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最悪な修学旅行「契約」

「あの、あなたは?」


 俺の言葉に、そいつ――黒い三つ編みの人は「くふふ」と怪しく笑った。


 このとき、ようやく俺達はこの人物が男性であることを知ったのである。黒く長い髪を三つ編みにしているそこらのモデルも真っ青な美人が、まさか男だとは普通思わないだろう。だから、声を聞いてものすごい衝撃を受けたのだった。そして約数名がガッカリしていた。


「私は、この旅館のオーナー……と言えばいいでしょうか。ここの経営者のいわゆる上司ですね。旅行会社ではありますが、複数の旅館を持っていて、ここはそのうちの一つです。視察に来ていたのですが、なにやら物騒な話を小耳に挟んだので、その事実確認をと」


 旅館の管理をしている人の更に上司……という認識でいいのだろうか。

 まだ20代だろうに、若社長かなにかか? と俺達は顔を見合わせて考える。


 それから、藁にもすがる思いで〝その人〟に事の顛末を話したのだった。


「ふむ、なるほど……見えない化け物、ですか。俄かには信じがたい話ですが、興味深いですねぇ。それに口笛のような音、と。今は……聞こえないようですが」


 彼は「今は」と言ったあとに耳を澄ませていたようだが、結局なにも聞こえなかったようで、残念そうに首を振る。

 朝になってからは、あのしつこいくらいに聞こえてきていた口笛のような音は聞こえなくなっていたのだ。


 昨夜、シャッターを閉めて逃げてから、旅館の人や先生方に報告をして信じてもらえず、そして大人しく俺達は眠りに就くことしかできなかったわけだが……そんな状態で眠れるはずもなく、眠れたとしてもなにかに頭をかじられる悪夢を見る始末。

 当然のことながら俺達は寝不足で、しかし修学旅行の日程はこなさなければならなくて、辟易としながら朝食を食べていたところにこの男性が現れて俺達に問うてきたのである。


 前日も朝の時点では口笛の音なんて聞こえなかったし、その前の日だって気にならなかった。

 もしかしたら、夜にならないとあの口笛の音は聞こえてこないのかもしれないと結論づけて、俺達はその事実を彼に話してみることにした。


 今のところ、信じてくれている大人は彼だけだったからだ。

 ただ、今思うと直感を信じて話すべきではなかったとしか思えない。なにせ、この人物は今でも俺を苛むドM野郎だったわけだからな。


 まあ、その辺の恨み節は置いておいて……このときの俺達はこの人のことを信じきっていたんだ。仕方ない。昨夜見たことを誰にも信じてもらえなかったから、不安で縋りたくなってしまったんだ。


「なるほど、夜にしか……それなら、今は安全かもしれませんよね。私が許可を取りますから、その場所に行ってみましょうか」

「えっ」

「マジで言ってるんすか?」


 そりゃそうだろう。あんな恐怖体験をしたところに好き好んで行こうとするやつは誰もいない。

 しかし、事実確認のためにも行ってみないことには始まらないのだ。

 警察はなにも調べずに行方不明扱いで旅館周辺を捜索をしているだけ。

 俺達以外の生徒の間では、どちらも歓楽街に行って夜明かしでもしていたんだろうなんて噂がまことしやかに囁かれている。だからそのうち帰ってくるだろうと。


 実際にはどちらも死体になっているのに。

 ……いや、ただの血溜まりしか残っていないのに、が正しいか。


 昼間に行って無事に済む保証はどこにもない。

 しかし、確認しないといつまで経っても事件は解決しないままだ。


「……俺は、見にいくだけなら付き合います」

「お、おい下土井マジで言ってんの?」

「マジだよマジ。そうでもしないと怖いし。もし、昨日みたいにシャッターが開きっぱなしで、俺らが寝ている間にあの見えない化け物が出てきたらどうするんだ? 行って確かめないと」


 ほんのちょっとした正義感。それを胸に、黒い三つ編みの男と共に地下を確認しに行くことを決意したのだ。

 そして、俺の言葉を受けて少々調子に乗りやすく、そして流されやすい仲間達が「それなら」と頷いていく。皆、実に単純なやつらだった。


「俺らがヒーローになれるかな?」

「証拠がないと信じてもらえないんだし、現場を確認するくらいはしないとダメだよな。うん」

「そもそも俺達が見た集団悪夢だって可能性も残っているわけだし、確認はしないと」

「でも、もし万が一化け物がいたらどうするんだ?」

「見えないんだから口笛が聞こえない限りいるのかも分かんないな」

「でも、移動してるときにあの口笛っぽい音が鳴るなら、それが鳴ってない間は安全ってことじゃね?」

「お前天才かよ!」


 そんな風に盛り上がりつつ、俺達は乗り気になるのであった。

 実に単純な学生である。


「この旅館で不祥事が起きたとなれば私も困りますし、協力しますよ。それと、もし本当にそんな怪物がいるのなら、退治してくだされば報奨金も出しましょうか……勇敢な〝探索者〟へのご褒美ですよ」


 黒い三つ編みの男が言う。

 条件がついて一気に胡散臭くなったが、それでも男子高校生にとってお金の話は魅力的だった。皆それぞれバイトはしていたが、小遣いが増えるとなればやる気も増すというものである。

 たとえそこに命がかかっていたとしても、なんとなく皆まだ、ゲーム感覚だったのかもしれない。

 人の死を見て24時間も経っていないというのに、我ながら随分と図太い神経をしていたな。


 ただ、恐らく普段の俺達ならこんな話を受けようとは思わなかったはずだ。

 なぜだか、そいつに話を提案されていると、「受けなければ」という気持ちが緩やかに働いて、断るという選択肢が思考から除外されていたように思う。


 それこそがやつの狙いだと、ただの学生だった俺達には分からなかったのだ。


「君達はこの修学旅行が終わるまでに化け物を退治してください。そうすれば私から報奨金を出します。今から検証に向かいます。私から、君達は精神的な不安で休みが必要だと進言しておきましょう。そうすれば、自由に動けますよ」

「ありがとうございます」


 旅行は楽しみにしていたが、こうなってしまうと昼間に遊び回れるような気持ちではなくなってしまったし、日程を休めるのは願ったり叶ったりである。


「ああ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。私は、神内(じんない)千夜(せんや)。くふふ、契約成立ですよ。よろしくお願いしますね、小さな勇者達」


 そうして、神内は嘲笑(わら)って手を差し伸べ――俺達は、その裏側の思惑に気がつくことなく、手を取った。



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