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幻想アパート

 連理の道を抜け、ぶわりと風が強く吹く。


 見上げれば蒼天が広がり、太陽が西から昇って来ているのが見て取れた。おかしな話だ。本来太陽は東から昇るというのに、この世界では西から昇っている。それもこれも、この場所が「鏡界」だからだ。


 現実との鏡写しの世界。実はこの鏡界、現実とかなりリンクしていて、それぞれの場所は対応した現実の場所が存在するらしい。見た目や建物などは改築したりしていて、現実とリンクしているのは建物の種類や場所だけと言ってもいいくらいなのだけれど。


 視線を元に戻し、前を向く。

 煉瓦道はそのままアンティーク店のような装いをした薔薇色の店へと続いている。とある国の旗が飾られたその店こそがアルフォードさんの「萬屋」だ。


 しかし、今日はそちらに用があって来たわけではない。アルフォードさんに挨拶してもいいのだが、俺はわりと急いでいた。

 なにせ真宵さんと話していて結構時間に遅れが出ているからだ。


 そう、なにも俺は突然紅子さんの部屋に押しかけようとしているわけではない。ちゃんと今から行ってもいいかと許可を取ってここに来ているのだ。

 特に約束の時間というものは決めていなかったが、「神内の屋敷を出たよ」という連絡をしてから、いつも着く時間よりも大幅に遅れているため焦っているんだ。


 煉瓦道から外れて、「萬屋」の裏道に入る。

 するとそこには、こちらも薔薇色の煉瓦が特徴的な大きな屋敷が建っていた。

 所々ツタが張り巡らされていて、古びた装いを気取っている風な建物。前に一度紅子さんに尋ねたら、この屋敷……「幻想アパート」は住民の趣味によって古風な建築物に見せかけているだけで、本当はごく最近建て直したばかりだったらしい。


 住民が古風なものを好むのは怪異だからなのだろうか? 

 平日の朝だからかあまり出入りするヒトはいないようで、木漏れ日の影が落とされた玄関口だけがその場にデンと構えている。


 そして、俺は静かに両開きの扉を開いた。

 ギギギとこれまた古そうな音を立てて扉が開き、屋敷内に入る。

 玄関先のホールは床がステンドグラスのように美しい模様が描かれている。赤い竜と白い竜が絡み合うようなその模様は恐らく、アルフォードさんの趣味だろうな。

 けれどもこの床の模様、来るたびに変化しているので、これも恐らく毎日変化している(たぐい)のものだと思われる。前は薔薇模様だったりとか、海の一部を上から覗き込んだような、美しい水面だったりとかを見たことがある。あれは綺麗だったな。だから住民の趣味が毎日ランダムで反映されているタイプなんじゃないかと推測する。今日は往来も少ないし、アルフォードさん自身の趣味なんだろう。


 ホールの奥には飾り立てられた電光掲示板のようなものが設置され、両脇に二階へと上がる城のような階段が続いている。

 掲示板のほうはネットで監視している怪異絡みの事件をピックアップしたり、ゲームのように依頼書としてまとめて映し出されたり、遊び心満載の仕様になっていた。多分プログラムを組んでいる怪異かなにかがゲーム好きなんだろうな。


 それから階段を上がって二階へ。本当はエレベーターもあるのだが、紅子さんの部屋はそこまで高い位置にはないので普通に歩きで向かう。

 たまにすれ違う怪異と挨拶をしつつ、その部屋を目指す。


 いつものことだが、なんだかドキドキするな。

 何回かドアプレートの名前を見て合っていることを確認し、三回ノックする。

 すると返事より先に待ち構えていたかのように扉が開いた。


「遅い」


 一言、眉を寄せて紅子さんが言う。


「ああごめん、ちょっと途中で――」

「わたくしと逢い引き、していたのですから仕方がありませんわね」


 ふわりと、背中にまたもや柔らかい感触。

 被せられた夜色の声に、目の前の紅子さんの表情が驚きからどんどん冷え切ったものに変化していくのを見て、瞬間的に「まずい」と思った。


「真宵さん! なんてことするんですか!?」

「名前……」


 目の前で呟く紅子さんに、更なる嫌な予感が俺の脳内を支配する。警鐘が鳴る。まずい、まずいまずいまずい! 

 いや、嫉妬している紅子さんは可愛いし嬉しいんだけど、勘違いされたらたまったものではない! 


「やめてください! タチが悪いですよ!」

「あらごめんなさい? そっちの子の反応があまりにも可愛らしいものだからついつい意地悪したくなってしまうのですわ」


 やっぱりこのヒト、愉快犯だ。性格が非常に悪い。


「おにーさん」


 冷たい言葉に、俺の背筋が凍る。


「弁明だけさせてください」

「続けて」


 それから必死に説明して、紅子さんの誤解がようやく解けたのは10分以上経ってのことであった。

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