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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章19

 俺がはっきりと理由を告げれば、男はたじろいだように身を少し引いた。けれど、やはり納得がいかないのか、先ほどよりも身を乗り出すようにして前のめりになる。


「そいつの職人としての腕だ? ドワーフだから多少人間よりも器用ってだけのエンチャントもまともにできねぇ欠陥職人じゃねぇか。そんな奴を信じてダンジョンに潜る奴にとって生死をわける装備を作らせるって、あんた頭おかしいんじゃねぇのか。そいつに、命を預けられるとでも言うつもりかよ!」


「えぇ、彼女になら命を預けられます。信じているので」


 彼女は俺を信じると言ってくれた。俺のためだけの職人であるのは当然だとまで言い切ってくれた。そして実際に、俺たちのことをよく見て考えて作ってくれたのだろう、そんな素晴らしい装備を渡してくれたのだ。彼女が作ってくれた装備に、彼女に命を預けるのはそれこそ当然のことだった。


 迷うことない俺の答えに、男は口をあけて呆然とした表情を見せる。

 それでもまだ言いたいことがあるのか口を開こうとすると、すっと俺の横を抜けるようにしてクロエが前に出た。先ほどと同じように、男と相対するように立つ。


「クロエ……」


「ありがとう、ございます。大丈夫、です……あなたが……」


 振り返り見上げた拍子に、フードの下から見えた瞳は少しだけ涙を浮かべていて、その口元は幸せそうに笑みを浮かべていた。


「あなたが……必要だって、信じるって……言って、くれたから」


 そう言うと、前へと向き直り、フードを深く被りなおす。


「ボクは……彼の、専属の職人に、なった……。まだ、疑う?」


「そっ……あぁ、わかった。それは納得しよう。変な奴がいるもんだ」


 そのことについては、さすがにもう何かを言うつもりはないのだろう。

 実際、雇えるだけの人間が、雇うと目の前で言ったのだ。

 決意が固いことも今しがた示した。

 それでも気に食わないのだろう。だから彼は切り口を変えてきた。


「だが、ギルドの庇護がなくてもやっていけるのか? いくら商売をする必要がないと言ったところで、そしてその人たちが納得していようとも、職人としてお前がやっていけなくちゃあ意味がねぇ。不義理な真似する職人が出るっていうなら、師匠の面子を守るためにも、この家から立ち退いてもらうぜ」


 職人ギルドから脱退したことで起こるだろう不利益。

 確かにそれは俺も気になっていたところだ。クロエがそのあたりのことを考えていないとも思っていないが、その辺りをどうするつもりなのか。


「ギルドに、所属する……大きな、利点は三つ……」


 クロエはゆっくりと腕をあげ、一本指をたてる。


「職人同士の、軋轢を防ぐ、こと……。これは、必要ない」


 確かにそうだ。クロエが職人としての腕を振るうのは俺たちのみ。

 市井で大きく商売をするのなら、他の職人との問題も起こる可能性はあるし、そういうときのためにギルドからの介入があれば助かるだろう。だがクロエはそんなつもりはない。


 そもそも、ギルドから脱退する以上、商売もできなくなるのだから当然だ。

 クロエが二本目の指をたてる。


「素材を扱う、商人との、仲介……大量の素材は、使わない、から……これも、必要ない」


 鉄なら魔物が使う装備を鋳潰せば手に入る。貴重な素材などであっても、俺たちの分の装備を作るくらいならば、商人との仲介が必要なほどの量は必要ないだろう。

 大量の装備を作るのであれば、大口注文ということで商人との仲介や交渉などで手を借りなければいけないのだろうが、クロエ本人を入れても、現在必要なのは三人分だけだ。


 そもそも、ダンジョンに潜るのであれば、自分たちで調達した素材を使ってもいい。

 クロエが三本目の指をたてる。


「品質向上や、弟子の教育の、補助……必要あると、思う?」


 クロエは現状弟子などいないし、品質向上の補助についても必要ないだろう。

 基礎的な装備の品質はもとから高かった。


 エンチャントについては、向こうからすれば使えないものの品質向上なんてできないのだから、補助してもらう必要はないだろうと考える。

 実際のところも、通常のエンチャントよりもずっと高いレベルのものが扱えているのだから、補助してもらう必要はない。

 全て言い終わったクロエは、腕を下げた。


「ぬ、ぐ……」


 男は悔しげに顔を歪めると、何かを言おうと口を開閉する。

 しかし、結局出てきたのは、僅かな呼気のみ。

 唇を噛むようにして黙り込み、ずかずかとカウンターへと歩いていくと、金が入っているのだろう袋を乱暴に掴んだ。


「来月また家賃の受け取りにくる。カードはきっちり職人ギルドに渡してこいよ!」


「お金を、引き出したときに、もう、渡してきた……」


「そうかよ!」


 吐き捨てるようにそう言うと、男はそのまま店を出ていった。


「……ありがとう、ございました」


「ん? お礼ならさっき聞いたが」


「それも、ですけど……近くに、いてくれて」


 そっと俺の体に手を添えるようにして見上げてくるクロエは、静かにそう言った。

 それに微笑み頷きを返すと、後ろで小さく息を吐き出す音が聞こえた。


「ふぅ、口論程度ですんで良かったです」


 後ろの控えていたアリスのものだったようで、その手元で金属音が鳴る。

 見れば剣の柄から手を離していたところだった。どうやら気を張ってくれていたらしい。


「警戒していてくれてありがとう、アリス」


「はい、当然です」


 頭を撫でると、こちらを見上げるようにしてはにかむ。

 その体はいつものダンジョンへ赴く際の装備と、その上から羽織った外套に包まれていた。体の変化を隠しておくためのとりあえずの措置だ。

 外套だけで隠しきれるような変化ではないが、何もしないよりはましだろう。


 それに、ばれたらばれたでそのときだ。

 これからも信徒を増やすのであれば、祝福による変化は自ずと感づかれる。できればそうなるのは遅いほうがいいが、絶対にばれないようにとは思っていない。


「……アリスちゃんの、防具を、作るときは……採寸、やり直さないと、だね」


「んぅっ……く、クロエさん、くすぐったいです……」


 違和感を感じたのだろう、外套の上からふにふにと触ったクロエは、もうアリスの体の変化に気付いていた。一度アリスの体を採寸し、よく観察していたのだろうクロエだからというのもあるだろうが、これくらいでばれるものだし、やはり隠し通すのは無理そうだ。

 しかし、その様子を見て気になることが一つ。


「驚かないんだな、アリスの変化」


「……リクさん、おっぱい好き、ですし」


 何だそれは。


 確かに俺は胸というものに対して、常人よりも並々ならない執着を持っているということはもう認めよう。しかしだからといって、自然に育っていくはずだった慎ましやかな平野に無理矢理土砂を盛って豊かな丘陵にしてやろうなどと思ったことはない。

 ましてこれほどの山脈にしてしまおうなんてことはしてはいけない行為だ。人は力を持って勘違いしているのかもしれないが、自然というものは人知の及ぶものではない。


 自然全てを支配しようなんておこがましいことだ。まして自然が起こす災害に未だ抗うことのできない人には不可能なことだろう。

 これもそういうものなのだ。たとえ彼女たちの変化が俺によるものだったとして、それは斯くあるべしという大自然の意思が介入していたに違いない。


「……大きく、なってほしいって……思いません、でした?」


「思ってました」


 大自然の意思とは俺だったのか。完全に介入していた。

 平野に丘陵にと土砂を盛り、せっせと山脈を築く大自然とはなんなのだろう。

 己の中の大自然が完全に不自然と化している。これでいいのか。


「なら、ボクも……こうなって、良かった、です」


「はい、リク様の好みに近づけるのは、幸せなことですから」


 これで良かったらしい。自身の幸福と他者の幸福の重なることのなんと美しきこと。

 幸福を重ねてくれる二人に、俺は改めて感謝した。

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