第三章20
重厚な金属を思わせるような赤銅色の肌。赤熱した灰のようなくすんだ赤い髪はぼさぼさと伸ばし放題で、髪型などには頓着していないのか動きやすいようにか、それを後頭部で一つに結んでいる。腕や足は私の胴体よりも太く多くの傷跡が生々しく残っている。そんな大木を思わせるジョゼの体は、小さな私のようなコロクルでなく普通の人間であっても見上げることしかできないだろう。
正直に言えば少し羨ましい。私たちコロクルは小さいということを武器にしている者が多いけれど、それは同時に大きなハンデを背負っていることに他ならない。高い場所にこの手は届かないし、小さいということは体重も軽いので大きい相手に押されでもしたらそうそう耐えられやしない。彼女ほどとは言わないけれど、もっと大きい体であれば色々と楽だったろうと思えることは多くあった。
けれどこれからは、そんな憧れた大きい体を好きに使えるようなものだ。まだなんでもさせるようなことはできないけれど、少なくとも今の彼女は協力関係にある私が危機に陥れば助けようとするくらいのことはしてくれるはず。
パートナーになることを了承してからは、以前よりも私を気にかけてくれていることがその視線や行動から目に見えてわかった。だからこそ、無下にすることはしないだろうことも。
ただ、少しむず痒い。いえ、常に見られることになると思うと少し面倒ね。
とにかく、これで協力をとりつけることができた。こちらを見る目が若干変わったけれど、それは良い意味で変わっているのだから良しとする。
ただ、確認しておかなければいけないことがまだある。今だからこそ聞けることだ。
「パートナーになってくれたから、聞くのだけれど」
「ぱーとなー……あぁ、うん、なんだ」
「ジョゼも……バルトリードからきたの?」
その言葉に彼女は一瞬表情と体をかたくする。一拍おいて、視線だけで周囲を確認するジョゼ。こちらを盗み見るように視線を向けている者こそいるものの、それはいつもの自分の見た目のせいだと理解すると肩から力を抜いた。
ジッとこちらを見ながら、ジョゼはゆっくりと口を開く。
「その口ぶり……やはり、レリアも、なのか?」
「えぇ、そう……村が魔物に襲われて、更には不作まで重なってね……人間の国に近いところに私たちの里はあったから、里を助けることができないかと思って、こうして」
魔物に襲われたことも、不作も本当のことだ。里を助けるために人間の国にきているのも本当のことだ。多少言ってない事実があるだけで、先ほどの言葉に嘘は殆どない。
そして、バルトリードの中はどこもそんなもの。たとえギガースの里であっても、万全とまではいかないだろう。だからこそ、彼女はそれを否定できないはず。
「なるほどな……私も似たようなものだ。ギガースが戦に長けているのは知っていると思うが、だからこそ自分たちならば魔物になど負けないと驕ってしまったのだろう。先祖たちはバルトリードにきてから、魔物に挑み続けた。当然、無限とも言えるほど多くさらに増え続けるような奴らに対して先祖たちは徐々に疲弊し、数を減らしていったよ」
思った以上に、ギガースという種族はとんでもなかった。まさかそれほどとは。けれど、彼女の言葉からすれば、そんな先祖の無謀な行動は間違っていたと、今のギガースたちは認識できているらしい。
彼女は苦虫を噛んだような顔で、自らの里の過去を語り続ける。
「自分たちの間違いに気付いたのは、取り返しがつかなくなってからだった。我々の里にいる戦士はもう数えるほどしか残っていない。だからこそ、こうして私が送り出されたのさ。我々の里が生き残る術を得るために、この人間の国へな」
自らの先祖の負債を、今生きている者が払っている。どうやら、そういう意味では、ジョゼと私は同じだったらしい。なんとも面白い偶然だ。
いや、元々先祖たちが逃げ込んだ土地に引き篭もっていたはずの亜人が、わざわざ人間の国にやってきているのだから、必然だったのかもしれない。こうして似た境遇の者同士が出会うのは。
だとしたら……そう、だとしたらだ。そこに自身を重ねて、多少の同情を覚えてしまっても仕方ないことだろう。利用するべき相手だとしても、多少の同情くらいは。
利用するにしても、その後のことを考えてもいいだろう。別に彼女はターゲットではないのだ。たまたま見かけて、利用できそうだから利用する、それだけの存在なのだから。
だから、だからだ。私は彼女と良い関係を結ぶべき。そう考えて先ほどのように強くではなく、そっと、優しく彼女の手を握る。労わるように、慈しむように。
抱きしめるように、その手を引き寄せる。
「れ、れりあ……?」
「大丈夫よ、ジョゼ……きっと、あなたの里のこともどうにかしてみせる。そのための方法は私が考えて見つけるわ。だから、あなたも私に協力してちょうだい」
「……あぁ、君は私よりも頭が良さそうだからな。うん、私は戦闘は得意だが、そのあたりはからきしだ。そういう頭を使う部分を君が補ってくれるのであれば、私は心おきなく自身の力を振るえる。頼むよ、レリア」
「えぇ、任せて」
彼女の言葉に笑みを浮かべる。嬉しそうに見えるだろう笑みを。別に本心からそう思わなくても、それくらいの演技はできるように教育されている。
ただ、多少は本心で嬉しいと思っていても問題はないだろう。むしろ、信憑性が増すというものだ。こんな仕事で個人に情を移すのは馬鹿なことかもしれないが……まぁ、そこはどうとでもなる。別に直接仕事には関係ないのだから、うん。
何より、ここまで彼女が私のことを信じてくれるのは想定外の収穫だった。ただの駒として使い捨てにするよりは、協力関係を維持したまま今後に繋げたほうがいい。
彼女の部族も引き込むことができたならそれは功績となり、私自身が切り捨てられる可能性を大きく減らすことができるだろう。そのためにもまずは、リクたちのパーティだ。
彼女とのこの交流で今後、彼らとどう接するべきかその道筋は見えた。ジョゼとダンジョンに数度潜ったあと、コロクルであることを明かそうと思う。
彼女と共にダンジョンに潜り、故郷のために物資を送る。商会を利用すれば、そう見せることは簡単だし、実際のところ背景が少し違うだけでやっていることは同じだ。
コロクルの里に送る物資に、ギガースのものが増えるだけ。
今までであれば、多少うそ臭さが目立ってしまうかもしれなかったが、ジョゼが協力者となってくれたおかげで真実味が出る。ギガースの里を救うことは真実なのだから。
商会にもこの話を通さなければいけないだろう。あの商会、そしてあの男のことだ、困窮していてつけ込むことができるギガースの里があるなんてことを知れば、必ず乗ってくるはず。
本当に運が向いてきた気がする。悩んでいたはずの今後の行動が、どんどんと開いていくのだ。普段の仕事よりもずっと順調なような気がするほど。
相手が規格外の福者ということで及び腰になっていたのだろうか。いや、今回は本当に運が良かったのだろう。ターゲットがお人好しであったことや、ジョゼとの出会い等々……。
このままいけば、こんな最低な生活から抜けだすことも夢ではないのではないか。そんな考えすら頭の中に浮かんでくる。しかし、私は思考を冷たくしてそれをすぐにかき消した。
不相応な夢を抱いても良いことはない。ただ、少し仲良くなれそうな亜人と、以前よりはマシな生活が送れるようになれば、それでいいだろう。
「……ジョゼ」
「ん、どうした、レリア?」
「改めて、よろしくね」
言いながら、包むように掴んでいた手を、握手の形にする。
それを見下ろした彼女は、ふっと口元を緩めて応えてくれた。
「あぁ、これからよろしく頼む」
これから私は、らしくないことをするだろう。今まで私は自分が生き残るために、自分と同じ境遇の者ですら利用して見捨てて、みっともなく生に縋ってきた。
でも、これから私は彼女と一緒にダンジョンに潜る。それは多少の危険は飲み込むということだ。今回のターゲットが難物であるというのもあるけれど、きっとそれ以外の理由も含めての行動。
本当にらしくない。けれどそろそろ、認めないといけないのかもしれない。
私は、この無愛想で強面で、自分とは全然違うでか女のことを、気にかけているらしい。どうしてかは自分でもよくわからない。これこそ本当に、私にとっては今更の感傷なのかもしれなかった。
でも、きっと理屈ではないのだと思う。だって、彼女が微笑んでくれたときに、私は密かに思ってしまっていたのだから。ただ、純粋に……可愛いと、嬉しいと。




