鏡界の夜刀神社
まあ、そんなこんなで全員が縁側に集まることとなったのだった。
真白さんや破月さんの他にも、白い着物を着た幼い女の子と、頭からふわふわの垂れ耳を生やした、こちらも幼い女の子が忙しなく動いてお茶とお茶菓子を用意してくれていた。
耳を生やした子は、様子からするとウサギっぽい気がするな。ウサギの怪異か?
「ねえ、真宵。今まではどこを巡っていたのかしら?」
「幻想アパートからルルフィードさんのスイーツパーラー、それからペチュニアさんの自宅ですわね。どこも歓迎してくださるものですから、太ってしまいますわ」
困ったように笑う真宵さん。
そういえば、彼女もずっと黙々と出されたお菓子を食べてたからなあ。しかし、嬉々として食べていた気もするけれど。
「なら、あんたには出さなくていいようね。二人とも、下げちゃって」
その言葉を聞いてウサギの女の子がさっと煎餅を下げ、もう一人の女の子が困ったように真宵さんと真白さんを見比べた。
真宵さんは下げられた煎餅を名残惜しそうに見つめながら声を上げる。
「わたくしは祭神ですのよ!? 巫女としてそれは酷いと思わないの真白ちゃん!」
「祭神様は人のおやつを盗んだりしないわ」
「ウサギの証言だけでしょう! 証拠はありませんわ!」
「あんたよりよほど信用できるって言ったじゃない。いいわ、証拠を並べてあげましょう」
瞳を猛禽類のように細めて真白さんが指を立てる。
腰に手を当てて話すその姿はさながら探偵のようだった。
「まず、私のかっぷけえきに破月が手を出すのはありえないわ。私が楽しみにしていることを知っていたし、手を出したらとんでもないことになるのは分かっているもの。そして、かっぷけえきは棚の高いところにこっそり入れておいたのだから、背の低い優梅と遊幸が手を出すこともできないの。あゆるは早朝からお店に出ているし、その頃にはまだあったのを私が確認しているわ……状況証拠からしてあんたしかいないのよ」
だいぶ無理矢理感があるが、確かに状況だけ見るなら真宵さんが怪しいのだろう。
「うう、酷いですわ。よってたかってそんな視線を……」
「お前はそこまでダメージを受けていないだろうに。少しは神様らしくしたらどうなのだ」
「あら、姑イジメかしらあ」
「当たり前のことを申しているだけぞ。年甲斐もないぞ、夜太刀殿」
あ、怒ってる。これ明らかに真宵さん怒ってるぞ。
俺達二人はそんなやりとりを眺めながらお茶を啜る。触らぬ神に祟りなしだ。
「はあ、まあいいわ。ごめんなさいね、うるさくて」
「あー、いえ、仲がいいんだなって」
真宵さんと破月さんからの視線を感じる……仲は良くないって言いたいのか。いや、仲いいだろ絶対。
「あーっと、それより、アタシはそっちの子達が気になるかな。怪異だよね?」
誤魔化すように紅子さんが話題を変える。
そう、着物の女の子とウサギ耳の女の子の自己紹介がまだなのだ。
俺も気になっていたから、二人に目を向ける。
「わたしは玉章遊幸なのです。座敷童をやらせていただいております」
まずは、真白さんと似た白い着物を着た女の子がお辞儀をした。なるほど、幼い見た目だと思ったら座敷童だったのか。なんとなく真面目で素直そうな子供、という印象が強いな。
「うちは優梅という。犰狳という怪異なのじゃよ。ああもちろん、迷惑にはならんようにしておる」
そして、次いでウサギ耳の女の子。
聞いたこともない怪異の名前だな。それに、名前の発音からするに中国のほうの怪異だろうか……?
「あの、犰狳って?」
「アタシも分かんないねぇ」
さすがの紅子さんも知らないらしい。
優梅さんはハッとした顔をして「うちは有名じゃないからのう」と落ち込んだ。なんかごめん。
真白さんはそんな優梅さんの頭をポンと撫でると、説明を始める。
わしわしと撫で回されて、優梅さんはくすぐったそうに笑った。
「犰狳は鳥のクチバシにハイタカの目と蛇の尻尾を持ったウサギの怪異よ。こいつが現れるとイナゴの大群までやってきて、穀物の生産に大損害を与えたと言うわ。ま、真相は大したことなかったんだけれど」
「真相ってなにかな?」
紅子さんの問いに、これも真白さんが答える。
「因幡の白兎と一緒よ。イナゴは数が多くても自分達ウサギには勝てないだろうって煽って追いかけ回されて、行く先々で迷惑をかけていたってわけ」
「全てのイナゴを真白の結界に閉じ込め、我が雷を落として退治たのが遥かに昔のことのように感じるなあ」
「実際、かなり昔よ」
確か真白さんには娘がいて、そして更にその娘さんもいるんだったか。
二世代重ねているということは、かなり昔の話だ。
「あともう一人いるけれど……今はお店を開いているはずだから、またあとで真宵に案内してもらってくださいね」
「任せてくださいな」
「ええ、任せます」
そちらも楽しみにしておこう。
「それで、あの……アタシ達をここに連れてきたのは、話を聞かせるため……だよね? そっちのほうは」
紅子さんが遠慮がちに声をかける。
そうだった。人と竜の恋物語……俺達の参考になるだろうと真宵さんが連れてきてくれたんだったよな。
自然と居住まいを正して彼女達に向き合う。
真白さんがどこからか持ってきた蜜柑を剥いて、破月さんの口に中身を丸ごと押し付けている光景がそこにあった。
「……」
「あ、ごめんなさいね」
俺達の生温かい視線に気がついたのか、ハッと顔をあげた真白さんが恥ずかしそうにパタパタと手を振る。
「もっと食べさせておくれ、真白」
「自分でやって。小鳥の雛じゃないんだから」
今更照れてしまったのか、迫る破月さんの顔をグイグイと押し返しながら真白さんが嫌そうな表情を浮かべる。
この光景を見るだけでもうお腹いっぱいなんだが……もしかして、いつも俺達を見ている皆はこんな気持ちになっているんだろうか……?
「はあ、まあ掻い摘んで話すだけでいいかしら」
そうして、真白さんは破月さんをたしなめながら話し始めるのだった。