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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章17

 とはいえ、職人ギルドからクロエが脱退することで起こる諸々に関しては後で確認すればいいとして、代金の問題については聞かなければいけないことがあった。

 それを確認するためにも口を開こうとしたが、クロエが俯いている。それだけでなくいつの間にか、俺の右手がクロエの両手に掴まれている。繋がれた手を宝物にでも触れるようにすりすりと両手で撫で摩り、心なしか息が荒い気がする。


「……クロエ?」


「あ、ひゃい、な、なんですか?」


 あげられた顔は口元が緩んでいて、クロエはそれを慌てて引き締めなおした。

 後ろのアリスがうんうんと頷いている気配を感じる。


「……触りたいのか?」


「触りたいです」


 素直。いや、俺は人のことを全く言えないが。

 それに散々触らせてもらったのだから、こちらも触らせることで喜んでもらえるのなら、喜んで手や体くらい差し出すし、拒否することはしない。


 夜に体を拭くときにアリスとお互いに背中を拭いていて、そのあたりの抵抗はもうあまりないしな。これからもできれば続けさせてくださいと、潤んだ瞳でお願いされて断れるわけもない。

 もしかして俺は、アリスに着々と日本での倫理観を削られていやしないだろうか。そうだとしても、多分もう手遅れだろうが。

 何よりも……


「じゃあ、触りながらでいいから話を聞いてくれ」


「あ……はい」


 ぎゅっと俺の手を握りながら、幸せそうにしているクロエを見れば、それを今更どうこうしようとは思えない。毎晩のように体を擦り寄せて笑顔で就寝しているアリスの笑顔を曇らせることもできないし、したくもないしな。

 向かい合うように座り、右手を握られたまま話を始める。


「それで、一つ気になったんだが」


「はい、なんですか?」


「代金を受け取らない場合、少し困らないか。ギルドへの納金は脱退するから必要ないとしても、家賃については払わなければいけないだろうし。というよりも職人ギルドを抜けて、これからも此処を借り続けることはできるのか?」


 そう、専属になり、商売をする上でのギルドの庇護がいらなくなるとしても、職人でいるならば工房は必要だろう。これからも此処を使い続ける場合、早急に資金が必要になるのではないか。

 ダンジョンでの討伐報酬はアリスと同様、頭割りでクロエにも渡すつもりではある。ただ、確かあの男は明日あたりに家賃の回収にくると言っていたはずなのでそれでは間に合わない。

 貸してほしいと言えば貸す気はあるが、クロエがそういう風に今回の件でこちらの手を煩わせるようなことは嫌うと思う。


 それに、家賃が払えたとして、職人ギルドを脱退すれば、貸し出す義理はこれでなくなったとばかりに、手放さなければならなくなるのではないか。

 その辺りのことを考えてないとは思っていないが、確認はするべきだろう。

 俺の言葉にクロエは特に表情を変えることはなく、笑顔のままだ。

 やはり、何か考えがあるのだろう。


「そうですね。では一つずつ」


 一本指を立てるようにしてからクロエは言葉を続ける。

 もう片方の手は、俺の手を握ったままだが。


「家賃については、問題ありません。ギルドへの納金が結構な額でして、そちらは厳しかったのですけど、家賃であれば手持ちで十分に払えます。今までならギルドへの納金ができなくなると、商売ができなくなり、家賃も払えなくなってしまったでしょうけど、今はもう大丈夫ですからね」


 なるほど、お金については現状必要がないから大丈夫と。

 しかし、ギルドを脱退して、師匠というのがそのまま店を貸してくれるのか。


「そしてもう一つ。この店ですが、家賃が払えなくなって追い出されるのならともかく、理不尽に追い出されることはないと思います」


「理由を聞いても?」


「はい、街での商売ができないとはいえ職人であることにかわりはありません。対価をきちんと払っているにもかかわらず、そんな職人から工房を奪うなんてことをすれば、それこそ職人としての名前に傷がつきます。相手が亜人の元弟子であろうと」


 なるほど。確かにそんなことをして噂になれば、弟子になろうとする者も減るかもしれない。そんな風聞のあるところでは依頼も減るだろう。

 それに、とクロエは続ける。


「貸し出したままのほうが向こうとしても得なんです。使わなくなったとしても工房の維持費がかかりますから。貸していれば維持費がかからず、家賃としての収入もある。そういった意味でも、ボクはいいように使われていたのでしょうね……」


 あげられていた手が下げられ、こちらの右手を包むようにした両手に少しだけ力がこもる。

 その顔も、表情が陰ったようだった。

 それに対してこちら側からも手を握り返す。はっとして顔をあげ、こちらを見てくるクロエに対して微笑みかければ、クロエも笑ってくれた。


「でも、そうですね……もうボクには、貴方がいます」


「そうだな……疑問に答えてくれてありがとう。よくわかった」


「いえ、専属の職人が仕事ができないでは話になりませんから、当然の懸念かと」


 それから今後のことを三人で話し合った。

 クロエは明日にくる家賃の回収の際、職人ギルドから脱退し専属の職人になることを話す。その後は店を閉じ、俺たちのダンジョン探索に同道することになった。


 これからはダンジョンで素材を得て、それで作れるものがあれば、全てを売らずに素材として残しておいて、クロエに作ってもらうことになるだろう。

 明日は早速、一緒に探索ができるようにと、ダンジョンへ向かう時間を遅くしてクロエを待つことにした。専属になる相手がいたほうが納得もしやすいだろうと、話に同席もする。


 しかし問題が一つ。


「……クロエだと、納得するか?」


「……どう、でしょう?」


 クロエの容姿は、面影こそ残しつつも大きく変わっている。

 それはアリスも同じだが、彼女の場合は両親を失い孤児となり、周囲からは既に死んだものとして扱われていただろう。言ってしまえば世間のしがらみが一切ない状態だった。

 そんなアリスであれば、容姿が大きく変わったとしてもそれに違和感や疑問を持つ者はいない。彼女に相対する者にとって、アリスの容姿は最初から今のものだからだ。それならば、美しい容姿を持った才能ある冒険者、という程度ですむ。


 しかしクロエの場合は事情が違う。職人としての腕や、容姿の変化。それがばれれば周囲から疑われることになるだろう。

 ということで、とりあえずは簡単な解決策をとる。


 クロエはいつも外に出るときに着ている足元まで隠れるロングワンピースのかわりに、全身を覆うフードのついたローブをすっぽりと被った。そう、顔すら隠れるほどに。普段着ているワンピースより生地も分厚く大きいこれならば、ふいに風などで外れる危険も少ないだろう。

 怪しく見えるかもしれないが、ローブを愛用する魔法使いや神官は多い。それにクロエはドワーフだ。日光が苦手という話は、誇張されたものであれある程度有名。であれば、日光を遮るためにフードを深く被っても違和感はない。


「自分がドワーフだということに感謝するのは、二度目ですね」


「二度目?」


 フードの縁を弄ぶように触り、表情を隠したまま呟くクロエ。

 一度目は何だったのかという意味で言葉を繰り返せば、フードの陰からチラリとこちらを見上げながら答えてくれた。


「はい、一度目は……ドワーフだから、貴方のお役に立てること、ですね」


「それは……あぁ、ドワーフの職人としての腕前、これからも期待している」


 これまでドワーフであるからと排斥されてきた彼女にとって、ドワーフである自身を受け入れてもらうのは重要なことなのだろう。だからこそ、どんな人種であっても君を受け入れたよ、なんて言うよりも、ドワーフの職人である彼女を求めたほうが喜んでくれるはずだ。

 それを証するように、フードの縁を摘み、それを後ろに流すようにして外したクロエの表情は、ドワーフである自身を受け入れられ、職人としての腕を望まれたがゆえの自信と幸福に満ちたように綻んでいた。

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