第三章21
巨大な両手剣。分厚い鈍色のそれが高く振り上げられる。そして、風を切る音を響かせながら勢い良く振り下ろされた。次いで肉と骨を断つ耳障りな音。一拍遅れて地面へと叩きつけられた重々しい轟音が鳴り響いた。
豪快な動き。重量感のある攻撃。実戦の中で鍛え上げられたのだろうそれ。細やかな技術というものが感じられないそれは、厳しい訓練を受けた身からすれば鼻で笑うようなものであるはず。けれど、そこに私は野性味のある美しさというものを感じた。
実直な剣だ。己の肉体の性能というものを理解して、それを十全に使おうとする技だ。ただ豪快に振るうそれこそが、彼女にとっての一番の技なのだろう。
事実、醜悪な緑の子鬼は、その一振りで頭から股下まで真っ二つにされてしまった。丁度体の中心で左右に分割された死体が、その技の威力と有用性を示していた。
そんなギガースの剣技に内心感嘆しながら、私は駆ける。憧れこそあるものの、私には私の、コロクルにはコロクルとしての技術がある。闇に体を潜ませながら静かに動く。
仲間が一瞬で二分割にされたことで呆けているゴブリンの背後をとるのは容易だった。しかしジョゼは容易く一撃で屠ってみせたが、存外こいつらはしぶといことを私は知っている。非力なコロクルが一撃で倒すには、的確に急所を狙わないといけない。
普段から懐に仕舞われている凶器。一本の短い杖は既に取り出されて右手に握られている。それを素早く振りかぶり、隙だらけの子鬼の首筋へ叩きこむ。
刃も穂先もないただの木の杖では、意外に分厚くかたいゴブリンの緑色の皮膚に普通ならば弾かれるだろう。しかしただの木の杖のはずのそれは、ズグリと深く首筋へと突き刺さった。
よく見れば、杖のまわりに薄い透明の膜のようなものができている。それが刃の形となっており、ゴブリンの皮膚を切り裂いたのだ。
事前に私が詠唱しておいた『風刃』の魔法である。腕の立つ魔法使いであれば無手を装い手のひらから伸ばした風の刃で攻撃できるという結構便利な魔法であるのだが、あいにくと私は杖を使わないと上手く使うことができない。
それでも重宝している。一見すると杖で殴りかかっているようにしか見えないというのが、これを使うときの長所ともなるのよね。
残っていた最後の一匹に向かって走る。こちらに気付いたゴブリンが剣を振り上げた。それに構わずこちらも杖を振り上げる。杖を勢いよく振りおろすと、馬鹿正直なその攻撃は容易くあちらの剣で受け止められた。ニヤリとゴブリンが笑う。
「そうくるわよね、知ってるわ」
だから、こちらも笑った。杖に魔力をこめ、『風刃』を強化する。途端、風で作られた不可視の刃が急激に伸び、ゴブリンの眼球を貫いた。
こうした不意打ちを行うのに、この魔法は便利なのだ。私のような仕事をしている者にお似合いの魔法だと言えるかもしれない。
不可視の刃は脳にまで届いていたのだろう、力なく地面へとゴブリンが倒れた。警戒を緩めず近づき、相手が絶命したことを確認してからようやく魔法を解除して杖を懐へと仕舞う。横を見れば、既に何匹ものゴブリンを叩き潰し両断してから、解体に勤しんでいるジョゼの姿があった。
それを見て私もナイフを取り出し、自分が討ち取ったゴブリンの魔石の回収を行う。こういうとき非力な体が少し恨めしい。訓練を受けても体の構造そのものはそうそう変わらないのよね。
ゴブリンの無駄にかたい皮膚に悪戦苦闘していると、そっと上から大きな手が降ってきた。
「解体は力がいる、私がやろう」
「あ、うん……ありがとう」
相変わらずなんでもかんでもでかいわね。それに力強い。凄い。
思わず易々と解体を行うその姿をジッと見てしまった。ナイフまで彼女の手に合わせた特注品、というよりもギガース用なのだろう、ごつくて大きい。それを軽々と持ってゴブリンの皮膚をいとも簡単に切り裂いて魔石を取り出している。
私も彼女も今更この程度で気分が悪くなったりはしない。私は人間や亜人、つまるところ人を自らの手で殺したことが何度もあるし、ジョゼはバルトリードにて多くの魔物と戦って解体などもしてきた経験があるからだろう。
だから互いに気を使う必要もなく、淡々とこうした作業はすませることができる。
「よし、荷物は私が持つ。レリアは闇に潜みつつ先行して魔物の警戒を頼む」
「私の特技は教えたけれども、遠慮なく言ってくれるわねぇ……」
実際、コロクルの小さな体躯は隠れることに長けている。幻惑系の魔法もどちらかと言えば得意だ。自身の耳だけを人間のものに変えるなんて小器用なことはできないけど、自分の姿を隠すようなことくらいはできる。
とはいえ、守るように頼んできた相手に危ないダンジョンで先行しろとは。そのほうが効率が良いってことは私も理解はしているけれども。
「む、互いの役割としてはこれが正しいと思ったのだが……しかしそうか、レリアは小柄で隠れることに長けているが、先行し過ぎて万が一襲われた場合危険だな……あまり私からは離れないようにしてくれると助かる。私では声を出されても発見するまで時間がかかりそうだしな」
これだ。真面目というか不器用というか、実直に過ぎる。
まぁ、そんなところも気にいってしまったのかもしれない。だって、あまりに真っ直ぐな言葉で私の能力を認められて、彼女のような強い存在に頼られて、悪い気はしないのだから。
「そういうことを言ってるんじゃ……はぁ、そうね、短い間だけどあなたはそういう人だってことはもうわかってたわ。いいわよ、魔物の発見は私に任せて」
「う、うん……頼んだ」
自分で言ったくせになんで狼狽してるのやら。本当、図体はでかいくせに一々反応とか可愛いわねこいつ。いや、面倒って言いたいのよ、面倒、うん。
ともあれ、任されたからにはやるべきことをやらないとね。薄暗い通路、壁自体が発光しているけれど光っていない部分もある。そこへ体を寄せて暗闇に同化するイメージを脳裏に思い浮かべながら魔法を使うために小さく呪文を口にする。
「現を示す光 虚で満ちた霧 境界を崩せ 我が現はこの一時 虚となり霧となる 『隠れ身』」
詠唱を終えると同時、魔力が私の姿を隠していく。この魔法は姿を隠すだけでなく、匂いや音まで遮断してくれる優れたものだ。とはいえ完全ではなく、本気で隠れるのであれば本人の技量も必要になる。
激しく動けば僅かな揺らぎが目に見えるし、強い匂いや大きな音も漏れてしまう。ジッとしていたとしても注視されれば違和感に気付かれるだろうし、如何に目立たない場所に潜めるかが重要なのだ。
その点、ダンジョンは良い。暗闇がそこかしこにある。既に癖になっている音を立てない歩法で闇から闇へと素早く移動を繰り返しダンジョンを進む。
言われた通りにジョゼから離れすぎないように気をつけつつ、懐から地図を取り出して通路の確認をしながら階段への道を選ぶ。そして曲がり角に通りかかったところでゴブリンの小集団を見つけた。
それを確認した瞬間、踵を返してジョゼの隣へ向かう。魔力を霧散させて魔法を解除し服を引っ張って注意をこちらに向けさせた。私に気付いた彼女が意図を理解して僅かにしゃがみ顔を寄せてくるので耳元に口を寄せて小声で情報を伝える。
「曲がり角のすぐ先、ゴブリンが5匹。剣が2、槍が1、魔法が2」
「ふむ、奥までくると一度に出てくる数が増えるという情報は本当のようだな……ありがとう、事前に数や構成がわかるのはやはり助かるよ。では、奇襲をかけるとしよう」
「まずは魔法使いの二匹を潰す、よね。片方は任せて」
私の言葉に頷いた彼女が拳を向けてきた。一瞬その意味を理解できずに首を傾げる。次いでその拳がどういう反応を期待してのものか理解して苦笑する。
はぁ、こういうの、本当に柄じゃないのだけどね。そう思いつつも私はその向けられた拳に自分の拳を当ててから、彼女と一緒に武器を手にして駆け出した。




