第三章15
出かける準備を終えて、最後に自分の格好を確認する。ツーサイドアップにまとめた背中あたりまである茶髪。オレンジ色を基調とした明るめのワンピース。にっこりと、屈託ない笑顔を浮かべてみせれば、少しお洒落を気にし始めた元気な幼い少女の出来上がり。
部屋の中を少しだけ歩きまわってみる。ぱたぱたと、軽く足音が立った。もう一度、今度は何も考えることなく数歩。殆ど足音がしない。このあたりは。やっぱり気をつけないと駄目ね。
足音を立てない小さな子供。それはもう不自然なことこの上ない。不気味だと思われることも当然あるだろう。そこから正体がバレる可能性だってある。
癖になってしまった歩き方を、もはや自分からは程遠いただの少女を演じるために意識してやめている現状を少しだけ滑稽に感じた。
トントンと、もう一度足を鳴らす。よし、大丈夫。私は今日これからこの部屋に帰ってくるまで、冒険者に憧れる世間を知らない少女だ。扉に手をかけ、口角を意識してあげる。
部屋を出て階段を下りる。カウンター前をモップがけしている店主がいた。笑顔のままわざとらしく階段を騒がしく下りていき目の前まで歩いていき声をかける。
「おじさん、おはよーございます!」
「あぁ、やっぱりレリアちゃんか。おはよう、今日も早起きだね、またお散歩かい?」
「うん、部屋の中でずっと待ってるの、退屈なんだもん!」
「そうかいそうかい、ご両親はずっとお仕事らしいし、一人で部屋の中にいるのはたしかに退屈だろうしなぁ。でも、外に出るのはいいが、気をつけるんだよ」
「はぁい! ありがとうおじさん、いってきまーす!」
優しげな笑みを浮かべる初老の男に手を振りながら外へ向かって駆けていく。つまりは、そういうことだった。私はこの町の外からやってきた商人夫婦の娘。両親は商談のために殆ど私に構うことができていない……そういう設定だ。
両親役の人間は、商会のほうで用意したらしい。彼らの素性やその後のことについては知らない。ただ上手く決められた設定どおりに町に溶け込めるならそれでいい。
そのままギルドへ向かって歩を進める。ダンジョンに潜る時間は冒険者により様々だ。だからこそ、それに対応するためにギルドはこの時間からも開いている。
前日、彼らとの会話を意識して大きめの声でしていたこともあり、私の姿を覚えているものはそれなりの数いるだろう。子供が一人で冒険者ギルドにくること自体珍しく、記憶には残りやすいはずだ。
ギルドに入ると、まばらに冒険者の姿があることを確認する。先程ダンジョンから帰ってきたばかりなのか報酬を受け取りこれから飲みにいこうと相談しているパーティや、カウンターに並んでいる者も数人いた。
報酬が思いのほか多かったのか、機嫌よさ気に話している冒険者たちのもとへ笑顔で歩いていく。そんな私の姿を見て、訝しげにこちらを見る屈強な姿の男たち。
「お兄さんたち、おはよーございます!」
「お、おぅ、お嬢ちゃん、どうしたんだ。こんな時間にギルドになんて一人で……」
「あ、あー、あれだよ、昨日リクたちにつきまと……懐いてた子供だろ。そんな話聞いたわ」
どうやら私のことが少し噂になっていたらしい。あのリクという男のパーティは最近名が売れてきているようだし、そんな者たちにギルドでは珍しい冒険者でもないただの子供がつきまとっていれば、そうもなるだろう。
そうとわかれば好都合だわ。彼らのことについて訊ねても訝しがられる可能性が下がる。
「そういえばそんな話誰かが言ってたな……お嬢ちゃん、リクたちのこと聞きてぇのか?」
「うん! リクお兄ちゃんたちからも聞いたけど、他の人からもお話聞きたい!」
男たちは面倒臭そうに頭をかいて顔を見合わせる。こういう反応がくることも織り込み済みだ。
私は意識して目から涙を滲ませて、不安げに両手を寄せて男たちを見上げた。
「だめ……?」
「う、おい、子供の相手とか苦手なんだよ、どうにかしろ……!」
「お、俺だってどうすればいいのかなんて知るかよ、話してやりゃいいじゃねぇか……!」
男たちが顔を寄せ合ってそんなことを言っている。子供の目の前で堂々とする話でもないと思うけれどそのあたりの機微は期待するだけ無駄ということだろう。別に気にしないし罪悪感を覚えてくれるのならこちらとしては好都合ですらあった。
しかし、もう少し押せばいけそうね。だったらここは、駄目押しかしら。
「お兄さんたち、すっごく体大きくて強そうだし、リクお兄ちゃんたちと同じくらい深いところまで潜ってるのかなって思ったから、聞いてみようって思ったの。ダンジョンって、深いほど危険なんでしょ……? だから、凄そうな冒険者さんならって思って……ご、ごめんなさい」
しおらしく見えるように、哀れなほど声を震わせて、涙を見せつけるように相手の顔を見つめる。相手の自尊心を擽るような言葉を発するたびに、その自慢なのだろう見せびらかすように出された腕や足の筋肉にちらりと視線を向けた。
素直な子供、実際にはそうではないけれど、少なくともそう見えている相手から強いだの凄そうな冒険者だのと言われて、喜ばない者は少ないだろう。現に目の前の男たちはあからさまにニヤニヤと笑って筋肉を誇示するようにポーズを決めてみせた。
「そ、そうか……? いやぁ、子供にもそう見えちまうか……!」
「まぁなぁ、俺たちもそれなりの冒険者だからよぉ……そう、お嬢ちゃんの言う通りあいつらと同じ階層、というかその先の階層だっていけちまうんだ、ぜ?」
むさくるしい。中級ダンジョン以降も潜り続ける冒険者は、自分の実力に自負がある人間が多いとは聞いたことがあるけれど、皆こんな感じなのだろうか。実際にそれだけの実力があるということは、潜っている階層が証明しているのでなんとも言えない。
けどまぁ、これで良い気分になって口が軽くなってくれたようね。心にもないことを囀ることができる口があってくれて助かったわ。日頃の慣れのおかげね。
「そうなの……!? すごいすごーい! じゃあじゃあ、お話聞かせてくれる!?」
先ほどまで浮かべていた涙を拭い引っ込めて、手を叩きながら跳びはねてみせる。それを見てしょうがないなと笑顔を浮かべた冒険者たちは私を近くのソファへと誘った。
周囲の職員や、他の冒険者たちもそんな私たちの姿を見て微笑ましげな顔をしている。お気楽な連中だこと。まぁ、ただ魔物と切った張ったしていればいい脳味噌まで筋肉な連中と、決められた接客と事務仕事をこなせばいいだけの平和な職員たちだものね、仕方ないか。
私にとっては、警戒なんてされないほうが都合がいいのだし、ありがたいことだわ。無邪気に喜んでいる振りをしながら、男たちについていってソファに座る。
それから男たちは彼らについて知っていることを教えてくれた。と言っても、ダンジョン内でたまたま見かけたことがあったり、ギルド内でそれなりに話す仲というだけらしい。
ただ、それでも貴重な話を聞くことができた。まずもっておかしいと感じたのはダンジョンを踏破する早さ。彼らは具体的な日数までは教えてくれなかったけれど、一ヶ月も経たないうちに初級ダンジョンの階層全てを踏破したという。
もともと急に頭角を現してきた冒険者だとは聞いていたけれど、本当に凄まじい。福者というのは皆こうなのだろうか。
「ふぇー……リクお兄ちゃんたちって凄いのね」
「凄いっつーか、キモイっつーか……本人にそれ言ったら否定できねぇって言ってたしな。あいつら本当やべぇんだよ。中級ダンジョンの一層は森になってるんだけどな、次の階層に繋がる階段までの木が全部切り倒されてるんだ、あいつらの手で」
「は……?」
思わず素で疑問の声が出てしまった。慌てて取り繕うように首を傾げる。
幸い彼らも話している間にヒートアップしているのか、こちらの様子は気にしていないようだった。そのまま仲間同士で声を荒くして話を続ける。
「そうそう、あれマジでなんなんだろうな。いや、こっちとしちゃあ、ありがたいんだけどよ。それにほら、二階層では飛んでたとかなんとか」
「あー、あれな。斧持ってるドワーフの嬢ちゃん、クロエだっけか? その子が飛んでるところを見たとかなんとか。そういうエンチャントウェポンか、風魔法でも使ってんのかね?」
いや、意味がわからない。クロエってあの女でしょ。本当にくそほど重たくてでっかい斧持ってた奴。あんな重い斧持ってどうやって飛ぶっていうのよ。福者は皆それくらいできるっていうのかしら。
いや、いやいや……大丈夫。いくら戦闘能力が高くても、油断しているところを首でも刺してやれば人は死ぬのよ。人間だろうがドワーフだろうが、変わらないわ。
冒険者の男たちの話を聞きながら、半ば自分に言い聞かせるようにそう考えていた。




