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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章14

 それからしばらくして、満足したのかそっと離れたクロエはもう頼まれたものは完成していると言って工房へと取りに向かった。

 俺たちが離れたのを確認して横に並んだアリスをチラリと横目で確認する。


「どうかされましたか?」


 視線に気付いたアリスがこちらを見上げると、柔らかく微笑んだ。

 そこにあるのは純粋な好意のみで悪感情……いわゆる嫉妬のようなものはなかった。


「いや、アリスを放置してしまったからな。嫉妬したりしてないかと」


 これからも信徒を増やしていくのであれば、こういうことはこれからも起こりうる。下手に誤魔化すよりも聞いてしまったほうが良いかもしれない。

 そう思い率直に疑問を口に出す。


「嫉妬、ですか……?」


 何故そんなことを、とでも言わんばかりの不思議そうな顔をされてしまった。

 先ほどの笑顔にも含むところは感じなかったし、むしろ嬉しげな様子だった。思うところは全くないということだろうか。それはそれで寂しい。

 考え込むようにして首を傾げていたアリスは、得心がいったように声をあげる。


「あぁ、なるほど。確かに、信徒が増えることでリク様からの寵愛を受ける機会が減るかもしれないというのは正直に言えば寂しく思います。先ほども、彼女のことを羨ましく思ったかと言われれば、その通りですと答えるしかありません」


 言いながら少し寂しげな笑みを見せて、胸元で両手を抱くようにして握る。

 しかし一転して晴れやかな笑顔を見せると、こちらを見上げ


「ですが、敬愛する神が人を救うために手を差し伸べることを、喜びこそすれ忌避する信徒はいません。だから、私のことを思ってくれるのであれば、そうですね……」


 少しだけ悩むように視線を彷徨わせてから、そっと俺の手をとる。

 痛いほどではないが強く握られた手を引かれ、アリスの方へと一歩引き寄せられた。取られた手は胸元に抱かれ、粘度の高い爛々と妖しく光る瞳で見上げられる。


「信徒が増え、私が不要になったとしても、どうか捨てないでくださいね?」


「捨てるわけがない。ずっと一緒にいてくれないと、俺が困る」


 迷うことはなかった。彼女の重々しく感じる好意であっても、それだけは間髪を容れずに答えることができる。責任があるのは勿論のこと、短くも濃い時間を過ごした彼女を手放す気は、もう俺にはなかった。

 これほどまでの想いを向けてくれる少女を手放すなど、もとよりできるはずもない。どれだけ彼女が悲しむかということを考えれば、当たり前の話だった。


 即座に返された俺の言葉に、彼女は微笑む。

 俺がそう答えるのを知っていたと言わんばかりに、ぎゅっと握った手に力をこめた。


「だから、嫉妬なんてする必要はありません」


 私はきちんと、愛されていますから。

 そんな風に、彼女の濡れた瞳が語っているようだった。


「参ったな……」


 握られたのとは反対の手で頭をかきながら、少し照れたように笑う。

 だってしょうがないだろう。これはさすがに恥ずかしいというものだ。


「アリスには、俺よりも俺のことを理解されてるな……」


「理解したいですから。私にとって何よりも大切な御方のことなので」


 あぁ、本当に参った。そんなことを満面の笑顔で言われたら、益々手放したくなくなる。

 アリスは聡い。本心でもあるだろうが、こういえば俺がアリスから離れることができなくなることも理解しているだろう。意識してか無意識でか、どちらにせよその通りだった。


「ただ、一つ気になることが……」


「ん? どうした?」


 何故か今更頬を赤く染め、恥ずかしげに落ち着かない様子を見せる。

 どうしたのだろうかと問いかけると、ちらちらとこちらを見上げてくる。


 そのあと、胸元に握っていた俺の手をぐいっと引っ張って、自身の胸に手のひらを押し付けさせるという奇行に出た。衛兵さん違うんです。いや、毎晩ベッドを共にしている時点で割と弁明の余地はないだろうが、そもそもこの国だと罪になるのか。

 そんな考えが俺の頭の中でぐるぐるとまわっていることも露知らず。アリスはきゅっと唇を真一文字に結び、俺に対するものとしては珍しい鋭い目つきで問いかけてきた。


「リク様は、クロエさんみたいな大きな胸がお好きなんでしょうか!?」


 あぁ、好きだ。いや、この場合どう答えるのが正解だろうか。確かに大きい胸というものに対して男としては抗いきれない万有引力よりなお絶対的な吸引力をこの瞳は感じてしまっているのは確かだ。それは先ほどクロエの胸がたっぷんたっぷんしているときに俺の視線もそれに引き寄せられるようにたっぷんたっぷんしていたことからも確かな事実だ。

 しかし、だが、けれど、だ。目の前の小柄で、けれど均整のとれた美しいアリスの体を見ろ。もしもこのクロエよりも小さな体に彼女と同じほどに大きなたわわが実っていたとしたらどうだ。考えるよりも先に答えは俺の口から出ていた。


「あぁ、好きだ」


 正直は美徳と言ったのは誰なのか。恐らく正直者は馬鹿を見るという言葉をその人は知らなかったのだろうと思う。もしくはその人にとって現実とは真実の姿とは違う甘く優しいものに見えているに違いなかった。何故かって今俺が正直になり現実で馬鹿を見ているからに他ならない。


 この世界にきてから、神になると決めてから俺はせめて相応しくあろうと意識してきた。俗っぽい考えこそ浮かぶが、それは元々が俗っぽい人間なのだから仕方がない。けれどそれをなるべくは表に出さないようにしてきたつもりだ。

 そのおかげかアリスは失望することなく、俺を慕いついてきてくれている。それを一つのミスで台無しにしやがった。本来ならやんわりと、大きさに関わらずアリスもクロエも好きだということを伝えて、胸の大きさの話題から離れるべきだったのだろう。


 しかし、その未来はここにはない。正直者の馬鹿がいるという今があるだけだ。

 それに対するアリスの反応が怖い。怖いのだが……。


「……」


 アリスは俯いたまま何も言ってくれることはない。

 その表情も見えないものだから、どうリアクションをとるべきか悩む。どうしたものかと頭を捻っていると、俺の手を掴んでいるアリスの手が離された。そのまま自分の胸を両手でおさえて、大きさを確認するように数度動かす。

 そのまま胸を押さえてふるふると震えてからアリスは顔をあげた。


「リク様、私、大きくなれるように頑張りますから!」


 勢いよくあげられた顔、その瞳には決意の色が浮かんでいて、表情は真剣だ。

 どうやら現実は甘く優しく、正直は美徳であるらしかった。

 よくよく考えなくとも、あれほどの失言でどうにかなるような関係ではもうないのだろう。というよりも、アリスからすればあれは失言ですらないのかもしれない。


「そうか、ありがとう。でも、アリスも綺麗な体型だから落ち込む必要はないからな?」


 言ってからセクハラ発言そのものだなと思ったが、アリスは笑顔だ。

 俺の言葉に嬉しそうに頬を緩め、慌てたように引き締めなおしてから


「はい、ありがとうございます。ですが、少しでもリク様の好みに近づきたいので」


 ぐっと両手で拳を握り、頑張ります、と意気込んでいた。


「しかし、どうして急にあんなことを?」


「リク様の視線がお店に入ったときにクロエさんの胸に釘付けになっていたので気になったんです。リク様の好みの体型であるなら、そのことには嫉妬してしまうなと思ったので」


 先ほどよりも別の意味で恥ずかしい。アリスは俺のことを理解しようとしてくれている。だったら普段から俺に注目しているのは当然だろう。自分を慕う美しい少女に普段の行動から性癖を把握されるというのは大変に大変な状況だと思う。

 しかしアリスはそれを望んでいる。望んでいるからこそ把握されたわけだが。とにかく俺を理解しようとしてのことなので強く拒否もできなかった。

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