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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章12

「荒唐無稽な話だと思うでしょう。性質の悪い悪戯だと疑うこともあるかもしれません。それでも一度だけ信じてほしいんです。現状を打破できる力を得る可能性を」


 視線を外すことなく、真っ直ぐクロエの目を見て語りかける。

 自信の無い姿を見せるわけにもいかず、精一杯の虚勢を張っている状態。そして、以前自分のことを新興宗教の詐欺師に例えていたが、現在の語り口はまさにそれだ。

 だとしても、実際に彼女を救いたくてしているのだから、恥じることはない。


「可能性……」


「そう、エンチャントの才能を得ることができるかもしれない。そんな可能性です」


 亜人が排斥されてきた国で、人間からの甘言。信じるのは難しいだろう。けれど彼女は信じたいとも思っているはずだ。未だに救いを求めているのは確かで、その気持ちは話をしている現在も強くなっていっているのだから。


 職人であること。鍛冶や細工をすることは、彼女の全てだ。彼女自身がそう教えてくれた。なら、職人でありたいと、半ば諦めかけている今でも思っているはずだ。でなければ、そうあることができなくなってしまうことに対して、救いを求めたりはしない。

 だから、だ。そう、だから救いたいとも思っているのだろう。

 これからの自身のために信徒を得ようと行動していることは否定しない。けれど、自身を神と嘯き、今後増えていく信徒に対して責任を持つ身になる者としては、それだけではないし、それだけではいけないんだ。


 自分の全てだと断言できるほどに、人生を捧げるほどに大切なものがある。それは素晴らしいことだと思うし、それを失うのはとても辛いことだと思う。

 信徒がそうやって大切なものを失ってしまうのを黙ってみている神には、なりたいとは思わない。

 押し黙り、未だに悩んでいるクロエに対し、静かに問いかける。


「クロエさん、貴女はこのままで良いんですか?」


「このまま……?」


「職人としての道を閉ざされ、工房も失い、鍛冶や細工に関われなくなってしまってもいいのか、ということです」


「それは……!」


 改めて言葉にされたことで苦しくなったのか、彼女は胸元でぎゅっと拳を握る。

 辛い、苦しいのだろう。それでも、環境が彼女を諦めさせてしまっていた。足掻いたところで意味などないと、自分の心に蓋をしてしまったのだろう。

 それを開け放つことは、彼女にとっては恐怖であるかもしれない。だとしても、ここまできてしまったのだ。話を聞いて、救いたいと思ってしまったのだ。


「職人として生きたい……それを諦めきれては、いないのでしょう?」


 だから俺は、蓋をこじ開ける。

 その言葉を聞いて、クロエは拳を胸元に当てたまま、俯き肩を震わせる。


「わかったようなこと、言わないで! ボク、ボクは……!」


 床に数滴、雫が落ちた。勢いよくあげられた顔は、それで濡れていた。


「ようやく、ようやく諦めがつきそうだったのに! まだ頑張れるって、ずっとそう思おうとしてきて、それでも無理で! 工房を返す日取りが決まって、あぁもう無理なんだって……ボクは職人として生きられなかったんだって、親からも師匠からも捨てられて、唯一の拠り所だった自分の才能からも見捨てられたんだって!」


「では、何故待ってくれと先ほどの人に頼んでいたんですか。何故俺たちの装備を頼んだとき嬉しそうにしたんですか、何故……助けてほしいと、願っているんですか」


「え……な、何で……」


 少しでも長い間職人であろうとしていたこと、職人としての仕事ができることを喜んでいたこと、自分が救いを求めていることを言い当てられ、彼女は狼狽して視線を揺らす。

 そう、結局答えは最初から決まっている。彼女は救いを求めているのだから。まだ、職人でありたいと願っているのだから。あとは、彼女がそれを認めて、俺の提案を受け入れてくれるかどうかなのだ。


「助けようとする理由、もう一つ言ってないものがありました。あなたが救いを求めていることに気付いたから、ですよ。だからその願いを叶えさせてください。そのためにも、貴女の口から聞かせてくれませんか。貴女が今後、どうしたいのか」


 なるべく優しく聞こえるように、柔らかな語調で問いかけた。

 それに彼女は唇を戦慄かせ、どうにか口を開く。


「ぼ、ボクは……」


 喉を震わせ、ぎゅっと拳を握り、僅かに言葉がもれる。


「ボクは、まだ……!」


 瞳を瞑り、力をこめて言葉を吐き出す。


「職人として生きていたい……!」


 嗚咽をこらえるように、何度かつっかえながらも、彼女は懸命に答えた。

 涙はとめどなく流れ出て、ボロボロと頬を流れ落ちては床に染みを作っている。


「ありがとうございます。答えてくれて、気持ちを教えてくれて」


 彼女の本気の叫びに、俺は笑顔を浮かべてお礼を言った。

 それから彼女が落ち着くまで、アリスと二人でしばらく待つ。クロエと話している間は大人しく控えてくれていたが、少し目元が赤いのを見ると、感化されて少し泣いてしまっていたようだ。

 そんなアリスを撫でていると、涙を拭ったクロエがこちらに歩み寄ってくる。


「すみません、お見苦しいところを……」


「いえ、もう大丈夫ですか?」


「はい……改めてお願いします。ボクを、助けてください」


 彼女は真っ直ぐと俺を見つめて、そう言い切った。

 それに対して、俺も姿勢を正して答える。


「わかりました。貴女を助けます」


 彼女の頭に手をのせる。

 そこで、アリスを助けたときのことを思い出す。あのときは自分の背中を押す意味もこめて、助けると言葉に出していた。けれど今はもう、その必要はない。

 日々俺を慕い助けてくれるアリスが、教えてくれたからだ。


 たとえ利用するために助けたのだとしても、幸福になってくれるのだと。それを教えてもらえれば嬉しいのだと。信徒を得る責任は重いけれど、救ったことに後悔することはなく、自身もまたそれに幸せを感じられるのだと。

 今もそっと後ろに下がって見守ってくれているアリスに感謝して、意識を集中させる。


 そしてクロエへと、祝福を与えた。光が瞬き、クロエを包む。

 その光景を不思議そうに見つめながら、温かい、と彼女は小さく零す。光が収まると両の手を確かめるように数度握り込み、鍛冶場を見つめた。


「……できそうな、気がします。やってみても?」


「勿論です。良い装備をお願いしますよ」


 頷くと彼女は武器の材料だろう鉱石らしきものを取り出し、炉に風を送り火を強くしていく。俺とアリスは邪魔にならないように工房の隅からその様子を見させてもらおうと思ったが、完成までは数日かかると言われて、少しだけ見学して宿へと戻ることにした。


 帰り際、見送ってくれた後工房に戻り作業に打ち込む姿を振り返って確かめる。真剣な表情だが何処か楽しげで、本当に鍛冶が好きなんだなと理解できた。

 俺の祝福が彼女のためになることを願いつつ、帰路へとつく。


「大丈夫でしょうか」


「手応えは感じた。アリスほど急激な変化じゃないかもしれないけど、きっと上手くいく」


「リク様がそう言うなら、大丈夫でしょうね」


 夕日に照らされながら、隣を歩くアリスが信頼を滲ませた笑顔を浮かべる。

 大通りに出ると人通りが増えた。はぐれることのないよう自然に手を繋ぐ。


 華奢だけれど、温かい手だ。少し前までは痩せ細り骨張っていて、死にかけていたとは思えないほど。指は細くしなやかで、手のひらはいつも剣を握っているとは思えないほど柔らかい。夕日に焼かれてもなお白さがわかる、綺麗な手だ。


 アリスはそんな繋いだ手を嬉しそうに眺めてから、指を絡ませるように握りなおして、俺の手の感触を確かめるように数度ぎゅっと少しだけ力をこめる。そんな仕草と共に、はにかみながら見上げてくるその幸せそうな様子を眺めながら願う。

 どうかクロエも、アリスと同じように、幸福な道を笑顔で歩めますようにと。


 手のひらの温かさを感じながら、そのために今後俺ができることは何かと考えていた。

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