コレクター
「コレクター……」
そのままズバリな名前だな。
しかし、同盟にも敵対しているものがあって、それがしかも人間とは……共存を図っている皆にとってはかなり心苦しい問題になっていそうだ。
「そう、それに同盟の理念に反発する子もいますし、そもそも同盟はわたくし達創設者が弱い者を守るために作り上げた組織なのです。人間に頼って生きることを良しとしない強い怪異や幻獣は単純に同盟に所属していませんし、わたくし達を『弱虫』であると評するのですよ」
真宵さんは憂いを込めて瞳を潤ませる。
「そ、俺もボロボロになってたところをアル殿に拾われた口だからな」
「ワタシもアルフォード様に拾っていただいた一匹ですのよ」
続けて刹那さんとルルフィードさんが言った。
なるほど、俺はずっと同盟が人外全体に浸透している組織だと思っていたが、それもほんの一部で本当はもっと多くの人でないものが日常のちょっとしたところに潜んでいたり、悪意を持って人間を襲っていたりするわけだ。
「てことは、同盟は民間自治組織……みたいなものってことなんですか?」
「ええ、そうよ。寄せ集めの自治組織。幅は効かせていますが、わたくし達が絶対正義というわけではありませんわ。あくまで勝手に行なっていることですから、もちろん方々から恨みを買いますし……貴方達も気をつけておいたほうがいいわ。女の子の幽霊をコレクションする好事家もいるでしょうし」
真宵さんの言葉にゾッとした。
そして自然ととなりにいる紅子さんを引き寄せる。
「俺が絶対に守ってみせますよ」
彼女は驚いたようにしていたが、大人しく俺の肩に寄りかかって「精々気をつけるけれど、そのときは守られてあげようかな」と答えた。
「あらあら、特異な能力を持つ〝人間〟を蒐集しているコレクターもいますのよ? それに、ほんの少し前には子供を集めて人工的な〝怪異〟を作ろうとしていた物好きもいたって話ですし……貴方も気をつけたほうがいいのは変わりませんわ」
「……アタシだって、お兄さんを守ることはできるよ」
今度は紅子さんがはりきって答えた。ちょっと気恥ずかしいな……しかし、人工的な怪異。そんなもの作れるのか?
「その、人工的な怪異ってのは」
「過酷な環境に人間を閉じ込め、追い詰めることで心の爆発による突然変異を狙っていたのでしょう。たまになにかが突き抜けると生きたまま怪異になってしまう人間もいますから、それを目指していたのでしょう……ああ、もう心配はいりませんわ」
俺が不安気な顔をしていたからだろうか、真宵さんは口元を袖で隠して優雅に笑う。
「当時、事件の担当をしていた鵺が研究所を潰したので、あとは残党を追うだけですの。被害者達もある程度は捕捉しているようですし、要監視状態ですわね」
「そうか、そっちに関してはもう大丈夫なんだな」
「ええ、しかし残党がなにかやらないとも限りませんし、気をつけるに越したことはありませんわ。それに……わたくしの大事な大事な巫女の娘が行方不明になっておりますの。そういう意味でも、要注意ですわ」
一瞬、彼女の瞳が蛇のように変化してぞくりと背筋を悪寒が走り抜けていった。これはかなり怒っているな。キレていると言い換えてもいい。
このヒトは神様だ。その巫女はとても大切な人間だろう。もしかしたら娘のように思っているかもしれない。更にその娘とあれば真宵さんにとっては孫のようなものか。そんな存在が行方不明になっているわけだから、そりゃあ、キレるのも当たり前だよな。
「行方不明になっている人の名前はなにかな?」
「なぜそれを?」
「……ほら、もしどこかで見かけたときに名前も知らなくちゃ認識できないからね」
紅子さんは気圧されるように息を詰めたが、そのまま真宵さんに話を続けた。あの視線を受けて冷静に返せるその胆力はすごい。俺なんて唇が震えてきていたのに。
刹那さんはそっと席を離しているし、ルルフィードさんにいたっては笑顔のまま固まっているくらいだ。
こういうときに紅子さんは頼り甲斐がある……って、俺がそんなこと思ってちゃダメだろ! そんな葛藤をしつつ、真宵さんの言葉を待った。
「ツバメ……というのよ。灰鳩ツバメ。その娘のほうは見つかっているのだけれど、母親のツバメちゃんは見つかっていないのですわ」
「ふうん……うん、さすがに知らない名前だねぇ」
俺も知らない名前だ。というか、俺より顔の広い紅子さんが知らないんじゃ、俺が知るわけもない。しかし記憶はしたので、どこかでその名前が出ればピンとくるだろう。
「これもコレクターってやつの仕業なんですか?」
「暫定的に考えればそうなる……というただの推測ですわね」
「ああ、確かその人の娘はさっき言ってた潰された研究施設にいたって話だからなぁ。コレクター関連だとは思うぜ」
「ワタシの里を襲った方々とはまた別のコレクターですわ」
それを聞いてふと疑問に思った。
こうやって聴いていると一個人を指す言葉ではないみたいだ。
「あの、コレクターって種類があるんですか?」
それに答えたのは、すっかりとなくなってしまったお茶を注ぎ直すルルフィードさんである。
「コレクターというのは、俗称であって、個人を表すものではないそうなのです。なにかを蒐集する者がこのコレクターを名乗っているというだけで、連携を取っているわけでもありませんわ。個人プレイによる集団……と言ったところでしょうか」
「あー、あれだ。たとえば同じ職業でも全部が全部同じグループじゃねえだろ? 俺だって新聞記者だが、人間の記者とは違うし属する会社も違う……つっても俺はアル殿に雇われているだけのフリーライターなんだが」
なるほど、随分と分かりやすい喩えかただった。
「人工的な怪異を作ろうとしていたコレクターは芸術家と名乗っていましたの。けれど、グリフォンの里を襲ったのは幻獣狩りですわね。それぞれ趣味趣向が異なりますわ」
話を聴きながら、漠然と怖いなと思った。
変な感想だが、最初は正直遠いところの話だと思っていたが、こうして身近に被害者がいるとなると話は違ってくる。
なにより紅子さんにも危険が及ぶかもしれないと思うと怖くなってきてしまう。
「話をしてくれてありがとう、真宵さん」
「いいのです。アルフォードは見せず、聞かせず周りから守ってやればいいと思っているようでしたけれど、そうして掻い潜られたらどうすると言うのかしら……? そうしてツバメちゃんがいなくなってしまったというのに、だからわたくしはあのトカゲが嫌いなのですよ。日和見主義の真っ赤なトカゲが」
乾いた笑いしか出てこなかった。
止めていた手を動かして甘いパイ生地を頬張る。不思議と甘さを知覚する前に飲み込んでしまう。あんな話を聞いたあとだから、美味しく食べられなくなってしまったみたいだ。もったいない。
今度またスイーツパーラーにやってきて、しっかり客として味わうことを誓った。もちろん、紅子さんと一緒に。
「ごちそうさまでした」
すっかりと中身のなくなったカップを置いてルルフィードさんに言う。
「お粗末さまですわ。またいらしてくださいな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
真宵さんも立ち上がる。
「お茶会には無粋な話題でしたわね。ごめんなさい。次の場所へ行きましょうか」
「いえ、大事な話でしたし」
「聞けてよかったよ」
俺と紅子さんの返事を聞いて、真宵さんは弱ったように笑う。今度は胡散臭くない、恐らくは素の笑顔だった。