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最悪な修学旅行「床の間」

 結局、皆が寝静まった頃に俺達は布団を抜け出した。

 そして旅館内を練り歩き、耳を澄ませながら口笛の音を探していく。


 昼間は気づかなかったが、この旅館内は本当に微かな口笛の音が響き続けていたのだ。


 その音は歌のような綺麗なものではなく、例えるならば――風を切るような、息継ぎもなしに口笛を吹き続けるような、一番近い音として挙げられるのが口笛くらいしかない。そんな音である。


 耳を頼りに口笛の音を辿る者、旅館の地図を眺めながらナビゲートする者、そして誰かが来ないか見張る者に分かれてゆっくりと進んでいく。


「こっちだ」

「待って、誰か来る……一旦この部屋に隠れよう」


 クラスメイトの一人が言って、全員で空室になっている和室に入り込む。

 この旅館は、空室と客のいる部屋とでプレートの色が違う。恐らく、旅館側が把握するためのものだろうが、こうして練り歩いている俺達は自分達の客室とそうではない客室を何度も見ていて、その違いに気がついていたのだ。


 ひっそりと襖を閉めて、緊張した面持ちでクラスメイトが襖に耳を当てる。

 俺も例外なく息を潜めていたが、ふとそのとき、視界の端に映ったものに興味を惹かれてクラスメイト達から目を逸らす。


 ギッギッ、と木造の廊下を歩いていく音が近づいてくる。


「あ、おい」


 友人達の小さな声が聞こえてきて、俺は一人離れた場所から振り返った。

 そこでは、襖をほんの少しだけ開けて廊下を通る誰かを見ようとする一人の友人の姿。

 そして、ちょうど振り返った際にその襖の向こうを通過する人影を見た。


 長い――長い黒髪を三つ編みにして垂らした人物だった。

 スーツ姿だったがタイトスカートは履いておらず、一瞬だけ見えたその相貌はどんなモデルよりも美しく目を惹かれるようなものだった。

 女性だろうか、とそのときまで俺は信じて疑っていなかったように思う。


「あんな人いたっけ」

「いーや、見てないな」

「めちゃくちゃ美人だったんだけど!」

「いいなあ、あんな美人と付き合いたいわ」

「ヤりたいの間違いだろ」

「言うな」


 今思えばありえないことだが、声さえ聞かなければ本当に女性にしか見えなかったのだから、まあ男子高校生としては間違っていない反応だろう。


 今となってはありえないけどな。ありえないけどな! 

 アレをそういう目で見るとか鳥肌もんだし想像するだけで吐きそうに……。


 閑話休題。


 とりあえず、このとき俺は美人……だと思っていたやつに気を取られたが、それよりももっと重要なものを見つけて移動していたんだ。


「下土井ー、なにしてんだ?」

「あ、ああ。ほら、この床の間に……」


 そこにあったのは、刀だ。

 よく見ればその部屋は客室と似通っているようで、違った。

 恐らく一般には解放していないタイプの場所だったんだろうな。


 真っ赤な下地に白と黄色のド派手な拵えの、ともすれば玩具なんじゃないかと思うほどのポップな見た目の刀剣が、その床の間に飾られていた。

 俺は妙に心が惹かれてしまって、そのまま床の間の刀掛けからその拵えを手に取った。普段なら旅館の備品なんだから素手で触ったらいけないとか、むしろ触っちゃダメだろとか、そういうことも気にするんだが、このときは不思議とそんな気持ちは湧いてこずに持ち上げていた。


「おー、すげぇ。それ本物?」

「えっと……」


 クラスメイトの言葉に反応して、鞘から刀を抜く。

 目の覚めるような銀色の刀身。光に透かしてキラリと輝くその刃に見惚れていた。

 すっと指を這わせてみれば、ほんの少しだけ指を切ってしまい眉を顰める。

 切れないように気をつけていたのにもかかわらず傷を作ってしまったので、それほど鋭く、薄い刃だったということだろう。

 切れたところもそれほど痛みがなく、本当に切れ味の鋭いもので切ってしまったのだと知って衝撃を受けた。


 ……それと、美術品を血で汚してしまったことにも気がついて。


「本物……どうしよう、汚しちゃったんだけど」

「はあー、すごいな。やっぱなんか、刃物ってわくわくするなあ」

「これ、拭いたら大丈夫か……?」

「んー、それでいいんじゃね?」


 本来はダメだ。

 今はもうそんなことは分かっている。

 しかしこのときの俺達に刀剣の手入れの仕方なんて分かるはずもなく、結局ハンカチで血を拭って鞘に戻し、そのまま元の場所に置くことにした。


「んじゃ、口笛を辿る旅再開だな」

「ああ」


 耳を澄ませて、その上でナビゲートしてくれる友人についていく……。

 これが、本当に本当の、俺とまだ刀身が赤くなかった赤竜刀との出会いだった。


「なあ……そういえばさ」


 廊下を歩いている際に、隣の友人が言葉を漏らす。


「ん? どうした」

「いや……ちょっとした疑問なんだけど……」


 友人の顔色は、心なしか青い。

 てっきり俺は、この行方不明事件を不安がっているものだと考えていたが、それは違った。


「あのさ、襖しかなかったから鍵がないのはまだ分かるんだけどさあ、なんであの部屋……明かりがついてたんだろうな?」


 立ち止まって、振り返る。

 誰もいないはずなのに明かりだけがついていた部屋。


 その事実に、俺は心底ゾッとした。


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