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最悪な修学旅行「不可視の化け物」

「だんだん音が近くなってきた気がするな」


 廊下を歩きながら、友人が声に出す。

 確かに、ここまで来るともう耳を澄ませなくても口笛の音が聞こえるようになっていた。


「ここ、どこだ?」

「えーっと、旅館の裏のほう……だね。どちらかというと従業員とかが出入りしてるところじゃね?」

「ええ、でもそのわりには人がいないよな」


 その通り。いくら深夜と言えど、旅館で働く従業員の少しは夜勤でいるはずなのだ。なのに、裏側に近いこの場所で見回りの一人とも出会いやしない。

 先程、部屋に隠れて見送った黒い三つ編みの人物はスタッフの制服を着ていなかったし、旅館とは無関係。ただの客のはずだった。


 だからこそ、一度も見つかりそうにすらならない事実に不気味さを感じている。


「外に出るみたいだな……」

「いよいよ怪談っぽくなってきたなあ」

「それ以後、俺達の姿を見たものは誰もいなかった……」

「変なナレーションつけんな!」

「それ、俺らが死ぬ前提じゃんよ」

「いや、ごめん。なんかつい」


 友人達の雑談を後ろから眺めながら、俺は耳を澄ませてついていく。


「下土井ー、いざとなったら助けてくれよー?」

「え、なんで俺なんだよ」

「だってお前剣道部だろー?」

「いや、だからって強いわけでもないしな」

「そういや試合に出てるところは見たことないな」

「なに!? 俺達を騙したのか!?」

「別に騙してないし。実力不足で出てないだけだから」


 ふざける友人に合わせて受け答えをしながら、ナビゲートしている友人の指示に従い俺達はついに旅館の裏側から外に出た。

 外と言っても渡り廊下を渡った先であるため、旅館用に用意して履いている内履きのままで進むことができる。


 そして、俺達はついにそこを発見した。

 口笛の音だけが響く中、誰かがごくりと喉を鳴らす。


「地下への、階段……」

「おいおい、本格的になんかの陰謀にでも巻き込まれてるんじゃね?」

「見てはいけないものを見ちゃってる感じがあるな」


 心なしかおどろおどろしい集中線と一緒に「オオオオ」と階段を中心に文字が足されそうな雰囲気がある。一昔前の怪談漫画みたいな、そういうイメージだ。ここだけなんだか気温が低い気がするし、雰囲気に飲まれているのか、自然と鳥肌が立っている。


「この中から口笛の音が聞こえるな」

「なあ、本当に行くのか?」


 なにか予感めいたものを感じていたのかもしれない。

 肌をさすりながら俺は「引き返さないか」と口に出そうとして、結局口を閉じた。そのかわりに、疑問を投げかける。しかし、他の皆は思っていたよりも乗り気のようで、俺の言葉が聞き入れられることはなかった。


「ここまで来ていかないわけないだろー」

「そうそう、これも旅の思い出ってやつだよ」

「その思い出が血みどろにならなければいいねー」

「おい、物騒なこと言うなよ」


 口々に感想を述べて、階段を見下ろす。

 わざわざ渡り廊下の先にあった空間。そして、その屋根の下に意味深な階段。

 しかも階段の手前側、その上部にはシャッターのようなものがあるのが見える。しかし、それも今は空いているようだった。

 階段を降りる手前のところにスイッチのようなものがあり、それを友人が試しにいじってみればシャッターがガラガラと閉まっていくのが見えた。

 どうやらシャッターを閉めるための操作盤らしい。


 ――そういえば、さっき見た黒い三つ編みの人はこっち側から来たんだっけ? 


 そんな風に思ったが、ただの偶然だと考え直して首を振る。

 それから、止まりそうもない皆を追いかけて俺も階段を降りていく。


 そのたびに段々と体が冷えていくようで、恐ろしさに身震いした。

 階段の奥は更に暗い一本道が続いていて、漠然とどこにも隠れられる場所もなにもないなと思ったのを覚えている。


 いよいよ近くなった口笛の音。

 しかし、口笛の発生源はどこにも見当たらず、更に先なのかと友人達と顔を見合わせて一本道を進む。


 そして俺が最後尾を歩いていると、突然肩を叩かれた。


「うわぁ!?」


 思わず腰を抜かしてその場に倒れこむ。

 他の皆も驚いて声をあげたり、俺を残して慌てて走り出そうとしたり、色々な反応を見せていたけれど、数秒して誰かが「なんだ、先生か」と安心したように言った。


「なんだ、じゃなーい! お前達、消灯時間はとっくに過ぎている上になんでこんなところにいるんだ! 深夜なんだぞ!」


 安心したのも束の間。耳がキンとなるほどの怒鳴り声に「先生のほうがうるさいじゃん。深夜だよ?」なんて文句を言う友人の一人。


 どっと疲れたような気がして、俺は溜め息を吐く。

 腰を抜かして尻餅までついて情けないったらありはしない。

 皆にからかわれる前にとなんとか立ち上がり、説教をし始めた男性教師に頭を下げる。


 ここまでは良かった。

 そう、ここまでは。


「で、口笛が聞こえたからここまで来たんすけど」

「口笛ぇ?」


 先生が訝しげな顔をしながら俺達を通り過ぎて、一本道の先へ行く。


「ほら、行方不明の子がここにいるかもしれないじゃん」

「確かにこんなところは初めて知ったがなあ」


 そして、一本道の先。開けているだろうその場所。

 その小部屋に、先生が辿り着いたと思うと真っ青になってこちらを振り向いた。


 自然とついて行く形になった俺達は先生が「帰れよ」と制止する前にその光景を見てしまった。


 暗い、暗い小部屋の中。ぶわりと鼻につく濃い臭気が漂っている。

 それがなんだか分からなくて、思わず鼻をつまんだ。

 目はとっくに暗闇に慣れて来ていたが、それでもやはりその正体は掴めない。

 俺達は誰にも見つからないようにと明かりを点けずに練り歩いていたわけだが、もう見つかってしまっているしいいだろうと友人の一人がスマホの明かりを点けた。


 光が彷徨い、赤い斑点を照らし出す。

 そこには、赤色しかなかった。


 赤色の水溜まり。いや、赤黒い水溜りと言えばいいのだろうか。

 一瞬、理解を拒否して思考が曇る。


「血だ」


 誰かの呟きで、いやが応にもその正体を理解してしまって目を逸らす。


「おい、警察を――」


 先生が俺達に指示を出そうとして……その言葉を途中で切った。

 いや、その言葉は最後まで紡がれることなく、途切れたというほうが正しいだろう。


 ――口笛が、口笛の音がすぐそばで響いた。


「ヒッ」


 短い悲鳴が反響する。

 ……突然先生の首から上が消え失せて、力なくその場に首なし死体が崩れ落ちる。


 ゴリ、ゴリ、グシャリ。クチャクチャ……と、そんな音が口笛のような音と混じって聞こえてくる。

 口笛の音はその場をなにかが浮遊しているかのように近くなったり、遠くなったりしながら響いていた。まるで、先生の死体の上をなにかが円を描くように飛んでいるかのような……そんな音の仕方。


 理解できなかった。

 理解したくなかった。


 ヒュウと風を切る音がして、先生の死体がなにかに貪られるように少しずつなにもない空間に消えていくのを目撃して、そこでようやく思考停止していた俺達は我に返った。


「に、逃げろ! 逃げるんだ!」


 誰かが叫んだ。


「見えないなんかがいる!」

「おいおいまじでホラーじゃん! 嘘だろやめろよ!」

「大きな声を出すなよ! こっちに来られたらどうすんだ!」

「下土井なんとかしろぉ!」

「無理に決まってんだろ! 無茶振りすんな! 逃げろ、逃げて上に行くんだ!」


 グチャグチャと、汚らしく音を立てて咀嚼する音を背にして走り出す。

 段々と、絶えず響いていた口笛の音が遠ざかり……しかし、あと一歩で階段というところで再び音が近づいてくる。


「来てる来てる! 早く上に行け!」

「待って転びそう……! 押すなって!」

「早く上がれぇ!」

「せ、先生はどうすんだよ!」

「もう無理に決まってんだろ! とにかく上がって警察を呼ばないと……!」


 全員で階段を駆け上がり、背後に迫ってくる口笛の音に戦慄した。


「シャッターを下ろせぇ!」

「わ、分かった!」


 焦りながら指示をして、ガラガラとシャッターの落ちる音が響く。

 数秒おいて、ドオンとシャッターになにかがぶつかる音がした。


「な、なんなんだよ……」


 誰かの呟きに、泣きそうになりながら頷いた。

 こうして俺達は命からがら〝見えない化け物〟から逃れることができたのである。


 けれど、翌朝先生方に訴えても、旅館の人間に訴えても、信じてくれる人はいなかった。


「旅館の人から聞きましたよ。君達がナニカを見た……と。私に詳しいお話を聞かせていただけませんか?」


 ――そう、黒い三つ編みの男。ただ一人だけを除いて。

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