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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第三章 罪には罰と許しを与えること
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第三章14

 色々と悩んだが結局、あの四人組についてはもう少し当たり障りのない会話を続けてまずは顔見知りになることに決める。ただの子供を無下にできない人間は多く見てきて、彼らもその類だということはわかっている。

 あまり時間をかけ過ぎては評価が下がるし、悪ければ切り捨てられる。けど、だからと言って急ぎすぎて失敗しても意味がない。できる限りは慎重にしたほうがいい。


 考えすぎてもいいことはあまりない。行動を決めたのならさっさと寝てしまおう。お世辞にも広いとは言えないけれど、私だけしかいない部屋でベッドの上に寝転がる。

 やはり少し気が緩んでしまう。いつもなら同僚である者たちや、部屋の外を巡回している警備の人間の気配が嫌でも意識を尖らせていた。あちらでは寝床でも完全に気を休ませることができない分、一人というこの時間がどうにも自分を開放的な気分にしてしまう。


 数度寝返りをうってベッドの柔らかな感触と、こちらに意識を向けている存在がいないことを確かめる。一人ということで部屋は小さいけれど、寝具などはちゃんとしたものが置かれている部屋を用意されていた。

 隠密、演技を続けながらの情報収集、必要となれば標的の処理。どれも気を張る仕事だ。そのあたりを考慮して、夜の間はしっかりとした休息をとれるようにということだろう。


 ただ、これは別に優しさでもなんでもない。そのことはよく知っている。必要だから用意されているだけで、任務によっては部屋すら用意されずに自分で用意しなければならないこともあるからだ。効率を考えて道具を運用しているだけなのだろう。

 それでいい。だからこそ私も、ただ生きるためにこの仕事をこなすことに集中できる。利用されているのだから利用してやると割り切ることができるのだから。


 せっかくなのだからと柔らかな寝具に身を思いっきり沈めて、その感触を堪能する。溜息をもらすと完全に緊張の糸が切れて、自然と瞼は完全に閉じていった。

 安らかな微睡みの中で、夢を見ていた。最近は見るほど熟睡できていなかったのか、ただ忘れてしまっていたのか、とにかく私にとっては久々の夢だった。


 幼い頃の記憶。まだ何も知らなかった頃。森の中を走り回って、ただ子供らしく遊べていた頃の私。殆ど掠れて忘れてしまった普通の少女。

 そんな穢れを知らず、欺くことを知らず、人の悪意を知らなかった少女の時間は呆気なく終わりを告げた。両親に呼ばれ、素直についていき、売られてしまった哀れな少女。


 わけもわからず待機していた馬車に乗せられ、森を越え山を越え人間たちの国へと連れていかれた。それからは訓練の日々。子供と変わらぬ体格を活かせるように、諜報や盗み、暗殺の技術を毎日のように叩きこまれた。

 最初のうちは、窓から見える人間の子供たちを羨ましく思った。以前の自分のように無邪気に遊びまわる姿を見て、これが終われば私もあぁして遊べるのかと夢想した。


 そのうちに羨望は嫉妬へと変わり、恨みへと変わるのに時間はそう必要としなかった。何故亜人であるというだけで、こんな扱いを受けなければいけないのかと。

 当然、両親のことも恨んだ。けれど大人になるにつけ、仕方ないという諦観が心を占めていった。若しくは、訓練と仕事の毎日が怒りを抱き続けられないほどに心を乾かせてしまったのかもしれない。


 訓練。仕事。同僚が消える。消えないために自分が人を消す。そんな毎日の繰り返しで、まともな精神を保っていられるほうが異常なのだろう。なら、私はきっと正常なのよね。

 目を開く。いつの間にか起きていたようだ。いくら煩わしい気配がなく、普段よりも柔らかな寝具があろうとも、訓練により体に染み付いてしまった日が昇る前には目覚める習慣が、安穏と眠り続けることは許してくれないようだった。


 頬に冷たさを感じた。なんだろうと思い触れてみる。何故か水滴が伝っていた。思わず天井を見上げるが、雨漏りなどしていない。それに昨日は雨なんて降っていなかった。

 そこで漸く、これが自分の涙だということに気付いた。涙を流すなんて、どれくらいしていなかっただろうか。正確には思い出せない。


 そもそもどうして涙を流したのか、自分でもよくわからなかった。久々の一人きりという状態で気持ちが緩んでしまったからかしら。それで安眠できて、あんな夢を見てしまったせいかしら。それとも……。

 ちらりと、あの四人組の姿が脳裏を霞める。起き上がって浮かんだその姿を振り払うように頭を振った。感傷なんて必要ない。今更だ。全部、今更だから。

 寝るときも肌身離さず身につけている懐の凶器に手を添える。今までそれで行なってきた凶行が想起されて、急激に熱を持っていたはずの心が冷えていった。


 そうだ、何を思おうと、今更なのだから、私は生きるためにすべきことをするだけよ。

 心の中で宣言するようにそう考えて、かたく拳を握った。


 まだ日も昇っていないけれど、出かける準備を始める。休むことで固まった意思を緩めたくはなかったし、こんな時間からでもできることはある。

 準備を進めながら、ふと今日見ていた夢のことを思い出す。売られてしまったとき、両親のことを憎んだ。けれど今はもう仕方ないと思っている。


 それは、訓練と仕事を続けることで逃げられないことを悟り、変わらぬ最低な日々に心が乾いたからということもある。けれど、理解したからという理由もあった。

 私たちコロクルが、何故こんなことをしなければいけなくなったのか、その理由を。


 人間たちの国であるリアンに近い場所にある森。そこにつくられた集落に住んでいたコロクルたちは、数十年ほど前に人間と取引をしたらしい。してしまったらしい。

 人の手が全く入っておらず魔力の多いバルトリードには、多くの魔物が生息している。人間たちのように強大な国家や軍隊というものを持たない私たち亜人は、魔物を駆逐しその発生を抑える術もなく、隠れ里を作り細々と暮らすのが精一杯。


 武に優れた種族であってもどうにもできなかったというのだから、体格の小さな私たちコロクルがどうにかできるはずもない。魔物の少ない土地に小さな畑を作り、堀や壁を作って魔物に見つからないように静かに暮らす。それが私たちの集落だった。

 けれど、ある日魔物の群れに見つかり襲撃を受け、女子供を逃がすために迎撃に出た男たちの多くが死んでしまった。更に運が悪いことに、不作が続いた。狩りをして凌ごうにも男手が減ってしまっていてどうにもできない。


 このままでは餓えて皆死んでしまう。そこで苦肉の策として、人間たちの国に助けを求めようとしたのだ。以前は争った仲であるが、それも昔のこと。もしかしたら助けてくれるかもしれないという一縷の望みにかけて。それが、最悪の結果を齎すことも知らずに。

 生き残った男のうち、身を潜めることに長けた狩人が人間の国へ向かうことになった。小柄で身を隠すことは得意な種族であることもあり、一人であれば魔物に襲われることもなく人間の国に辿り着くことができた。


 そして出会ってしまった人間が、最悪だった。その男は亜人である狩人の話を親身に聞いたあと、自身は商人でありあなたたち集落のコロクル全員が餓えないだけの食料を提供できると話したという。

 やはり時間が人間と亜人の溝を埋めてくれたのだと、コロクルたちは安堵した。その商人の恐ろしさを気付くこともできずに。

 食料を提供し、集落が落ち着きを取り戻すと、商人は対価を要求した。当然助けられたのだからとコロクルたちは了承した。了承してしまったのだ。


 本当に、私たちの集落は、間違った選択を何度もしてしまった。生き残るためには仕方なかったのであろうけれど、そのツケは子供である私たちが払うことになったのだ。

 彼が要求したのはコロクルの子供であった。隠れ潜むことに長け、耳さえ隠せば成人しても人間の幼子にしか見えないその種族に、大きな価値を見出したのだ。


 集落の者たちも最初は反対した。子供を売ることなどできないと。しかし、そこはさすがに商人ということなのだろう。売らないのであれば食料の提供をなくし、その集落の情報を周囲に喧伝するなどと言って脅した。

 そしてその後で、子供たちを売ってくれるのであれば食料の対価として要求するものは最小限に留めるし、食料以外にも必要なものがあれば融通することを約束した。そしてこの関係を続けてくれる限り、それらは続けるとも。


 そして実際に、今もその取引は続いている。つまりはそういうことだ。あの男の商人として上手いところは、その約束を反故にしていないところだろう。

 生かさず殺さず、一定の者には優しく良い目をみさせてやる。そうすれば勝手に向こう側で派閥を作り敵と味方に別れてくれることを彼は知っていたのだ。


 他者との交流をしてこなかった、閉じられた世界で生きていた集落の者たちでは、どうすることもできなっただろう。だからもう、怒りはない。ただ、諦めていた。

 だから今日も、私は自分の仕事をこなす。

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