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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章11

 話をするのであれば、とクロエは扉にかかった営業中であることを示す看板をひっくり返して、俺たちを店の奥へと案内してくれた。入ってすぐの場所は工房になっているらしく、窓を閉め切った部屋ではあるが、炉から漏れる赤熱した明かりがぼんやりと辺りを照らしている。


 クロエは肌を隠すように、足首ほどまであるゆったりとしたロングワンピースを着ていたのだが、工房に入ると先ほどまでのゆったりとした動きとは打って変わった自然な動きでそれを脱ぎ、中に着ていたのだろうタンクトップにズボンという装いに変わる。

 脱いだ服をかけ、こちらに向き直るとすっと頭を下げた。


「まずは再度の謝罪と感謝を。申し訳ありません、そしてありがとうございます」


「いえ、それは良いのですが……その服装と喋り方は?」


 動きもそうだが、喋り方も歯切れの良い、ハキハキとしたものになっている。

 然しものアリスもこれには目を丸くして驚いていた。勿論俺も驚いている。


「あぁ、これですか。ドワーフは地中を好み洞穴などで暮らしている種族なのです。だからなのか、太陽の光はどうにも苦手で……。死ぬほどではありませんけど、太陽の光があると気力が萎え、動きが鈍るのです。それを大げさな表現として、太陽の光を浴びるとドワーフは石になる、なんてことを言われたりもしているようですよ」


「なるほど、となると先ほどの服は太陽の光をなるべく浴びないようにする工夫ですか」


「そういうことです。工房では邪魔になるので、動きやすい服に替えさせてもらいました」


 クロエの言葉に納得し、驚きから未だ部屋の入り口付近に立っていた俺たちは椅子を用意してもらい、そこへ彼女と向き合うようにして座った。

 お互いに居住まいを正し、俺から口火を切る。


「さて、それでは詳しい事情をお聞きしても?」


「……ただのお客さんをこちらの事情に巻き込んでしまうのは、というのは今更ですね」


 彼女は少しだけ申し訳なさそうに視線を泳がせたあと、観念したように苦笑する。


「そうですね、ここで全部忘れて知らないふり、というのはもうできそうにないです」


 先ほどのような一幕を目撃し、こうして話し合いの状況まで作ったのだ。これで巻き込みたくないので忘れてくださいと言われても無理だろう。

 その俺の答えを聞いて覚悟を決めたのか、彼女は訥々と事情を話してくれた。


 ◆◇◆◇◆◇


 ボクは元々捨て子だった。亜人排斥の風潮の強い国で、ドワーフの捨て子が一人。本来であればそのまま死んでしまうか、良くてストリートチルドレンとしてどうにか生き残るのが関の山。しかし、ボクは運よくとある職人の男に拾われた。

 彼はボクに鍛冶や細工の腕を教え込み、子供というよりは弟子の一人として接していた。手先が器用だというドワーフに職人として興味を持ったのだろう、最低限の世話だけはして、残りは全て職人としての修業をこなさせていた。


 大変な生活だったけれど、それでも不満はなかったし、感謝もしている。本来であれば亜人はそれくらいの生活を送るのもこの国では難しい。

 迷宮のあるこの町では冒険者になるという可能性もある。でもそうでない場所では、奴隷として過酷な労働に使われることが多いのだ。

 そうならずにすんだのは幸運なことだし、何よりも鍛冶や細工を学べるのは嬉しかった。


 少しの価値も見出されることもない亜人であって、職人としての腕さえあれば認めてもらえる。幼いながらにボクはそれをおぼろげながら理解していたし、今となってはしっかりと自覚している。

 職人であること、それがボクの全てだった。


 ドワーフとしての器用さ。そのおかげで他の弟子たちよりも腕が良く、ボクは亜人の身でありながら職人でいられた。けれど、ドワーフの中でボクは、落ちこぼれだったのだと思う。

 人よりも多少適性があって、素地が良いだけ。才能のある人間であれば、十分に迫るどころか、追い抜ける程度。そして何よりも、良質の魔力を持った武器を作れるはずのドワーフだというのに、ボクにはエンチャントの才能がなかったのだから。


 それが発覚してから、師匠はボクへの興味を失った。周りの弟子たちからの扱いも、前から良いものではなかったのに、更に悪化していった。それでも一応は弟子だからなのだろう、職人としての顔を立てるために即座に捨てられるようなことはなかった。

 だから、古い店と工房を与えたのだと思う。独り立ちしたあと経営が上手くいかず、職人としての道が断たれたとしても、それはもう師ではなく、職人本人の責任なのだから。


 ドワーフの店に足を運ぶ人は少ない。それでもエンチャントされた良質の装備を売っていれば命をかけた冒険者は品質を重視し、買ってくれることもあったと思う。けれどボクはエンチャントの才能は皆無。

 品質が良くても日用品や農具などは亜人の店であるから売れず、それをある程度無視してくれる冒険者は、エンチャントが施された装備が並ばない店に通い続けてはくれない。


 あの兄弟子の言う通りなのだ。ボクは捨てられた。

 親からも、師からも。


 そして、全てだと思っていた、自身の職人としての才能からすらも。


 ◆◇◆◇◆◇


 クロエから事情を聞き終え、彼女の境遇をある程度理解した。

 要約すれば、諸々の事情から経営が上手くいかず、このままでは手工業ギルドへの納金ができずこの街で商売ができなくなる。更にこの店の家賃も払えず、工房がなくなり職人としての仕事もできなくなってしまう、と。


「……どうにもならないことですから、気に病む必要はありませんよ?」


 どうにもならないこと。確かにこれを解決するのは普通は難しいだろう。

 だが、俺には解決できる方法がある。あるのだが……。


「アリス、どう思う?」


「えっと、祝福をお与えになるのですよね。それによって、信仰されていない状態でも目に見えるほどの効果があるのかどうか、そこが気になっている、ですか?」


「みなまで言わずとも理解してくれて嬉しいよ。嬉しいけどちょっと驚くぞ」


「リク様のことですから……」


 赤くなった両頬に手を当てて恥ずかしげに体をくねらせているアリス。美少女がやっていることもあって完全に可愛いが、完全に心中を当てられた身としてはちょっと真っ直ぐ受け止めるには時間が足りず、渇いた笑いをもらしてしまった。

 そんな俺たちの様子を訝しむように見つめるクロエ。深刻な問題に対して、これは不真面目な態度に見えるだろう。反省しつつクロエに対して頭を下げる。


「すみません、真剣な話なのに」


「いえ、それは気にしていませんけど……祝福って?」


 気にしていたのはそこだったらしい。

 確かに祝福を与えるなんて言葉が出れば気になりもするだろう。


「俺は人に、祝福を与えることができます」


 正直にそう答えた。偽らざる事実ではあるが、最も疑うだろう答えだ。

 実際、クロエはその答えを聞いて、驚き困惑している。


「え、あの……からかっているんですか?」


「いいえ、本当のことです。力になれるかも、とはこういうことです」


 困惑の色を益々強めるクロエ。それはそうだ。先日知り合ったばかりの客が神の如く祝福を授けることができるなんて言っているのだから。

 それでも俺は事実を口にする。神だと嘯く。


 アリスをはじめとして、これから信徒になる者たちの神になることを決めた身として、此処で嘘はつきたくなかった。必要であれば誤魔化しも必要だろうが、この場面においては必要ではない、はずだ。


 彼女を信じさせる、というよりも、祝福を受け入れさせることはできる。

 それはこの場にいる俺たち全員に必要なことだからだ。新たな信徒を欲している俺、優れた装備を欲しているアリス。そして、クロエにとっても。

 彼女に祝福を、そのために俺は改めて話を切り出した。

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