第三章16
粗方知っていることを話し終えた冒険者たちは、話し合っていた通りこの後飲みにいくようだ。あぁ、私も何も考えずに酒でも飲んでいたい。思わずそんな思考が一瞬浮かぶ。
遠い目をしてしまっていたらしい。男たちに大丈夫かと心配された。それを適当に取り繕って酒場へ向かう彼らを見送る。その姿が見えなくなったところで張り付けた笑みが零れ落ちて大きく振っていた手が脱力して肩からぶら下がった。
ふるふると一度首を振ってから、頬に手をあてて笑みの形を作る。宿に帰るまで私は世間知らずのただの子供、そのはずなのだから。
どうやらあの四人組は、私にダンジョンでの全てを語って聞かせたわけではないことがよくわかった。いや、自分たちの活動全てを語って聞かせる冒険者なんてそうそういないだろうけれど、他の人間から得た情報がここまでぶっ飛んでいたとは。
福者でもなければできないことを語って聞かせて、叶わない夢を見させないようにという配慮だったのかもしれない。冒険者には珍しい、そういうことを気にする人種だった。
先ほどの男たちは、良く言えば素直、悪く言えば馬鹿という典型的な冒険者だった。だからこそ子供に対して非現実的なことを語ったあとで起こることまで考えが及ばない。
冒険者に憧れている子供なんて向こう見ずなお馬鹿さんそのままだもの。冒険者たちの活躍ばかり耳にすれば、自分もそうなれるときっと信じて疑わない。
そうして、死ぬその瞬間まで夢だけを見て死んでいく者は少なくはない。ただ愚直にダンジョンに潜って成功した冒険者たちは、そんなことまで頭がまわらない者が多いのだ。
典型的な冒険者というのは、ダンジョン攻略の途中で多少の失敗くらいはしたことはあるかもしれないが、それで生活できている。途中でそれ以上階層の攻略を進めることを諦めるくらいの挫折はあるかもしれないけれど、自分の実力を見誤って死ぬような目に遭ったことなど当然ない。
成功しているのだから。失敗していないのだから。生きているのだから。
それも仕方ないことなのだろう。そんなことまで気にしている者の方が少ないのだから。そして政策を出している側の人間からすれば、その方が都合がいいのだ。
冒険者以外の選択肢を持たない、将来的なスラムの住民が自主的に数を減らしてくれる。施政者からすればこれほど都合のいいことはないだろう。
その命を落としたうちの何割が冒険者に夢を持ち、他にあったはずの才能を散らしてしまった者なのだろう。恐らくそれは無視できる、してしまえる程度の数字なのだと思う。少なくとも上の人間にとっては。今を生きる者にとっては。
そう考えると、冒険者も私たちもそう変わらないのかもしれない。上に立つ者の思惑で死んでもいい駒として使われている。仕事の内容に鉱夫紛いの資源の採掘か汚れ仕事かという違いがある程度だ。
ターゲットと自分を重ねてしまったことに苦笑する。本当に調子が狂っているわね。ただ今回は心が乱れることはない。ただ知っている現実を再確認しただけだから。
そこまで考えてから、冷えてきた思考がもう一つの可能性を浮上させる。あの四人がこちらのことを訝しんで、深くまでは話さなかったのではないか。
しかしその割には各々の役割や現在潜っている階層、活動内容まで話していた。あのパーティのリーダーであるらしいリクは正直言って頭が良いとは思えない。お人好しの部類だからただの子供に見える私を警戒するということはあり得ないと思う。
もしこちらを疑う可能性があるとすればアリスと呼ばれていた少女と、フェリシーというメイドだろう。クロエというドワーフは、よくわからない。
ドワーフは日光を浴びると気力が萎えてしまうという話は聞いたことがあった。だからあれが彼女の素ではないのだろう。いや、ある意味素ではあるのだろうけれど。とりあえず警戒はしておいたほうがいいだろうか。
とはいえ、そうだったとしてもこちらのやることは変わらない。さすがに詳しい私の正体までは、気取られるようなことは何も話していないのだからバレているはずもない。
多少怪しまれていようとも、精々が変な子供か……もし私がコロクルであるということまでバレたとして、背後の組織やその命令のことまで短時間で把握できはしないはず。
なら、どちらにせよ交流を続けて敵意などはないと思わせる。不審な言動もなく、見た目はただ仲良くしようとしてくる小さな女の子。警戒心を解かせるくらいわけはない。
そうやって気持ちを引き締めようとして、そうではないと肩から力を抜く。彼らは大体朝から直接ダンジョンに向かって、夕方頃に帰ってくると言っていた。今から気を張っていては持つわけがない。それに、この時間にギルドまできた目的は彼らとは別にある。
先ほど話しかけた冒険者たちもその一つだけれど、それ以外にも目的があった。ただそちらについては、今日ここにくるかどうかもわからないから、そちらについてはある種の賭けである。
しばらくの間ソファに腰かけて、退屈そうに足をぱたぱたと振る。先ほどまでのやり取りを見ていたギルドの職員がそんな行動をしている私に苦笑していた。リクのパーティを待っていると思っているのだろう。
あのパーティがギルドにくる大体の時間を、普段対応している職員である当然彼らは知っている。だからこそ、くるはずのないこんな時間から待っている私のことがおかしいのだ。
忠告するためだろう、こちらに向かって一人の職員が近づいてきた。それを見た私の感想は感謝でも鬱陶しいでもなく、釣れた、だった。
「あぁー……レリアちゃん、だったよね。リクさんたちを待ってるのかな?」
「うん、そうなの! それと、あのおっきいお姉さん!」
表情を笑みの形にして顔をあげ、元気よくそう答える。
そう、昨日見かけたあの巨体。彼女のことについて聞き、できれば会うことがギルドにきた私のもう一つの目的だった。
「おっきいお姉さん……あぁ、昨日登録にきたギガースの」
「ぎがーす……?」
「そうだよ、普通の人間はあんなに大きくないだろう。けどギガースっていう種族は、皆体がすっごく大きいんだ。その中でも彼女はとくに背が高いみたいだけどね」
「へぇ、そうなんだ! お兄さんって物知りなのね、凄い凄い!」
知ってるけれどね。でも子供が知っているというのも不自然だし、なにより男っていうのは女に煽てられるのが好きでしょう。それが小さい子供だったとしても、悪い気はしないわよね。
その証拠に、雑学を披露されて楽しそうに手を叩きながら褒める私を見て、目の前の男は頭をかきつつ頬を緩めている。やっぱり男を相手にするのは、こういうところがちょろいから楽だわ。
「ははは、それほどでもないよ、ギルド職員は亜人と接する機会が結構多いからたまたま覚えていただけさ。えーっとそれで、あのギガースのお姉さんがどうかしたのかい?」
「うん、あんなにおっきい人、初めて見たから、お話ししてみたいの! あの人も冒険者なんでしょ、あんなに立派な体なのだもの、きっとリクお兄ちゃんたちみたいにすっごく強いのだわ!」
はしゃいだ子供のように、ぴょんぴょんと鼻息を荒くして飛び跳ねてみせる。両の拳をかたく握って、腕や足などに密かに力をこめてわざと頬を赤く染めた。
それを見て微笑ましげに笑っているのを見る限り、私の子供らしい行動はしっかりと効果を発揮しているようだ。訂正、頭が平和な大人たちは、こういうところがちょろいから楽だわ。
「なるほどね……うん、リクさんたちはまだこないだろうけど、そのギガースのお姉さんはそろそろくるかもしれないよ。冒険者になったばかりだし、ギルドでは同僚である冒険者やギルド職員から話が聞けるから、ダンジョンに潜る前に立ち寄るかもしれない」
亜人なら尚更だ、とは言わないあたり、この職員は気遣いのできる人間なのかもしれない。実際、そのあたりのことは子供に話すことでもない。
本当なら酒場などで酒やツマミでも奢りながらのほうが口は滑りやすくなるだろう。けれど新入りの亜人、しかも彼女のようなギガースではそれも難しいはず。亜人というだけでも面倒なのにあの巨体。同じ亜人でも警戒しているだろうし、人間が相手ならなおさらだ。
だからこそ、情報が必要だと気付いたら、仕事として相手をしてくれるギルド職員がいるここにくる可能性が高い。明確に言葉にしていないだけで、つまりそう言っているのだ、彼は。
なるほど、それならたしかに早い時間にギルドへくる可能性は高い。他の冒険者が比較的少なく、ゆっくりとギルド職員から話を聞けるだろうから。
もし本当にきたときは、賭けに勝ったということだ。どうせ毎日張るつもりだったけれど、幸先がいいにこしたことはない。
職員に礼を言ってから、もう一度私はソファに腰をかけ、彼女を待つことにした。




