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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章9

 ゴブリン。伝承によっては精霊や妖精、悪意を持っていたりただの悪戯好きであったりと様々な形で伝えられている存在だ。

 この世界では魔物の一種であり、醜悪な見た目をした小人のような姿をしている。


 剣や棍棒、弓や魔法などを使う者もいて、初級のダンジョンで最初に出会う存在とはいえ、中々に手強いらしい。

 その手強さというのを、アリスのおかげで実感することはなかったが、話に聞く限り本当に危険な存在のようだ。背丈は子供並みだが、膂力は大人の男と同程度。しかも武装していて、低い位置から攻撃してくるものだから避けるにしても受けるにしてもそれなりに難しい。

 それが群れていて、更に弓や魔法まで追加されたら堪ったものではない。


 ギルドの受付の順番待ちをしているときに、等級の近い冒険者から聞いた話だ。

 ゴブリン相手で棄民にもなるのかと少し考えたこともあったが、なるほどと思った。それは、命を落とす人間も出てくるだろう。アリスがいなければ、俺もその命を落とした者たちの一人になっていたかもしれないだろうと思うほどだ。


 だが、実際のところは、少数のゴブリンの群れ程度ならアリスが近づいて剣を振るえば数秒のうちにその首全てが飛ぶ。

 俺との生活の間に信仰心に日々磨きがかかっているのか、動きのキレは増し、身を翻すたびに靡く長髪は金色の小川のようにすら見える。


 そんなアリスを伴い、初級ダンジョンの更に深層へと足を進めた。

 奥に見つけた階段を下り、ゴブリンとは違う魔物が出てくるとギルドで聞いた階層へ。二階層ではゴブリンに加えて中型犬程度の大きさの蟻、ジャイアントアントが出てくるという話だった。

 甲殻が硬く、剣や槍を使うなら目、関節などを狙う必要があり、酸まで吐いてくる。


 等級の低い冒険者たちにとっては恐ろしい魔物だと聞いた。

 そして何故これほど長々と魔物やアリスのことをつらつらと考えていたかと言えば


「ギルドで聞いた話では、恐ろしい相手ということでしたが、恐ろしいというよりも少し面倒ですね」


 そんなアリスからすれば、普通の冒険者にとっては恐ろしい魔物も少し面倒ですんでしまうという圧倒的現実が目の前に広がっているからだ。


 通路を進んでいたら、複数のジャイアントアントが群れをなして襲ってきたのだが、それを確認した瞬間に駆け出したアリスがまず先頭の個体に素早く突きを放った。目を潰され暴れだす個体に道を阻まれ、後続の集団が二の足を踏み、その進軍が滞る。

 道を塞いでいる先頭のジャイアントアントを踏みつけるようにしてアリスが跳躍し、そのまま後続の集団へと斬りかかった。舞うようにして振るわれる剣は間断なくジャイアントアントたちの関節を切り裂き無力化していった。

 そのまま暴れていた先頭の個体を、潰れた目に向かって更に深く剣を突き刺しとどめをさす。足を失い無力化されたジャイアントアントたちも同じように突くか、首を切り飛ばしていった。


 それがほんの少し前の出来事であり、ギルドで話を聞いて警戒していた俺の目の前に、ゴブリンより手強いとされているジャイアントアントたちの死骸がゴロゴロと転がっている理由だ。


「少し面倒ですむんだな」


「はい? えぇ、まぁ。甲殻は確かに硬いですけど、目や関節を狙えばすみますし。そこが面倒といえば面倒というくらいですね」


「言うのは簡単だけどな、それを実際にできるアリスは凄いよ」


「ありがとうございます、リク様のご加護がありますから」


 俺の言葉に嬉しそうに微笑んだアリスはジャイアントアントを斬ったときについたのだろう体液を剣を振るって落としながら、周囲の警戒を始める。それを見て俺も事切れたそれらの死骸の解体を始めた。ギルドで聞いた手順に従って甲殻を剥がしていく。

 剥がしおえた甲殻は、少し前に買った大きなバックパックへしまう。その中には此処までくる間に倒したゴブリンが持っていた剣なども入っている。今までは持ち運びの問題で放置していたが、勿論それらも売ることができるので、このバックパックを買ってからはある程度の余裕を残しつつ、持てるものは持ち帰るようにしているのだ。


 解体と運搬。もう慣れたものだ。何せ、こうしてダンジョンにもぐり始めてから、既に一週間が経っている。つまり、俺がこの世界にきてから一週間。日本に戻るような気配は皆無であり、こちらの世界で生きるため、信徒を増やす地盤を固めるためにアリスと一緒にダンジョンに潜る生活を続けていた。

 日本では事務仕事だった身からすれば、辛い毎日になると思っていた。しかし存外辛いとは思わない。それはやはり、アリスの存在が大きいだろう。強いからというだけではない。こちらを一心に慕い、好意を示してくれる彼女の言動が日々の癒しになっていた。


 今となっては彼女の信仰心も、しっかりと受け止められるようになってきたと思う。未だにあのじっとりとした視線には慣れないし、背筋にゾクッとくるときもあるが、それはさすがに仕方ないだろう。

 そんな風にこの世界に来てからのことを思い返しながら、倒したジャイアントアントの甲殻の回収を終わらせる。立ち上がり周囲の警戒をしてくれていたアリスを呼ぶと、周囲を警戒しながらも嬉しそうに駆けてくる。尻尾があれば左右に大きく振っているだろうその様子に相好を崩しながら、バックパックを背負い直した。


「二階層の様子見も出来たし、今日はこのあたりで帰ろうか」


「わかりました、今日もそのまま宿まで帰りますか?」


「いや、そろそろオーダーメイドの装備を頼みにいこう。予想以上に収入が増えたしな」


「あぁ、確かにそうですね。使わないので稼いだ分のお金も殆ど残っていますし」


 元から一度の戦闘にかかる時間は多くはなかった。ただ持ち運びできる量が少ないせいで、換金できるものを売ることができなかっただけだ。しかしこのバックパックがあればその問題もある程度は解決する。

 最初に持てるだけのものを持って帰ったときは、その収入にびっくりしたものだ。


 結構目立つが、以前のように絡まれたりすることはなかった。逃がした男たちがどうやら噂を流してくれたようで、下の階級でくすぶっているチンピラたちには警戒されて手を出されない状況になっているらしい。

 見逃して食料を渡した借りを返したつもりか、それとも同業に恩を売ったのか。その辺りは定かではないが、情けは人の為ならずという言葉を実感した。


 ダンジョンから帰還すると、今日も結構な量の魔石と魔物の素材などを受付で買い取ってもらう。職員さんはいつもの人で、俺たちの相手は最早慣れたものだ。特に驚くこともなくさっさと買い取り作業を終わらせて、報酬をカードへと入れてくれる。

 報酬を貰ったあとは、その足で以前装備を購入した店へと向かう。一度きただけだが、確りと道順を覚えていたおかげで迷うことなくたどり着けた。職員さんのわかりやすい説明のおかげだな、と感謝しつつ店の扉を潜り中へと入る。


 相変わらず、店は綺麗だが奥まったところにあるせいか、客の姿は見えない。店主の少女も以前きたときと同じように、暇そうにカウンターに座っている。俺たちが入ってきたのに気がつくと椅子から飛び降り、こちらへと歩いてくる。

 そんな前に来店したときと変わらない様子をジッと見つつ、俺は此処に向かってくるまで感じていた感覚が間違っていなかったことを確信した。どうやらこの子は何か困っているらしい。


 道すがらそのことに気がつき、アリスにも伝えていた。だからか以前と同じ様子に見える彼女に対して、少し首を傾げている。だが、俺の中の感覚は目の前の以前と変わらないように見える少女から、確かにある事実を感じとっている。


 彼女は、救いを求めていた。

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