最悪な修学旅行「反発精神」
他の生徒が全員旅館の外へ出かけている間。
俺達は具合を悪くしていたという手前で篭っていた、それぞれの部屋からそっと抜け出した。
といっても、友人の一人以外は皆俺と同じ部屋で寝泊まりしているわけなのだが。
俺を含めた五人と、外で偶然会ったまま現場に一緒に行った一人。計六人で旅館内を巡る。先生方は数人残っているが、昨夜忍び歩きで隠れながら現場まで辿り着いた俺達にとっては、居場所がある程度割れているだけあって問題にはならない。
「俺らもう、かくれんぼ最強じゃね?」
「泥棒みたいなスキルばっか磨かれるな」
「あんま大きい声出すなよ、バレるだろ」
「あ、そうだった。俺らは今寝てまーす」
「……」
「どーしたー、下土井ー?」
視線が吸い込まれるように、とある部屋へ向いてしまう。
昨夜隠れた、妙に心惹かれる刀剣のある部屋だ。
「いや、なんでもないよ」
答えて、止めた足を再び動かして皆についていく。
武器になるかもしれないし、一応覚えておこうとは思うが……使わないならそれに越したことはない。それにあれ、この旅館の美術品なんだろうし……化け物相手に使ったらどれだけ弁償させられるか分かったもんじゃない。
「あの刀がほしいわけ?」
「いや、なんとなく気になっただけでさ」
「無理無理、俺らの小遣いじゃ土産物屋の木刀が精々だって!」
「いやだから、買いたいわけではないし」
否定しながら歩む。
ものすごく心惹かれるのは確かな事実だが、その理由が俺は分からなかった。剣道はやっているものの、別に刀剣類が大好きでファンってわけでもないし、俺が知ってる刀なんてたまに聞く菊一文字とか妖刀村正くらいで特に興味が強く惹かれているわけでもない。
ただなんとなく、野球やサッカーはそんなに得意でなくて、身長が高いからバスケには誘われるが、それも飽きていて……それで剣道を始めただけだったのだから。
あと、剣道男子はモテるかも……なんて下心もあったりしたくらい。
現実? 俺に彼女がいない時点で分かるだろ。
「ここ、だよな」
友人の一人が言う。
昨夜のことも全員で見た夢か幻だったら一番良かったのだが、残念ながら記憶通りの場所にその渡り廊下はあった。
「お待ちしていましたよ。ここのことですよね?」
そして、そこで待っていたのは神内千夜。
約束通り、一緒にこの場所の地下を見てくれるということだろう。
一見すると女のようにも見える神内に、友人の一人が喉を鳴らした。あれが男じゃなくて、更に場所が町の駅とか公園だったら彼女のいない俺達にとっては理想のシチュエーションかもしれないが、現実は非情である。
「この、下です。あの、本当に行くんですか?」
「ここまで来ておいて、まさか引き返すのですか? 男の子でしょう?」
まるで嘲笑うような言い方に、俺はムッとして友人を庇う。
「俺達は、目の前で死ぬ人を見たんですよ? 普通の人間なら怖気付きます。信じてくれたのは嬉しいですけれどね、こっちは真剣なんです。面白半分に首を突っ込んでいるあなたとはわけが違う」
こんなことを言えばもしかしたら俺達に協力するのをやめてしまうかもしれないのに、淡々と俺は言いきった。
「くふふふふふ」
「なんだよ」
妙にイラつく笑い方だなと内心で呟きつつも、俺は口を閉じる。
いくら協力してくれているからといって、俺の仲間を嘲笑うなんてことは許さなかった。
「あちゃ、下土井またやってるよ」
「正義厨だよなあ」
「庇ってやってるのに随分と酷くないか……?」
「褒め言葉だよ褒め言葉!」
「そうそう、よくやるよなあ」
絶対褒めてないだろ!
友人とはいったい……。
「いえ、これは失礼しましたね。訂正しましょう。逃げるのならご勝手に。私もこれから死体を見るかもしれないのです。覚悟くらいはしておきますよ」
「言い方ってもんが……!」
「ま、まあまあ。いいじゃん。どっちにしろ俺らも怖いのは事実だし」
丁寧な言葉に見せかけてとんでもなくこちらを見下してくる神内千夜。
どうしても反発してしまう気持ちを抑えきれずに荒い言葉を吐き、仲間に窘められてしまう。
あー、ダメだな。これではまたキレやすい若者と言われてしまいかねない。
しかし、どうしてもこいつにだけはへりくだりたくない自分がいた。
普段教師になにか言われても、どうにか我慢できるようになったというのにこれじゃあ台無しだ。
「……」
「くふふ、そんなに怖い目で睨まないでください」
「ほ、ほら下土井。行くんだろ? 庇ってくれてありがとな」
「……ごめん」
「謝んなよ。気持ちは嬉しかったからさ」
「ああ、うん。はあ、俺のこの癖、なんとかならないかなあ」
「結構猪突猛進だよな」
半笑いでそう言ってくる友人に「それだよ、それ」と返す。
学生時代の俺はわりとやさぐれていたというか、嫌なことがあるとよく反発していた。
今では考えられない? ちょっと許容量が増えて言葉を考えるようになっただけであんまり変わってないぞ。あと、そういうところを見せてないだけだ。
……紅子さんにそんなみっともないところを見せられるわけないだろ。
と、まあこうして俺は、神内にかなり思うところがありつつも一応のところ信用して、一緒に地下室へと向かったのだった。