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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章10

「いらっしゃいませ……あっ」


 こちらの顔を確認すると、驚いたような表情を浮かべた。前に来店したときは殆ど表情を変えることのなかった彼女であるが、これは明確にわかる変化だった。すぐにまたぼんやりとした無表情に戻ったが、彼女に注目していた俺はその一瞬の変化に気付いた。


「もしかして、オーダーメイド品の、注文を?」


 以前言ったことを覚えていたのだろう。確かめるようにそう問いかけてくる。


「はい、そのつもりできました」


「そう、ですか……」


 感じたのは僅かな声音の弾み。装備を作れることが嬉しいのだろうか。鍛冶や細工の店をやっているのだから、そういうものなのかもしれない。

 店主の少女に促され、一応の確認として再度採寸をしてもらう。その間に予算を提示したのだが、僅かな間に大分稼げるようになったことを驚かれた。


「お客さん……もしかして、福者……?」


 福者。ここ数日の間にも何度かそうではないかと同業者やギルド職員に聞かれたことがある。魔力なんてものがあるこの世界でも才能の一言では片付けられないような、特異な才能や能力を持った者がそう呼ばれることがあるらしい。

 福いなる者、神から祝福を受けた者。そういった意味合いらしいのだが……。


 まさにアリスは祝福を実際に受けている。そう、俺からだ。

 だから、間違ってはいないし、丁度良いのでそれで通している。


「はい、そうです」


 アリスはこう聞かれると決まって嬉しそうに即答する。

 俺から祝福を受けたことを公然と自慢できるようで嬉しいらしい。

 俺が誰かと会話しているときは、基本的に後ろで大人しくしているアリスが珍しく自己主張する数少ない理由の一つとなっている。当然のように今もにこにこと良い笑顔だ。


「そう……羨ましい、な」


 それに対して店主の少女は短くそう零してから、改めて予算を見せてほしいと頼み、確認すると考え込むように口元に手をあてる。こちらからは、防具は動き易さを重視して急所となる部分は今までの装備よりも頑丈にしてもらいたい、くらいの簡単な要望しか出していないが、そこから真剣に考えてくれているようで、良い装備が出来上がりそうだ。


 武器についてはアリスはやはり剣が手に馴染むようで、剣の振り方や膂力、手の形、背丈までしっかりと確認してから、彼女に合った剣を打ってくれるそうだ。対して俺は刃物の扱いはどうにも上手くいかず、ハンマーやメイスのような鈍器を用意してもらうことにした。


(しかし、羨ましい、か……)


 自分が福者であるかどうか自覚している者は冒険者に多い。福者と呼ばれるような特異な力は攻撃的なものが多いからか、もしくはそういった力を発現するような強い想いを発するような事態が多いのは冒険者だからなのか。とはいえ、そうでない福者もいる。

 例えば鍛冶に携わる者の中には、魔剣や聖剣と呼ばれるような特殊な装備を作れる福者がいるらしい。羨ましいというのは、つまりそういった才能が欲しいということだろうか。


「今もかなり品質の良い装備を作れるのに、向上心が強いのですね、店主さんは」


「……ありがとう、ございます」


 ゆるゆると顔をあげて発された言葉は、何処か空虚な色に見えた。まるで言われたような向上心なんてものはないとでも言いたげな様子。相変わらず顔色には殆ど出ていないので気のせいだと言われれば納得してしまいそうだ。

 けれど、俺の中の感覚は目の前の少女からの救いを求める心を強く感じ取っている。だとすれば、勘違いや気のせいとは言い切れないだろう。


 ただの客の立場ではいきなり突っ込んだ話をするのは難しいというのが歯がゆいところだ。関わった人間として、信頼できる装備を作ってくれる職人の客として、どうにかしたいとは思えど、取っ掛かりがないのは辛い。

 そんな風に俺が悩んでいると、装備の構想が出来上がったのか、机の上に紙を広げて簡単な設計図を描いて説明をしてくれた。軽さや動き易さを重視するなら、急所を覆うのは金属ではなく魔物の甲殻などを利用したほうが良く、ジャイアントアントの甲殻を持ってきてくれれば、その分の料金は差し引いてくれるという話だ。


 現在俺たちがジャイアントアントを狩っているだろうことを見越しての提案だろう。アリスのおかげで甲殻を用意するのは容易なのでありがたくその話に乗らせてもらう。

 提供する素材の数や料金についての話し合いも滞りなく終え、彼女が何故救いを求めているのか聞きだせるような機会もなく、そろそろ店から出ようかというときだった。店主の少女が逡巡するような僅かな仕草を見せて、何かを言いだそうとしている。


「どうかしましたか?」


「あ……その……」


 呼びとめようとしたのだろう、僅かに伸ばされた手が緩く握られ開き、また握られ、そんな動作を繰り返す。言うか言うまいか迷っているのか、そんなことを数回繰り返してから少し強めに拳を握り、ゆっくりと顔をあげる。

 それまでの間、俺はじっとその様子を見守るようにして待っていた。アリスも何も言うでもなく、俺の傍らに静かに控えてくれている。

 そんな俺たちを見て、彼女は重々しく口を開いた。


「……次の装備を、注文するときは、ボクの店はやめたほうが、良い、かと」


「やめたほうが良い? 何故ですか?」


「それは……」


 彼女の突然の忠告に思わず理由を聞き返していた。

 救いを求めていることに関係しているのだろうか。


 言いよどむ彼女のことを待っていると来客を知らせるドアベルの金属質な音が部屋に響いた。次いで荒々しい足音が聞こえてくる。

 そちらを見れば、粗野な風体をした男が店へと入ってきていた。

 同業者だろうか。そう考えているとアリスが顔を寄せてきて小声で話しかけてくる。


「冒険者ではありませんね」


「確かに武具の類は持ってないが、休みの日なのかもしれないぞ?」


「いえ、足運びや雰囲気が戦う者のそれではありません」


「へぇ……」


 感心したように相槌を打ち、凄いなと頭を撫でる。

 えへへと可愛らしく笑みを浮かべる彼女に暖かい気持ちが湧いてきた。

 ただ正直なところ(え、なに、アリスさん、もうそんなことまでわかるの……?)という畏怖の気持ちもないこともない。ダンジョンに潜り戦うようになって一週間程度の女の子が達人のような武力や観察眼を会得しているのだから。祝福って凄い。


 アリス曰く冒険者ではない男は、小声で話している俺たちを通り過ぎてクロエの正面に立つ。威圧するように見下ろし、腕を組んで話しかけていた。


「おいクロエ、金の工面はできたんだろうな、期限はあと一週間だぞ」


「もう少し、待って……」


 彼が店内に入ってきてから、ジッとそちらを見つめていた彼女は小さく答えた。

 狼狽する様子もなければ、表情も変わりない。

 それに忌々しそうに男が舌打ちをすると、こちらに今気がついたかのように顔を向ける。


「あんたたち、もしかしてこいつのお客さんかい?」


「はい、丁度、新しい装備を作ってもらうための注文をしているところでした。貴方は彼女のお知りあいで?」


「おぉ、よく知ってるぜ。だからこそ忠告するがな、こいつに今後も装備を作らせるのはやめときな。見たとこ、あんたらが潜ってんのは、まだ初級の一階層か二階層ってとこだろ。それならまだ良いが、もっと奥に潜るつもりなら、別の店を探したほうが良い」


 俺たちの装備を見ての判断だろうか、階層は確かに当たっている。

 職人ならそれくらいの判断はできるのかもしれないし、それは良いが、彼はもっと気になることを言っていた。店主、クロエというらしいが、彼女と同じことを言っているのだ。


「言われなくても……もう、そう、言った」


「はっ、そうかい。てめぇの腕前のことをよく理解しているようで安心したぜ」


 淡々と事実を述べるクロエとそれに突っかかるように言葉を荒らげる男。

 このまま言い合いを続けさせるわけにもいかないし、こちらも聞きたいことがある。


「すみません、何故ここで装備を注文するのをやめろと言うのか、教えていただいても?」


 クロエと男の間に割り込むようにしてから、そう問いかける。

 剣呑な様子に、アリスは警戒の眼差しだ。手がピクピクと剣の柄の近くで反応している。


「簡単な話だ、こいつは職人として必要な技術の才能が全くねぇからだよ」


「彼女の作ってくれる武器も防具も、かなりの物だと思いますが」


「ちっ、あぁそうだな。ドワーフであるこいつの器用さは大したもんだ。親方が目をかけてたのも納得しちまうほどに。だがなぁ……」


 皮肉るような言い回しで、しかし彼女の技術の高さは認める男。親方が目をかけて、という部分では特に苛立たしげな様子だった。

 勿体つけるように、核心部分について口を開こうとしたが。


「ボクは、エンチャントの才能がない」


 しかし、クロエがあっさりと答えを言い放つ。

 それにさえ機嫌を悪くするように睨み付ける男だが、クロエは意に介していない。


「洞穴で暮らすような薄汚ねぇドワーフの分際で、親方に気にいられてたのが前々からむかついてたんだよ。それがエンチャントの才能がねぇとわかったらお払い箱とは笑えるなぁおい。また捨てられたんだよお前は、今度は自分の才能からもなぁ!」


 その言葉に、表情こそ変わらないものの、胸のあたりの服をぎゅっと握り締めるクロエ。

 それでも何かを言い返すことはない。


「その言い草はあまりに……」


 ただ聞いていられず、黙っているクロエの代わりに口を出そうとすると、服を引っ張られる。見ればクロエが俺を止めるように服を掴み、首を横に振っている。


「いいん、です……事実、なので」


「はっ、殊勝な態度じゃねぇか。だが、待つことはしねぇぞ。お前はもう親方の弟子じゃねぇ、手工業ギルド所属の一人の職人で、納金の義務がある。更に言えばこの工房は親方から借り受けてるってことも忘れるなよ。その分の金も回収にくる、残り一週間、きっちり用意しておけ。できなけりゃ、わかってんだろ」


 言うだけ言って満足したのか、男は鼻を鳴らして店から出ていった。

 それをジッと見送ると、クロエはこちらに向き直り、頭を下げる。


「ごめんなさい……お客さんには関係ない話に、巻き込んで、しまって……」


 表情も、仕草も、以前と同じままだ。先ほど恫喝紛いのことをされたとは思えないほど平静を装っている。そうだ、装っているだけ。

 先ほどよりも、彼女の救いを求める心は大きくなっている。まるで泣き叫んでいるかのような、俺にだけ感じられるのだろうその感覚は、胸中を掻き乱すようだった。


「彼の、言った通り、です……ボクには才能がない、ので……。申し訳、ありません、けど……別の店を、探して……」


 だから、何でもないようにそう話す彼女の話を遮るように、膝をつき目線を合わせる。

 ゆるゆると首を傾げる彼女に対して、俺は語る。


「良ければ、詳しい話を聞かせてください。もしかしたら、力になれるかもしれません」


「なんで、ですか……?」


「貴方の装備を気に入ったので、今後もあなたには装備を作ってもらいたいのです」


 救いを求める彼女にとっては、甘く過ぎる言葉を。

 信徒を欲する俺からすれば、汚く打算に塗れた言葉を。

 そして……。


 俺の背中に隠れるようにしているアリスを、キメさせる言葉を。


 そっと後ろを窺うと、アリスは自分が救われたときのことを思い出しているのか、頬を紅潮させ目を輝かせて俺を見上げていた。その顔には、これで彼女は私のように救われるのですねさすがはリク様です、と書かれているようだった。実際、小声でそう言っている。


 今日も、アリスは信仰をキメていた。

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