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鏡界の萬屋

「はい、紅茶でいい?」

「抹茶はないのですか」

「お砂糖とミルクはいる?」

「無視しないでくださいます?」


 気まずい。

 圧倒的に気まずい。

 なんでこの二人、こんなに仲が悪いんだ。


「……ミルクティーにしてくれると嬉しいかな」

「あ、じゃあ俺もそれで」


 アンティーク店らしくお洒落で温かい雰囲気の場所だというのに、極寒の風が吹いている錯覚に襲われるくらいだ。

 隣に座っている紅子さんから控えめに裾を引かれ、距離が縮まる。左隣にいる彼女の分だけ、極寒の雰囲気が暖かく緩和されているようだった。さながら雪山で遭難して身を寄せ合うような……いや、これ甘い雰囲気もなにもないな? 


 彼女は幽霊だからか、格上同士の争いを俺よりも敏感に、肌で感じ取ってしまうらしい。だから俺を頼ってきてくれているのだ。

 そういう変化には敏感なんだろう。敏感……いやいやいや。煩悩を追い払って首を振る。


「おにーさん、ちょっと」

「え?」


 紅子さんが上目で俺を見つめてくるので、思わず顔を向ける。目の前で繰り広げられる神様同士の皮肉り合いよりも、よほど彼女のほうが大切だからだ。現実逃避とも言う。


「なあに、鼻の下伸ばしてるの」

「……」


 つい、と彼女の人差し指が俺の鼻の下に寄せられる。

 いや、その、そんなことされるとますます煩悩が押し寄せて来るんだが……紅子さんは分かっていてこんなことをしているのか? 俺の気持ちを小悪魔のように煽ってきているようにしか思えないのだが。


「あ、ほらまた」


 助けてアルフォードさん、真宵さん! 


「あらあら、赤いトカゲさん。ストレートティーをお願いするわね」

「コーヒーもあるよ?」

「わたくしはストレートティーがいいの。貴方が珈琲(コーヒー)を飲めばいいでしょう」


 一瞬俺達の行いで緩和されかかった喧嘩が続行される。なんなんだよこの神様達。


「それで、えっと萬屋の説明をしてくれるんじゃ?」

「ああそうだったね! ごめんね、二人とも! クレーマーにかかりきりになって本来のお客様を持て成さないなんて最悪な店主だよね! よし、この話はここまでにしよう」

「そうですわね。トカゲとの問答なんて戯言以外の何物でもありませんもの。もっと有意義なお話をいたしましょう」


 ……胃が痛い。紅子さん、癒しをくれ。

 そんな目線を彼女に送ってみると、俺の手と自分の手を目線で見比べて、視線を逸らしたまま手を絡めてきた。いわゆる恋人繋ぎというやつである。

 ちょっと恥ずかしそうにしていて、決して俺と目線を合わせようとせずに手だけを伸ばしてきてくれているんだ。しかも無言で。

 そんな仕草のひとつひとつに、彼女の羞恥と甘えたい気持ちへの葛藤が現れている。

 これが……俗に言う「尊い」ってやつか……? 


「順調なようでなによりだねー」

「ええ、本当に」


 なんでこういうときだけ息ぴったりなんだよ!? 


「話を戻してくれ……!」

「あ、そうそう。この店のことだよねー。ここは外見も内装も見ての通り、アンティーク店とかそういう雰囲気に近いよね」


 鏡界の萬屋。そこは連理の道の中途に存在している全ての中間地点。鏡界のどこに行くのでもこの店の前を通過していく必要があるらしい。幻想アパートもそうだが、鏡界内で最も神妖が訪れる場所となっているそうだ。

 そのわりには閑古鳥が鳴いているようにしか見えないが。


「そこはほら、みんな夜に来るからねー。朝のうちに来るのは紅子ちゃんみたいな元人間とか、令一ちゃんみたいな人間とか、あとは迷い込んできた人間とかくらいだからさ」

「なるほど、ほぼ人間」


 そしてこの萬屋にはどうやら、迷いを抱えている人間を誘い込む性質もあるのだとか。例えば特別な才能が開花してしまい、周囲に相談することもできずに力の制御に困っている人だったり、怪異の被害に悩まされている人だったり、その内訳は様々なんだとか。


「あと特徴と言えば、見るヒトによって言語とか外装がちょっと変化して見えてるってことかなあ」


 ああ、前にそう言っていた気がする。

 本来、アルフォードさんはウェールズの守護竜なんだし……本体も本国にいるとかなんとか。萬屋も本当はそっちにあるんだろうが、こうして他者が訪れる際はその客に対応した言語や外装に見えるらしい。俺達は日本人だから、こうしてファンタジーに出てくるような洋風のアンティーク店に見えているんだろう。


「前にも売った無香水とか、しらべちゃん協力の心の声が聞こえるようになるイヤリングとか、天邪鬼用に作ったリップとか……まあいろいろあるよ」


「無香水」はかけた対象の匂いをなくすことができるメリットがある反面、使い続けていないと時間経過分の臭いが一気に襲ってくるデメリットもある。これはもう学んだ。

「心のイヤリング」はたまにアルフォードさんがつけてるな。どうやってそんな能力を付与しているのかは分からないが、多分すごいものだろう。


 それから説明があったものを椅子から眺めながら考える。


「真心リップ」。天邪鬼な性根の者の為に作られたものだそうで、これをつけると本音しか言えなくなるという代物らしい。可愛らしく色付きリップもあってバリエーションが富んでいる。こっそり紅子さんに贈ってみたい悪戯心が湧き上がるが、いつか道具を使わずに本音を聞かせて欲しいのでそれはしない。


 それから単純に「壊れないティーカップ」。これは今俺達が飲んでいる紅茶にも使われているみたいだ。どうやら淹れたお茶の品質をほんの少しあげて美味しくさせる効果があるのだとか。


「真っ赤な一巻きの毛糸」は言わずもがな、運命の赤い糸みたいな効果があるようで、同一の糸を別々の人間に結びつけることで少しずつ惹かれ合うことになるらしい。しかし、そもそもどうやって結びつけるのかという問題があるのであまり売れ行きはよろしくないとか。そりゃそうだ。


「望みの香」はそのまま。望んだものが香を焚いている間だけ手に入る代物だ。マッチ売りの少女の、あのマッチみたいなもんらしい。中毒性があるからほぼ失敗作だとアルフォードさんが言っている。なぜ店に置いたままなのかを問いたい。


「比翼のイヤリング」と「再会の鈴」はそれぞれ対になる存在があり、たとえこれの持ち主同士が引き裂かれてしまっても、必ずどこかで出会うことができるようになるというものだ。大切な人に渡すことを推奨されていて、女性に人気らしい。デザインもシンプルなものから可愛いものまであるので、俺もプレゼントするならこれかなあ。


「心霊コンパクト」というのは、どうやら鏡に映し出した相手を封じ込めたりすることのできる、その場しのぎ用のアイテムみたいだ。もちろん相手が強ければ強いほど失敗の確率が上がる。なんだかモンスターをボールに閉じ込めるあれみたいだ。これは、アルフォードさんが秘色(ひそく)さんの経験を聴いてから作ってみたはいいけれど、成功率も低いし同盟の身内からも、こちら側の者を拘束してしまう裏切り者が出たらどうするんだと怒られて販売停止したとか。

 だからなんでまだ店に置いてあるんだよ。


 あとは見せた対象を精神的に混乱させることのできる「くねくねの筒」……シンプルにヤバくないか? これ。人間相手だと発狂するだろ。


 それから人間用に「銀の弾丸」と人外に自然と照準が合う「的撃ち拳銃」。使い手がノーコンでも使えるらしい。問題があるとすれば敵味方の区別がつかないところか。ダメじゃん。

 それから「聖水鉄砲」。海で遊ぶときに使うとスリリングでいいとアンデッドからの評判がいいとか……ツッコミ待ちか? 


「あ、あとはこれ。アクセサリー類なんだけど、これは同盟印の人間に化けるのが苦手な子に配ってるやつだよ」


 彼が取り出したのはどこか見覚えのある勾玉のついた首飾りだった。

 首を傾げて考える。どこで見たんだったか……。


「見たことあるよね? だってせっちゃんが付けてるやつと一緒だし」

「ああ、刹那さんの」


 確かに、鴉天狗の新聞記者――刹那さんが首につけていたな。

 ということはあのヒト、人間に化けるのそんなに得意じゃないのか? 今までずっと人間の姿に鴉の翼を生やして飛んでいる場面しか見ていないんだが。


「そうそう、ヘッタクソでさあ。ちょうどいい機会だったし、見兼ねてオーダーメイドしてあげたんだよね。それからはネックレス型しかなかったのがアクセサリー作りにはまって指輪とかピアスとかバリエーションも増えたんだよ」


 なんでも、本来の自分を偽装するためのカラーコンタクトや染髪シャンプーまであるとか。凝りすぎだろ。


 全部まとめて人化の術がかかった「人心地のアクセサリー」という名前がついているようだ。


 ……とまあ、いろんなものがあった。

 アルフォードさんのどこかズレた説明を聴いているうちにカップの中身が空になり、それを機に真宵さんが立ち上がった。


「貴方のお話を聞かせていると日が暮れてしまいますわ。さあ、そろそろ観光に行きましょう?」

「わ、分かりました」


 俺が慌てて立ち上がると、紅子さんも立ち上がって綺麗にお辞儀をする。


「アルフォードさん、紅茶ありがとう。美味しかったよ」

「うんうん、喋りすぎちゃってごめんね! じゃ、真宵ちゃん、変なことはしないようにね?」

「言われなくとも、しませんわ」

「またねー」


 挨拶を済ませて俺達は店の外に出る。

 それから真宵さんに尋ねた。


「どこから案内してくれるんですか?」

「ええ、そうですね……近いところからということであそこにしましょう」


 そう言って彼女が指定したのは初めて聞く名前。


「ルルフィードのスイーツパーラーよ。紅茶も美味しくいただきましたし、ひとつここは甘いものでも食べましょう」


 普通は逆なのでは? という俺のツッコミは心の中にしまわれるのだった。

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