誘掖の水晶柱
「次はハーブ店に行きますわ」
真宵さんの言葉に頷いてついて歩く。
前を歩く真宵さんは、背筋を伸ばして歩き方も隅々まで美しい。大人の色気と淑女としての振る舞いがマッチしているせいか、本当に見惚れるほどの美女だ。
思わず視線で追う。
シャラシャラと動くレースが白い足と藍色のヒールを際立たせている。
藍色の肩出しドレスに、桜色のつば広帽子。それにちょこんと乗った赤い椿の花とそこから伸びる白いリボンが、どことなく鶴を連想させた。
しかし、帽子の下にチラリと覗く大きな二本の巻き角が、彼女の美しさを〝人外の妖艶さ〟に近づけていて、ほんの少しだけ異様な雰囲気を漂わせている。
「……」
くい、と襟元を引かれて横を見る。一番間近にいるリンと目が合ったあと、並んで歩く彼女と一瞬だけ目が合った。
さっと逸らされた顔に、少しだけ口元が緩む。
確かに真宵さんは美女だけど、俺にとって一番は紅子さんだよ。分かってるくせに。
「それで、ハーブ店っていうのは?」
「亡霊の魔女、Petunia・Crooksが開いている薬屋さんのようなものですわね。彼女はハーブや薬草に精通していますから、好意で薬を調合して振舞っているようです」
ペティさんのお店か。初対面のときに人を癒すほうが得意って言っていたし、彼女の口調と第一印象からは感じられない知的な一面である。俺も彼女の魔法薬にはお世話になったが、お店まであったんだな。
「……と言っても、求められる薬はほとんどが酔い覚ましや胃薬、それから眠気覚ましくらいですわ。アヤカシなんて、そんなものです」
「は、はあ」
乾いた笑いしか出てこなかった。
酔いどれがそれだけ多いってことか?
調薬した魔法薬を俺に渡してくれるとき妙にテンションが高かったのは、もしかして普段あんまり本格的な薬を作れないからだろうか。
「この中ですわ」
道に打ちつけられた看板をいくつか通り過ぎた頃、真宵さんが立ち止まった。
そこには道の真ん中に生えた巨大な水晶柱が立っている。人の大きさほどのその大きな水晶柱はほのかに光を帯びていて、ふんわりとした優しい光はオーロラのようにときおり変化していく。
覗き込んでみると、まるで水晶の中に風景が溶け込んでいるようにどこかの景色が映し出されている。
その景色は水晶柱の光の色が変わるたびに変化していくようだった。
「これは誘掖の水晶柱ですの。わたくしの鏡界移動と同じく、この中に見える景色のところへ、素早く移動するための魔法がかけられたものなのです」
「魔法……」
紅子さんが目を丸くして水晶を覗き込んでいる。
見た目も綺麗だし、興味津々みたいだな。女の子はやっぱり、魔法というものに憧れがあるのかもしれない。指で触れたらどこかに飛ばされてしまいそうだし、彼女は触れずに四方から水晶を眺めて楽しんでいる。
無邪気なその姿にほっこりしつつ、俺は真宵さんに尋ねた。
「もしかしてペティさんが?」
「いいえ、彼女の専門は別の魔法ですもの。これはアルフォードの知己によるものです。なんだったかしら……確か海のような名前だったわね」
……もしやそれって魔術師マーリンだったりするのでは?
そういえば赤い竜とマーリンは関わりがあるのだったか。アルフォードさんについて前に調べたとき、少しだけ出てきていた記述があった気がするぞ。
そんな有名な魔術師がこれを作ったって言うのか……俺は恐る恐る水晶を覗き込んだ。相変わらず一定の時間を置いて信号のように見える景色と、纏う色が変化していく。美しい魔法だ。
俺でも知ってるくらいの人だ。ちょっと会ってみたい気もするが、今はペティさんの店に行く途中だしお願いするのはやめておこう。同盟所属ならそのうち会えるだろうし。
「存分に眺められたかしら? それでは行きましょうか。金色の光、水晶が多く点在する森が映し出されたときにこの水晶に触れてください。そうすれば移動できますわ」
この水晶はテレポーターなのか、それとも真宵さんの鏡界移動のように人には見えない隙間の道を行っているだけなのか……非常に好奇心が擽られる。これは今度透さんに話さないとな。あの人もこちら側の世界を全部見て回っているわけじゃないだろうし、喜ぶぞ。
「お兄さん、行こう」
「うん」
「はぐれないように手を繋いでおくといいですわよ」
真宵さんに言われて紅子さんと視線が交差する。
そしてすぐに視線を逸らした彼女が遠慮がちに手を差し出してきたので、俺は遠慮なく指を絡めて恋人繋ぎを実行した。
少しだけ引き抜かれそうになったが、やがて彼女も諦めたのか俯いて「遠慮がなくなったよね、キミ」とか細い声で言ってくる。
付き合っていない手前、そうでもしないと彼女はするすると逃げ続けると分かっているから、どうしても俺が積極的にならざるを得ないのである。少しは許してくれ。
「あらあら……それじゃあ行きましょうか」
トン、と背中を押されて金色に輝く水晶に触れる。
次の瞬間、俺達は薄暗い森の目の前に立っていた。
木々の隙間に、洞窟で見られるような鍾乳石のようなものが垂れ下がり、いたるところに水晶が存在している。そのどれもがほのかに光っていて、薄暗い森の中を点々と誘蛾灯のように照らし出していた。
「あの鍾乳石のようなものは、この森に充満する魔力を木々が吸い込み、その魔力を水に変化させて排出することで少しずつ溜まり、できたものですの。本当の鍾乳石よりは短い時間でできるものですけれど、原理は似たようなものですわ。水晶は単純に渦巻く魔力が重く、大きくなったときに生まれるものです。怪異の分け身と少し似ていますわね」
紅子さんを見て言われた言葉に、反射的に皮肉かなにかかと文句を言いそうになったが、真宵さんの表情を見る限りそうだと意図して言ったものではなさそうだった。
紅子さんも、複雑そうな顔はしているが、なにも言わない。
「綺麗だねぇ」
「そうでしょう? この森の奥にペチュニアは住んでおりますのよ。この鍾乳石のようなもの……魔石や水晶が薬の材料になるのだとか」
「へえ」
これまた紅子さんは興味津々に森を眺めている。
ぼんやりと道を照らしだす水晶の明かりが幻想的で、まさに別の世界のように見えてくる。こんなところが、現実の裏側。鏡の世界……か。
「本当に、綺麗だな」
「かつてはこの世界にあったものですわ。貴方達の現実では、今は見えないだけですの。ここは鏡の中ですもの。表にないものは映しだせませんわ」
「そっか……」
この幻想的な光景が、俺達の世界にもあるというのか。そうか。
そうして、俺達はペティさんのお店を目指して幻想的な森の中へと足を踏み出すのであった。