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二人と、村の行く末

「ああ、そのことだが……私はここを出て行こうと思っている」

「んぇっ!?」


 詩子ちゃんの衝撃の一言に、宇受迦(うつか)君もそうだが、その場にいた華野ちゃんや俺達全員が驚きの声をあげた。


 いやいやいや、確かに華野ちゃんの守護霊になりたいなんてことは言っていたが、それは初耳だぞ。どういうことだ。


「そ、それはどういう了見で? 白い神さん」

「文字通りだ。華野を疎むような連中がいる場所に、華野を置いたままにはしておけない」

「わたしの、ため?」


 刹那さんからの質問に毅然として答えた彼女は、当惑する華野ちゃんの頭に手を乗せる。華野ちゃんはくすぐったそうに、けれどツンケンした態度を崩して本当の姉妹に甘えるように目を細めた。満更でもないようで、少し照れつつも疑問を返す。


「そうだよ、資料館だって閉館して民宿にしろだとか、工事して山林を開発しようだとか、お前一人に寄ってたかって散々言われているじゃないか。人形がなかったら、あの大人達を全員捻り切ってやったのに」


 華野ちゃんが顔をひきつらせる。これは見事な祟り神っぷりだ。

 そういえば、偽物のおしら様は〝顔が曲がる〟権脳使ってこなかったな。いや、そんなものがあったら回避不可能だし、俺が太刀打ちできる相手ではなくなっていたんだが。


 こう言うってことは、運転手さんを捩じ切って殺したのは詩子ちゃんということになる。

 運転手さんについて訊いたときは、「おしら様とやらがやったんだろう」と言っていたからしいが、それはただの誤魔化しだったのか、それとも本気で知らず、無意識に華野ちゃんを守っていただけなのか……この様子だと、後者かな。


 しかし、神様としての力を失っていたというのにそれができたということは、信仰関係なく彼女は『予知、治癒、湾曲』が使えるということになる。

 生前、現人神と評されていただけはあるな。どれだけの霊力があったんだろうか。心が挫けてしまったとはいえ、神様にまで成ったのだ。それだけの力があり、そして想いがあったからこそ至ったんだろう。素直に尊敬している。


「そっか、山林開発かあ……それは俺達だとどうしようもないからね」

「うむむむ、このステキな場所がなくなってしまうのは嫌です」


 透さんとアリシアが言った。

 散々な目に遭ったとはいえ、この場所の立地と景色は素晴らしいと思っている。秘湯もあることだし、隠れた名所としてはいいかもしれないが、開発とまでいくとちょっと躊躇うな。

 しかし俺達にはそれを止めるだけの権力も財力もないし、不便な村から出て行くだろう若者達を止めることもできない。ますます過疎化が進むだけだ。


「えっと……僕達は単純に土地神様だから、ここに居続けると思っていたんですけれど……そういうことなら仕方ない、んですかね」

「ここから出て行くと言っても住居はどうするんだ。行くあてもない癖に、口だけで語らないほうがいいぞ、白き神」


 宇受迦君、銀魏さんと言葉が続いて詩子ちゃんの表情が不快気に歪む。

 しかし彼女はグッと我慢するように眉を顰めると、「確かに、少し軽率だった。すまない」と返した。

 他所の神に仕える神使。銀魏さんに横柄な態度を取られても彼女はなんとか耐えきったのだ。

 神様である詩子ちゃんは、神使である銀魏さんより格が上だ。無礼をされているのに、大人の対応で返すあたり人間ができている。

 同時に、少しだけ銀魏さんへの印象が下がってしまった。


「だけれど、私は華野をあんな連中の中に捨て置けない。私が紅子のように実態を持っているのなら守ってやれるが、残念ながら能無しの連中に私の姿は見えないものでね」

「……それなら、同盟に助けを求めればいいんですよ」

「同盟……? あの赤い男、か」


 詩子ちゃんは全てを思い出している。

 故にアルフォードさんからの言葉も、はっきりと思い出すことができたのだろう。


「ある殿とやら、助けておくれ」


 そう、詩子ちゃんが呟いたときだった。


「いやまさかそんな簡単に……」

「呼ばれて飛び出てー、きゅきゅいのきゅいーっと! オレを呼んでくれたかなー?」


 近くの民家の窓から、赤くて長い髪の男がひょいっと姿を現したのだった。

 そんな簡単に来るか? と否定しようとしていた俺は度肝を抜かれて少し後ろに後退する。


「あ、アルフォードさん? いったいどこから」

「鏡だよ! だってオレの店はどこからでも通じるからね! 光を反射する物体ならなんでも鏡と認識して移動できるよ! あ、初めて来る日本人は、横浜からじゃないと来れないようになってるけどね!」


 マシンガンのように次々と喋り倒してアルフォードさんが笑う。

 今回の件でちょっと怖いと思ってしまっていたが、やっぱりこのヒトの笑顔は安心できる明るさがあった。


「やっほー、詩子ちゃんおひさ!」

「ああ、何十年ぶりかだね」

「それで、なんとなく話は分かってるよ。キミのことだからそこの子孫のことを気にしてるんでしょ?」

「相変わらず不気味なくらい見抜いてくる男だな」

「当然! キミも何百年、何千年と神様やってればこうなるよ」

「それはそれは、怖いな」


 軽いやり取りの後に、アルフォードさんが朗らかに言う。


「ねえ、詩子ちゃん、子孫ちゃん。キミ達が同盟に入るなら、ここを温泉地としてオレ達が責任を持って賑わせてみせるよ。もちろん、権力もお金もどうにかなるよ。オレが後ろ盾になって主導すれば子孫ちゃんの待遇も変わるはず。どう? いい話じゃない?」


 それは、過疎化した村を復興するための提案だった。


 ◆


 あれから、アルフォードさんと詩子ちゃんの話し合いは場所を移してからも長時間続いた。


「華野ちゃんは旅館の話、どうなんだ?」

「従業員をちゃんと斡旋してくれるなら別にいいわよ。わたしの負担が増えるなら反対ね。面倒くさいもの」


 俺達はその間に資料館へと戻って夕飯を作ったり、事後処理のために華野ちゃんにどうしたいかヒアリングしてみたりと様々なことをしていた。


 彼女はどうやら、俺達が来たときと同じく持て成す側となるのは嫌がっている様子だ。華野ちゃんがこの様子だと、アルフォードさんも詩子ちゃんへの説得に苦戦していそうだ。

 一度お茶を淹れて彼らの様子を見に行ってみたのだが、一見穏やかに笑いながら会話しているようで、その場の空気は重たく重圧がこちらにまでかかってくるような雰囲気だった。即座に俺が退散したのは言うまでもない。

 正直あの二人怖すぎる。


「給料も出せないし……わたしに経営なんて向いてないわよ」


 ぼやく華野ちゃんに心の中でだけ同意する。

 基本的に口調が刺々しいうえ、こんな幼い子に経営を持ちかけるのは間違っているからな。

 アルフォードさんのことは尊敬してはいるが、今回の提案はちょっと無茶なんじゃないかと思っている。温泉旅館化はいいなあと感じているが、実現できるかっていうとそうじゃないからな。


 現在俺達がいるのは食堂だ。

 華野ちゃんが僅かな菓子類を出したり、紅子さんと一緒にパンケーキを焼いてくれたりしていたので暇にはならないが……アルフォードさん達は夕方から話し合いをしているのにもうすぐ夜10時にもなる。


 宇受迦くんと銀魏さんは既に帰ってしまっているので、今この場にいるのは俺達と、刹那さんくらいだな。


「もう一度様子を見に行ってみるか……?」


 気は重たいが、様子をチラッと見に行く程度なら……そう思って立とうとすると、腕を軽く引かれてそちらに顔を向ける。


「お兄さん、あと一日経ったら反動が来るのを忘れちゃダメだって分かっているのかな。大人しく座っていて」

「そっか、そうだよな。ごめん紅子さん」


 心配そうに言われてしまっては逆らえるはずもなく、俺は席に着く。

 それからまた数十分程だろうか、テーブルでアリシアが居眠りを始めて人型になったジェシュが毛布を取りに行き、俺が勉強にと透さんに頼んでオカルトトークをしてもらっているときだった。


 部屋の扉が開く。

 そこには穏やかな顔をした詩子ちゃんと、相変わらずの笑みを浮かべたアルフォードさんがいた。

 もしかして話がいい方向に纏まったのか? 


「華野、結論から言うと交渉は成立した」


 詩子ちゃんが言う。


「どういうことよ。わたし、疲れるの嫌よ?」

「問題はない。従業員の話も、それに経営をどうするかの話も纏まったよ」

「うんうん、オレとしても現世勉強に行きたくても行けない子達を派遣できるし、華野ちゃんの負担になりにくいようにすることができるし、いい話だと思うんだよねー」


 アルフォードさんの話はこうだ。

 どうやら萬屋やよもぎさんの大図書館がある鏡の中の異界……「鏡界」には弱い怪異や行き場をなくした精霊、神などが一時避難所のようにして利用している側面もあるらしい。

 紅子さんは単純に一人暮らしするには年齢的な不安があるからと鏡界の屋敷に住んでいるが、本来あそこは一時的な住宅になっているようなのだ。


 そこに住む怪異や精霊は現世に赴き、仕事や学校への編入などを通じて人間と共存し、「名」を覚えてもらうことで現世への繋がりを強くする目的がある。

 そうすることで誰からも忘れ去られても、人間として生きていけるようになるからだ。


 しかし、どうしても怪異や精霊としての特性でその派遣が難しい種族がいるというのも現実である。

 特に樹木や花などを本体とする精霊はこの問題に直面しやすく、現世に行きたくても行けない者が多かったらしい。


 今回は、その中の一団を従業員として雇ってやればいいんじゃないかという提案だった。


「キミの名前にも〝藤〟が入っているし、藤花(とうか)の精霊達を藤棚と一緒にこの村に移設して働いてもらうのがいいんじゃないかなと思ってねー。彼女達は藤棚と一緒じゃないと弱っちゃうし、中々いい物件がなかったんだよ! この村なら静かだし、自然も豊かだし、桜も綺麗だし、あそこの桜の精霊も性格良さそうだったし」

「待ってちょうだい……桜に精霊がいるの?」


 これには俺達も驚いた。もしかしなくても詩子ちゃんが住んでいた祠のところにある、大きな桜のことだよな。


「いるよ? 祟り神に押さえつけられて成長できずにいたみたいだから、まだほんの少し意思を持ってるくらいなんだけどね。あの子にも挨拶して藤花の精霊達のお引越しがちゃんとできたら、旅館の従業員……女将さんとして働いてもらえるよ。子孫ちゃんと詩子ちゃんは経営に不安なこととかあったらオレに相談してくれればいいからさ」


 そうか、桜の精霊……いや、なにも言うまい。


「給料はどうするのよ」

「ここの土地は肥沃だし、彼女達は根付ければしばらくはそれでいいって雇用の希望条件を出してるよ。しばらくは美味しいご飯を食べさせてあげるなりすれば不満も出ないかな。ちゃんとしたお給料は旅館が軌道に乗ってからあげれば問題ないよ。あ、でもちゃんと意見は聞いてあげてほしいね。その辺はオレもしばらく監視をつけるから安心してほしい」

「……胡散臭いのだけれど」

「信じてほしいなーとしか言えないなあ」


 困ったようにアルフォードさんが苦笑する。

 こればっかりは俺達から意見しても仕方ないし、見守るしかないな。


「詩子」

「なに、なにかあれば私が捻じ切ってやるだけさ」

「詩子ちゃん、物騒になったね」

「透さん、シッ」


 ほけほけと感想を呟く彼に短く注意の言葉を投げかけてみるが、どうやら効果はないようだ……。


「ってことは、俺がしばらくは監視かい?」

「うん、せっちゃんには苦労をかけるねぇ」

「なに、それは言わない約束だぜアル殿」


 本当に俗世に染まってるな、この神様と鴉天狗。なんで知ってるんだ。

 古すぎて知らない人のほうが絶対多いぞ。ほら、アリシアなんて寝ぼけながらも目を白黒させて首を傾げている。


「カラスのお兄さんは義理堅いんだねぇ」


 あ、これは紅子さんも知らないんだな。

 半数にネタが伝わらなかったわけだが、竜と鴉はそのままに話題を続ける。


「なら俺はしばらくここに泊まりだな。頼むぜあんた達」

「滞在するだけなら構わないわ。分かったわよ、やってみればいいんでしょう?」

「あんなに気持ちの良い露天風呂があるのに、知られていないのはもったいないかな……。だからアタシもいい試みなんじゃないかなって思うよ。それで、そのお引越しってやつはどうするの? アルフォードさん」

「お引越し自体なら鏡界から場所を決めてドーンって藤棚を移すだけだからすぐ終わるし問題ないよー」


 随分とダイナミックな引越しだなおい。


「あとは場所だよね」

「それならば、露天風呂周りや神社の辺りはどうだい? 私の神社として復興工事してくれるなら場所くらい提供しようじゃないか」


 詩子ちゃんが提案する。

 確かに露天風呂に満開の藤棚とかすごく景観が良さそうだし、神社の近くに藤が咲き誇っているのも綺麗かもしれない。

 この村は桜も綺麗だし、上手くいけば春は本当に千客万来になるかもしれないぞ。


「よしよし、じゃあその方向で進めようか。子孫ちゃんもそれでいいかな?」

「やってみて、ダメそうならわたしは物申すわよ。それでもいいなら受けるわ」

「うん、構わないよ。こういうところがあれば現世勉強しに来る怪異達の一時拠点にもなるだろうし、人間とそれ以外、みんなが共存して利用できる旅館になればいいねぇ」


 ほんわかと笑いながらアルフォードさんが言う。

 なるほど、そういう思惑もあったのか。やっぱりいろいろと考えてるんだな、このヒトも。


「それじゃあ、お引越しと工事は明日やりに来るよ。それと、村の人にはオレから説明しておくね。ちょっとした権力を使うから、華野ちゃんのほうにまで文句は届かないと思う。だから安心してね」


 そういえばそんなこと言ってましたね! 


「あとこれは詩子ちゃん用だね。その髪飾りのリボン、これと交換してみて」

「ありがたくいただこう」


 アルフォードさんが彼女に渡したのは内側に同盟のロゴマークが入った赤いリボンだ。それを稲わらで作られたカチューシャに詩子ちゃんが結び、身につける。すると、紅子さんと同様に幽霊然としていた彼女の姿がはっきりと現れる。これで彼女も生身で動けるようになったというわけだ。


「それからこの鏡を置いていくから、なにかあったらオレを呼んで話しかけてみてね。オレが移動するのもここからにするよ……あ、もうこんな時間かあ」


 その言葉に時計を見てみれば、既に午後11時過ぎだ。アリシアなんかは完全にテーブルの上で熟睡している。


「うん、それじゃあ人間の健康にも悪いし、オレはまた明日来るよ。村の人には朝に説明して、お昼頃にお引越しかな?」

「ああ、よろしく頼む」

「……お願いするわ」


 華野ちゃんも眠そうだ。


「それじゃ、おやすみ!」


 そうしてアルフォードさんは小さな鏡にどうやってか吸い込まれるように消えていった。どうなってんだ本当に。


「華野、もう寝ようか」

「悪いわね、詩子」


 話し合いを終えて二人が立ち上がる。


「ここで私達は失礼するよ。良い夢を」

「もう限界よ。おやすみ……」


 二人に挨拶を返した俺達も、顔を見合わせて立ち上がった。


「アリシア、寝てていいからね」

「う……ん」


 ジェシュが毛布にくるんでアリシアを抱き上げる。それから「じゃーね」と言って泊まっている部屋に帰っていった。


「それじゃ、俺も休むね。令一くんも紅子さんもちゃんと休むように。おやすみ」

「ああ、透さんこそおやすみなさい」

「……ありがとう、透お兄さん。おやすみ」


 紅子さんもなんだか眠たそうだ。

 透さんが出て行って、俺は同じく立ち上がった紅子さんの手を引いて廊下を歩く。


「ねえ、お兄さん」

「なんだ?」


 眠たそうに目を擦る彼女に返事をして、歩きながら軽く振り返る。


「助けてくれて、ありがとう」

「……どういたしまして」


 穏やかに微笑んで、改めて言われた礼に気恥ずかしくなってくる。

 俺はやりきった。そう……初めて、悲劇を回避することができたんだ。


「れーいち、さん」

「どうした紅子さん」


 やはり眠たいのだろう。紅子さんは舌足らずな口調で俺を呼んで、引かれた手を抱きしめるように胸に抱き、俺の横にぴったりと体をくっつけて擦り寄ってきた。


 あの……、俺の心が持たないからそれはちょっと。


「一緒に、寝よ」

「え?」


 それは拷問かなにかか? 

 しかし、わりと欲望に忠実な俺は断ることができず、かといって手を出せるほど勇気があるわけでもなく……甘えてくる彼女に抱き枕かなにかと勘違いされたまま翌朝を迎えたのだった。


 煩悩と戦っていてほとんど眠れなかったのは余談である。

 それは、大蜘蛛戦よりもよほど長く苦しい戦いなのであった……。

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