第三章19
あれから数日が経った。とはいえ、やっていることはあまり変わっていない。リクのパーティとジョゼから話を聞く日々が続いている。
ただ変わったことは当然ながらある。どちらとも交流を重ねたことで相手が心を許し始めている実感を得られていた。特にジョゼの方は目に見えて態度が変わっていた。
一番の違いは、わかりやすく笑うことになったことかしらね。故郷を離れて同族のいない人間ばかりの町へきて、気を張っていたのだと思う。だからこその仏頂面だったわけだ。
今でも基本的にはそうだけれど、私と話しているときには笑顔を見せることが多くなった。強面のくせに本当に朗らかに笑うから、少し可愛く見える。ちょっと卑怯だわ。
「ん、どうしたレリア、私の顔に何かついているか?」
「うぅん、なんでもない! それより、今日はどうだったの?」
「あぁ、出てくる魔物はそれほどでもないが、慣れないダンジョン探索に、一人で補給や休むこともできずに奥へ奥へと潜り続けるというのは大変だな……中々思うように進めない」
やはりダンジョン探索というのは過酷なものらしい。普通の鉱山で働いている鉱夫たちですら過酷な労働だというのに、それに魔物との戦いを追加されてるようなものだから然もありなん。
しかし、何故かその顔に暗いものはない。むしろその苦境を楽しんでいるような節すら見えた。ギガースという種族の性なのだろうか、戦いというものを楽しむところがあった。
むしろ、彼女が本当に頭を悩ませているところは別にある。ダンジョンという戦場では、彼女は彼女らしく戦えばそれでいい。けれどそれだけではどうにもならないことがあった。
それは亜人であるという事実。ダンジョンから出た後のこと。街での生活そのものが、彼女にとっての悩みの種だった。
「ダンジョンの話をしてるときは、楽しそうだね、ジョゼお姉ちゃんは」
「む、そうか? 色々と大変なんだぞ、これでも」
「それは聞いてればわかるよー、でも外にいるときよりも、ダンジョンの中にいるときのこと話してるときのほうが楽しそうに見えたから」
「それは……むぅ、たしかに、そうかもしれんな。どうにも、故郷の村と違ってこの町はやりにくい。亜人一人では生活するだけでも大変だ、ははは」
溜息をつき前髪をかきあげるようにして額を押さえるジョゼ。軽食店で向かい合って座っているので、机に肘をついて頭を下げられると、巨大な頭が降ってくるようで相変わらずちょっと怖い。
ただ、段々と慣れてきている。そんな自分に少し驚きだ。まぁ、表に出さないようにできているとはいえ、いつまでも恐怖感を覚えているよりはずっといいわね。
それにしても、本気で悩んでいるようだ。他の亜人よりも、見た目で相手に与える圧力が大きい分、対応が色々と複雑になっているのだから当然かもしれない。
他の亜人であれば、露骨に顔を顰めたり、おざなりな対応をされたりする。無論全てが全て、そんな対応をしてくる人間しかいないわけではないが、全くいないなんてこともありえない。
そして、そんな人間が睨んでくるだけでも怖いジョゼに対してどういう対応をするか。露骨にできないのなら、陰湿なものになっていくのが人間というやつなのだ。
ジョゼは以前理解したけれど、愚直な人だ。そういう迂遠な嫌がらせなどに対応できるような器用さはないと思っていたけれど、事実その通りらしい。
彼女はそういう意味では、結構弱ってきている。だから、だ。
そう、これから私がする行動は、彼女が弱ってきているから。そこにつけ込むことができるようになったから。そんな本音を晒されるほどに信用されたと確認できたからだ。
「ねぇ、ジョゼお姉ちゃん」
「ん、どうした、レリア?」
「町で上手く活動するための、協力者がほしくない?」
「なに……? レリア、何を言って……」
「私はね、人間じゃないの。今まで騙していてごめんなさい。私の本当の種族はコロクル」
言いながら、指輪にこめられた魔法を一瞬だけ解除して彼女に耳を見せる。人間のものとは違う、尖ったそれを見て彼女が目を見開く。
眉を寄せて、どういうことかと視線で問いかけられる。いきなり怒鳴りつけられることはないだろうとは思っていたけれど、かなり冷静な対応に一先ずは安心だわ。
「ジョゼお姉ちゃんと似たようなものだよ。故郷から出てきて、稼ぐためにダンジョンに潜ろうとしている。でもその前に仲間を募ろうとしていたの。ただ亜人だとわかると……ね?」
「あぁ……そう、だな」
このあたりは、彼女自身が被害に遭っているので納得してもらいやすい。亜人であることを隠そうとすることは、できる者であればやる。人間の振りをしたほうが生きやすいのだから。
だからこそ、彼女はそのことについてはすぐに納得してくれた。隠されていたということで、疑心が生まれたけれど、理由をすぐに察したようだった。やはり頭はそれほど悪くはない。ただ不器用で愚直なだけで。
「幸い、私は親の形見のこの指輪があったおかげで人間の振りをできた。だからギルドでただの子供の振りをして、いくつかの冒険者のパーティに探りを入れていたってわけ」
「……それならば、人間たちのパーティに入ったほうが良かったのではないか?」
よし、話に乗ってきた。こういうとき、一番まずいのが疑う気持ちばかりが強くなり、感情的になって話にならない場合だ。だからこそ、これは最高の反応と言っていい。
心中で笑みを浮かべながら、実際は真面目な顔を作って私は話を続ける。
「うん、たしかに亜人でも受け入れてくれる冒険者はそれなりにいる。人間がいるパーティに入ったほうが受けられる恩恵は多いこともわかるよ。でも、そういうことを共感できる相手が良いと思ったの」
「そういう……つまり、私が先ほど言っていた……」
「そう、私たち亜人が、人間の町ではどういう扱いを受けているのか。それを実感としてわかってくれる人。それを共感して話し合える人。一緒に背負える人が良かったの。お願い、ジョゼ……」
周囲の喧騒は、いつも通り。ジョゼの長身がそれなりに注目を集めているとはいえ、小声で話している私たちの会話を聞いている者はいない。
それをもう一度良く確認してから、机の上に乗る勢いで彼女の方へ体を寄せてその手を静かにとる。そのままぎゅっと握り、彼女の瞳を見つめて小さく告げた。
「私の、パートナーになってほしいの」
「ぱ、ぱーと、なー……?」
彼女は目を白黒とさせながら、私の言葉を繰り返す。混乱している。強面で馬鹿みたいにでかいくせに反応は可愛い。そうじゃなくて、混乱しているのなら好都合だわ。
彼女に頷きながら、視線をそらすことなく言葉を続ける。
「そう、あなたには私をダンジョンの中で守ってほしいの。そのかわりに町での生活を私が助けてあげるわ。勿論それだけじゃない、他のパーティに探りを入れることは続けて良いパーティがあればあなたも入れるように説得してみせるし、ダンジョン内では私もできる限り頑張るわ」
畳み掛けるようにそう言って、彼女の顔を確認する。未だに混乱しているみたいね。困惑の表情のまま視線が左右に揺れている。
そんな彼女に向かって、私は目尻に涙を浮かべて、悲しげな顔をしてみせる。
「ジョゼ、貴女ならと思ったのだけれど、だめ、かしら……?」
「いや、そんなことはないけれど、突然のことだし、私で本当にいいのかと……」
「勿論よ、言ったでしょう、貴女ならって。貴女がいいのよ、私は」
「そう、なのか……わかった。そんなに言ってくれるのであれば、その話、受けようと思う」
その答えを聞いて、肩に入っていた力が抜ける。思わずため息すら漏れた。良かった。
……そう、良かった。これであのリクたちのパーティに対する手が増えた。それ以外にも、ダンジョンで自身を鍛えることができる。彼女がいれば魔物との戦いで死ぬ可能性はぐっと減るはずだ。
だからこそ、この話を受けてもらえて良かったと本当に思う。これまでかけてきた時間も労力も無駄にしたくはないからね。
あぁ……本当に、良かった。




