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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章1

 さて、奇跡と言っても何でもできるわけじゃない。いくつかできることがあり、その一つが食物を生み出すことだったわけだ。これだけで割と生きていけそうである。

 そう思ってしまう程度には、これだけでも便利過ぎる。住む場所さえ用意できれば、あとはこの力に頼れば生きていける。


 とはいえ、それは不健全だろう。

 危ないかもしれないからと引き篭もってこの世界の住人との接触を極力絶つ。そして自分の能力のみを頼り生きていく。


 うん、無しだな。

 それを許容するなら、日本だろうと通り魔にあうかもしれないからとか、交通事故が起きるかもしれないからと引き篭もることになる。そもそも生活環境がどうにかなるから一人でも生きられるとは思わない。

 さて、異世界らしいこの場所で、どう生きていくのか、大まかに決めるべきだろう。


 目が覚めたら此処にいた。つまりどういう要因で異世界にきてしまったのかは今のところ不明。明日になれば日本に戻っている可能性も0ではないが、期待はしないほうがいいだろう。なら最終的な目標は、日本に戻ることか。

 次点は、生活基盤の確保。この世界がどんな場所なのかはわからないが、剣や弓といった戦うための道具を日常的に持ち歩いているということは、そういったものを振るう相手、危険なものもいるようだし。自衛できるだけの力が必要になる可能性は高い。


 そう考えるとどうしてもこの力に頼る必要が出てくる。隠すべきかと思ったがしかし、むしろバレても大丈夫な状況を作ったほうがいいのではないかという考えもあった。せっかく持っているものを全く使わないというのも勿体無い。

 更に言えばこの世界で生活していくうえで助けたいと思うような相手ができたときや、自身が危機に陥ったとき等のことを考えると、ある程度自由にこの力を使えるようにしておくべきではないかとも思う。いざというときに使えず救える者が救えなかったとか、大怪我を負ったり悪ければ死ぬなんてことになったら笑えない。


 そこまで考えて、俺は路地裏を歩き出した。まずは、味方を見つけるために。

 自分の中の感覚を頼りに歩を進める。表の通りに出るため、ではない。むしろ俺は路地裏のその奥へと入り込んでいった。その先に今俺にとって必要なものがある。

 いや、居ると言ったほうが正しいだろう。


 果たして、数分ばかり歩いた先にその子はいた。


 痩せこけた身体、皮膚は黒く変色し、壁にもたれかかるようにして手足は地面へと投げ出されている。そう、病に侵され捨てられたらしい孤児だ。

 現代医療や、この世界に魔法というものがもしあったとして、最早助からないだろうことは明白な状況。普段なら思わず目を逸らしてしまっていただろう姿。しかし、そんな子供の前に俺は膝をつき、そっと顎に手を添えて顔を上げさせる。


 既に死ぬことは自分でもわかっているだろうに、しかしその目には生気があった。死にたくないという願いがあった。それが俺にはわかる。

 救いを求める者がわかる。どういった範囲なのかはまだわからないが、死に瀕した者が救いを求めていることがわかるのは確かなようだ。


「た……け、て」


 最後の力を振り絞ってか、渇ききった唇と喉で、助けてと言ったのだろう。小さく咳き込むと僅かに入っていた力すら抜けたように瞼が閉じていく。

 それに対して俺は僅かに逡巡し、敢えて力強く頷いた。自分の背中を押す意味も込めて。


「わかった、君を助ける」


 意識を集中し、目の前の子供の頭に手を乗せる。

 そして、奇跡を起こす。死に瀕する者を癒すという奇跡を。

 食べ物を出したときと同様、光が瞬く。それは徐々に広がっていき、子供の身体を包み込んだ。暫くの間光り続けてから何事もなかったかのようにそれは収まる。


「……ぁ、え?」


 子供が目を開き、驚愕したように開いて自身の手を見ている。そこにはもう、黒く変色した手はない。未だに痩せてはいるが、健康的で柔らかな子供の手があった。

 それを顔の前で数度振り、握って開くことを繰り返す。そうしてようやく、自分が生きていて、病が治っているらしいことを実感したらしい。

 じわりと目尻に涙が溜まり、当然のようにそれは溢れ、頬へと流れ落ちた。


「ひっぐ、わ、私、た、助かった、んだ……生きて、るんだ……!」


「あぁ、生きている。もう大丈夫」


 なるべく優しく聞こえるような声音でその呟きに答え、そっと抱きしめる。それに対して子供はビクリと身体を震わせたあと、恐る恐る手を背中にまわし、俺に抱きついた。そのまま胸のあたりに顔を埋め、久方ぶりに声を出したのだろう、咳き込みながらも泣き続けた。

 それを黙って受け入れ、頭を撫でながら思うのは、やっちまったな、という少しの後悔。とどのつまり俺は、頼れる者のいないこの世界で生きるために、この子を利用することを決めたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇


「す、すみませんでした。取り乱してしまって」


「いや、構わないよ。仕方ないことだろうしね」


 暫くして泣き止んだ子供は居住まいを正して話し出した。


「私の名前はアリスといいます。助けていただき本当にありがとうございました。このご恩は必ずお返しいたします」


「そ、そうか、ありがとう。俺は高橋陸。陸が名前だ」


 アリスと名乗った少女に、行儀良く頭を下げられそう言われて、少しばかり面食らう。

 助けたのは確かだし、恩を売ろうという打算もあった。しかし此処まで真っ直ぐ感謝されて恩を返すとまで言われると、何だか不思議な感覚だ。


「リク様……」


 敬称をつけてこちらを見るアリスの瞳は熱っぽかった。とはいえそれは惚れたとかそういう類のものではない。それはわかっている。彼女の変化や、自分の中にある感覚から彼女の中に芽生えたその感情は、痛いほどに伝わってきていた。


 信仰。


 彼女は神に助けを求めていた。文字通り死ぬほどに。ただ救われることを、いるかもわからない神に願っていた。それしかできることはないから。半ばくることはないと諦めつつも、それしかできなかったのだろう。

 そして、そこに俺が救いを与えた。しかも、文字通り奇跡によって。


 別に病を流行らせたわけでも、彼女がそうなるように仕向けたわけでもない。けれど何故かマッチポンプでもしたかのような罪悪感がわいてくる。こうなることを狙って彼女を見つけ出し、こうして自分自身への信仰心なんてものを植えつけたからだろうか。

 けれど、今はその罪悪感に蓋をする。これは必要な行為だからだ。

 モジモジとしている彼女を眺めながら、そんなことをつらつらと考えていると、彼女は意を決したように下げていた頭を勢いよくあげ、口を開いた。


「もしかしてあなた様は、神様なのでしょうか」


「……」


「す、すみません。変なことを言っていると思われるかもしれませんが、私は病気で死ぬはずだったのに、神様に助けてくださいってずっとお願いしていたら、リク様が現れて、助けてくれて……だから……」


 かわいそうになるくらいに早口でそう捲くし立てるように言ってから、こちらを期待するように見つめてくる。その瞳には当然のようにこちらへの信仰心が浮かんでいる。どれほど信仰されているのか、大まかにだが感覚でわかった。それもまた俺の中に芽生えたらしい力の一端なのだろう。

 しかしそれは未だに揺らいでいる。俺の返答によっては、彼女の中にあるその信仰心は薄れて消えていくかもしれない。だから……。


「あぁ、そうだ。俺は神だ」


 だから肯定した。その信仰心が必要だから、自分は神だと嘯いた。


「やっぱり……!」


 俺がそう答えると、彼女はとても嬉しそうな顔をして、両手を組み跪いて俺に対して祈る体勢をとった。それを見ながら俺は現実逃避気味に、お祈りの体勢は俺の世界と同じなんだな、なんてことを考えていた。

 今日、俺は異世界にきて、その初日。


 神様になった。

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面白い入り!主人公めちゃくちゃ頭回るやんけ!
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