第三章18
「しかし、ダンジョンでの話か……」
彼女は数度顎を撫でるようにしながら、悩ましげに呟いた。
その反応は半ば予想していたけれど、子供らしく不思議そうな顔を浮かべて愚直に訊ねる。
「どうしたの、もしかしてダンジョンのお話はいや?」
「いや、そういうわけではないのだがな。昨日初めて入ったものだから、あまり話せることはなさそうだと。ダンジョン以外の話でも、構わないか?」
「うん! 聞きたい!」
うん、予想していた通りの反応だ。そして予想外の言葉でもあった。
ダンジョンに赴きゴブリンを討伐して、冒険者になったのが昨日。まだ一度しかダンジョンに挑んでいないのに、ダンジョンでの話をせがまれたら困るのも仕方がない。
だから、そこから他の話もねだろうとしていたのだが、まさか自分から進んで話そうとしてくれるとは思わなかった。冷たい眼差しと女性にしては中々の強面だけれど、やはりお人好しの類らしい。
その証拠に、無邪気を装った私の打算に塗れた言葉に、僅かに頬を緩めて頷いている。
「そうか、それでもいいのであれば良かった」
「でも、ダンジョン以外のお話って?」
「そうだな……故郷の村から冒険者になるためにここまできたのだが、村で狩っていた魔物のことや、道中のことなどであれば話せる、か」
村で狩っていた魔物、ね。もしかしたら……。
いえ、それだけじゃまだ確信は持てないわね。少し鎌をかけてみようかしら。
「ダンジョン以外でも魔物と戦ったりしてたのねぇ……あれ、でも町の近くの村だと、魔物は軍が定期的に退治してるし、そもそもあまり現れないってお父さんとお母さんが……」
「ん、いや、それは……辺鄙な村でな、軍の手が届ききっておらず、たまに出ていたんだ」
ふぅん、なるほど。まさかまさかね。まさかこの女、バルトリードの出身だったとは。
たしかに、軍の手が届いていない村は存在する。けれどその場合はたまになんてものではない。バルトリードに面しているこの領においては、あちらとこちらを隔てる山脈から降りてくる魔物に襲われるような村も存在しているという。
あの山脈近くに村を作るなんて馬鹿げていると思うけれど、利益があるところには危険があろうとも群がってくるのが人間という種族だ。
領内のダンジョンに出現するものとは違う種類の魔物の素材。魔物の生まれる魔力溜まり付近に存在している珍しい鉱石や植物。どれもが少なくない利益を生む。
だから軍の手が届かないような辺鄙な場所でも村ができ、そこに人も集まる。当然、利益が生まれる場所を国も保護しようとはするだろうけど、欲のままに手がついていない場所を独占しようとぽこぽこと生まれる新しい村全てを軍で守れるはずもないのだ。
それを考えると、彼女の言っていることはおかしい。辺鄙な場所、軍の手が届いていない、魔物が現れる。全てを合わせると、魔物が現れる頻度がたまになんて場所、そうあるものではない。
さらに言えば、彼女自身もその推測が正しいと判断できる要素をいくつも持っている。今さっき言いよどんだこと、初日からあれだけのゴブリンを討伐し顔色一つ変えていなかったという魔物を殺すことに慣れている様子、それだけ慣れていながら稀にしか魔物が現れなかった辺鄙な村にいたという過去。
つまるところは、その語った内容は嘘だと推測できる。だとすれば、何故そんな嘘をつかなければならないのか、頻繁に魔物と戦うような場所で隠さなければいけない場所とはどこか。そう考えるとバルトリードの名前が自然に浮かんでくる。
このジョゼという女、頭は悪くないけれど、少し抜けているらしい。話した相手が私で良かったのか、悪かったのか微妙なところだ。少なくとも言いふらすようなことはしないのだから、その故郷とやらは被害が受けることはないのだし、最悪ではないというところか。
とはいえ、その情報を知って益々利用しやすいと私に思われているのだから、良いとは口が裂けても言えないだろうけれど。
「……大変だったんだね、ジョゼお姉ちゃん。魔物が出るようなところで暮らして、それを退治しないといけなかったんだもんね」
「ふっ……いや、そうでもないさ。それで私は、村の皆の役に立つことができて嬉しかったんだ。だが、私のことを思って悲しんでくれたんだな、ありがとう。レリアは優しい子だな」
本当に利用しやすい奴。私はただ打算をこめた言葉しか発していないのに。それだというのに、そんなに嬉しそうに撫でてくるとか、本当にやめてほしい。いえ、絆されてくれるのなら、それでもいいのだけれど。
おかしい、また思考に余計なものが混じっている気がする。あの四人に対するイライラとしたものとは違うけれど。今浮かんでいるそれは、あれよりも面倒な気がした。邪魔に過ぎる。
「ジョゼお姉ちゃんのほうが優しいよ」
「そうか? 私は真っ直ぐ思ったことを言葉にすることしか知らないからな。それをそういう風に言われるのは、どうにもむず痒い」
「……村のために頑張ったり、それで嬉しいって思ったり、優しい人だよ、うん! それじゃあそうやって村で活躍したときのこと、教えてくれる?」
「あぁ、勿論いいとも。まだダンジョンに挑むのには慣れていないからな。こうした会話は無駄に張ってしまっている精神を解すのに丁度良い」
それから彼女は自身が魔物と戦ったときのことについて話してくれた。福者ほどぶっ飛んだものではなかったけれど、やはりギガースという種族は戦いに向いているのだろう、中々の戦いっぷりをしてきたらしい。
そして、話を聞いて確信した。やはり彼女はバルトリードからやってきたのだと。ぼかしてはいるけれど、この近郊には存在していない魔物と戦っていることは、ある程度の知識を持っている人間ならばすぐに気付くことができた。
この人は放っておいたらいけない気がする。一見すると冷たい目をした強面のでか女なんて、近寄りがたい見た目をしているのに、少しでも話してみるとそんな気にさせてくる。
なんで私がこんなことを思わないといけないのか。この少し抜けた生真面目でか女を利用しようとしていることに罪悪感でも覚えている? それこそ今更だった。
とにかく、彼女は利用しやすい。そしてある程度の戦力になる、それがわかった。顔見せをすませることもできたし、話してみた感触も悪くない。
話を終えた彼女とまたこうして会うことを約束してから、ダンジョンに向かう姿を見送った。それからまた数度、ギルド内の冒険者から例のパーティについての話を聞き、今日男たちから聞いた話が本当だったのかどうかを確認する。
それも終えたあとは、リクたちが帰ってくるまでの間、一度部屋に戻り仕事道具の整備などをしておくことにした。余裕を持って夕方前にはギルドへ向かい、彼らがダンジョンから戻ってくるのを待つ。
どうやら正解だったようで、今日は少し早めに戻ってきたようだ。カウンターで買い取りをすませたのを確認したあと、駆け寄っていく。
「リクお兄ちゃんたち、お帰りなさい! 今日はどうだった?」
「ん、あぁ、今日は二階層を突破して三階層にまで到達できたぞ」
「そうなんだ、すっごーい!」
そうなんだ、すごい意味がわからない。彼は何を言っているのだろうか。ついこの前二階層に到達したばかりではなかったのだろうか。中級ダンジョンとはそれほど簡単に進むことができるものだったか。
どうにか笑顔を崩すことなく、思考だけで混乱していると彼はさらにぶち込んでくる。
「見た感じ、二階層より三階層のほうが早く突破できそうだから、数日中には四階層にいけるかなってところだな。三階層、四階層での話もすぐにしてやれると思うぞ」
「すっごい楽しみ!」
すっごい怖い。彼らは本当に同じ人という生物なのか疑いたくなる。福者というのは生物としての格が違ってしまうものなのだろうか。多分そうなのだと思う。
今までも福者の相手をしてきたことはあるけれど、彼らのような本物ではなかったのかもしれない。そんなことを思ってしまうほどに、生物としての本能が彼らに対して警鐘を鳴らしていた。
あぁ、もしかしたらそういうことなのかもしれない。事前に彼らを相手にしていて、そしてこうして彼らの相手をまたしなければいけないからだったのかもしれない。
彼らのような心中を様々な意味でかき乱してくる相手。利用しようとしているとはいえ会話をしていて和むことができる相手。それらと同時期に接していたら、後者に対して多少思考が甘くなってしまうのは仕方ないことだと思った。




