧はそんな体に不釣合いなほどに大きく、刃も分厚い。それに見合った重さだろうに、小さなクロエが軽々と持ち上げて振るってみせる様はなんとも不思議であり、なによりも浪漫に溢れていた。


「これでもう三回目の戦闘だが、大丈夫そうだな」


 解体と回収を終わらせ、バックパックを背負い直しながら二人に近づく。

 クロエを伴ったダンジョンの探索。それが始まってから既に戦闘を数度繰り返していたがその全てで、彼女は危なげなくゴブリンを倒している。


「はい、アリスちゃんほどの技の冴えは見せられませんけど……」


 言いながら戦斧を大きく振りかぶり、風切り音を立てながら振りおろす。

 そのままぴたりと空中で止めてみせると、にこりと微笑んだ。


「以前よりもずっと、力は強くなっているので、これくらいは」


「そうか、頼もしいよ」


「はい、どうぞ頼ってくださいね」


 肩に戦斧を乗せて、ぽにゅんとタンクトップに包まれた自分の胸を軽く叩いてみせる。

 本当に頼もしい限りだった。アリス一人でも十分な戦力だったのに、クロエが加わったことで俺たちのパーティは益々磐石といえる。


「それじゃあ今日は二階層までいって、ジャイアントアント相手でも通用するか確かめてから帰るとしよう。今までの様子からすれば、問題ないとは思うけどな」


 俺の言葉に二人が頷いて返すのを見て、探索を再開する。

 ジャイアントアントは群れでいることが多く、一つ一つの群れの個体数も多い。だからこそアリス一人だと後ろに抜ける可能性が高いだろうと慎重を期して、一階層よりも進むのが遅くなっていたが、クロエが入ったことでその問題もある程度解消される。


 更に日々のアリスによる訓練のおかげで、俺もある程度は動けるようになってきた。アリスからなるべく前に出ないよう言われているが、必要であれば俺も戦えるだろう。

 メイスによる重量化。これにも慣れてきて、俺の力と合わせて有効な使い方ができそうだと思いついたのだが……アリスに猛反対されそうだ。けどダンジョンを進んでいけば、必要になってくることもあるかもしれないものだし、そのうちに提案すべきだろう。


 順調に一階層を進んでいく。アリスと二人のとき、初めての探索でもそれなりの早さで二階層までこられたのだ。そこにクロエが加われば以前よりも早くこられるのは当然だった。

 階段を下り、ジャイアントアントを探す。

 10匹ほどの群れを見つけ、まずはアリスが素早く詰め寄った。


「せいっ!」


 滑るようにジャイアントアントの横合いへと立つと、関節を狙って首を切り飛ばす。


「やぁあああああ!」 


 アリスを威嚇するようにそちらへ向いたジャイアントアントの胴体へ駆け寄ったクロエが戦斧を振り下ろすと、堅いはずの甲殻に皹が入りそのまま砕けた。

 一瞬にして二匹のジャイアントアントがその体を力なく地面へと横たえる。


「砕ける、なら!」


 甲殻を砕けることを確認したクロエは、戦斧を振り回しながらジャイアントアントたちの間を駆け、その足を潰していく。全ての足を失ったわけではないものの、バランスを崩した奴らの機動力は大きく落ち、そこを見逃すアリスではない。

 クロエが足を潰し、体勢を崩した個体の首をアリスが狩る。

 それが繰り返され、数分とかかることなくジャイアントアントの群れは全滅した。


「期待以上だな……」


 ジャイアントアントの甲殻を剥ぎ取りながら、感嘆の声をあげる。

 アリス一人のときより倒すまでにかかる時間がぐっと短くなっている。


「防具に使う分、これで足りるか?」


 倒れているジャイアントアントの死骸を眺めながらクロエにたずねる。


「そうですね、三人分ならこれで十分足りると思います。いくらかは売却できるかと」


「よし、なら今回はこれで帰ろう。二階層以降は防具を揃えてから本格的に探索する」


 二人が頷くのを確認してから回収作業を再開し、甲殻と魔石をバックパックに詰め込んでいった。

 作業を終え、二人に声をかけると出口を目指して帰途へとつく。


 特に問題もなくギルドに到着すると、いつものギルド職員がいる列に並び、順番を待つ。

 今回は魔石や素材を買い取ってもらうのに加えて、クロエのギルド登録もする予定だ。


「冒険者ギルドへようこそ……おや、リク様でしたか。今日も買い取りですね」


「はい、それと彼女の登録もお願いします」


「よろしく……お願い、します」


 ダンジョン内でクロエはタンクトップにズボン姿だったが、外に出る前にローブを被りなおしていて、今も顔と体をなるべく隠すようにしていた。

 ギルド職員はそれをじっと見ている。


「すみません、彼女はドワーフで、日光が苦手なもので」


「なるほど、そうでしたか。不躾に申し訳ない。ではゴブリンの魔石10個の提示をお願いします」


 魔石を受け取ると、いつものにこやかな笑顔で俺とアリスも受けた軽い説明をクロエへと聞かせる。

 ギルドカードの受け取りもすませて、何の問題もなく登録が終わったことにほっとしていると、ギルド職員から声をかけらた。


「ところでリク様」


「はい、なんでしょう?」


「そちらはクロエ様ですね? 随分とお変わりになったようで……アリス様もですね」


 その言葉に眉を寄せ、ギルド職員を見る。

 後ろから二人分の剣呑な空気を感じて、後ろ手にそれを制した。

 そういえば、クロエの店を紹介してくれたのはこの人だった。クロエの人相も把握していたとは。


「そう警戒なさらずとも……今のところ、喧伝するつもりはありませんよ」


 今のところ、ときた。これは話をするべきなのだろう。

 いつものにこやかな顔を崩すことなく短く揃えた黒髪を揺らし、端正な顔立ちをした青年のギルド職員は言葉を続けた。


「名札を見て知ってはいるでしょうが、私はベルナールと申します。お三方、このあとお時間をいただけますか?」


 向こうから話があるというのなら、断る必要もない。

 なにかしらの罠の可能性も考えて場所はこちらで指定させてもらおう。

 しかし、ベルナール、彼はいったい何を考えているのだろうか。

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