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穢れた地に科戸の風が吹く

「無理ですってばー!」

「やめてくれ、引っ張るな主。ほら、見られてるぞ」

「んひぃっ!? にゃにゃにゃ、にゃんですかー!?」


 俺達が近づいていくと、派手な着物を着た男が悲鳴をあげた。両腕を斜め上に伸ばして大袈裟に驚く仕草だ。


 男は薄い水色に大きな椿の柄の入った単衣と、右側が歌舞伎とか舞台なんかで見る三色の定式幕柄。左が桃色に金の稲わら模様の、左右半々で模様の違う着物を着崩している。


 髪は白に桃色のメッシュが入っていて、頭の後ろで輪になるように結い、椿の髪飾りで留められており、頭の横には、紅白の紐で留められた桃色の狐面がちょこんと乗せられていた。

 その腰には神社でよく見かける大幣らしきものが差してある。曲がってしまっているが、あれ使えるのだろうか。


 もう一人の男は、長い銀髪を頭の右側でサイドテールにしている。

 こちらは青い単衣に、銀に金の稲穂が揺れる着物を重ね、そして金色の羽織を肩からかけている。

 右耳には大きな耳飾りがついていて腰には俺と同様、刀らしきものを下げていた。あれは太刀サイズだろうな。


 二人とも明らかに普通の人間でもないし、怪異とも少し違う気がする。初めて視るタイプの「人ではないもの」だ。なんとなく神様っぽい雰囲気もあるが、厳密に言えば違うだろうし、よく分からないな。


「あの、あなた達は?」

「さっき同盟って言っていたけれど、もしかして関係者なのかな」


 もう事態は解決したが、来てくれて嬉しくないわけではない。

 まだまだこの村は重苦しい雰囲気に包み込まれ、なんとなく居心地が悪い。

 さっき叫んでいたように邪気みたいなものがまだ残っているのかもしれないな。


「うぇ……うっ、ずびばぜん……お、お見苦しいところを見せてっ、うぇ、しまって……」


 派手な男のほうが銀髪の男の指摘で驚いたあと、こちらに気づいたらしく振り返って声をあげる。

 涙と鼻水で整った顔が色々と大変なことになっているが、大丈夫か? このヒト。


「えっと……俺は下土井令一って言います。アルフォードさんに言われてここに来ていて、さっき事態が終息したところなんですけど」

「赤座紅子。同盟メンバーだよ」

「あっ、これはご丁寧に。僕は宇受迦(うつかの)春国(はるくに)と申します。ど、同盟メンバーではありますけれど、僕らは普段は中立と言いますか……えっと、場の祓いとか、事件が起きたところの浄化だけ請け負う仕事をしているのです」


 泣き止んではいないが、しっかりと受け答えする彼に少しだけ認識を改める。

 場の浄化だけをする祓い屋……みたいなものか? 

 秘色さんとはまた違った毛色のやりかたなんだろうな。


「そっちのキミは?」

「オレは銀狐の銀魏(ぎんぎ)。妖狐に堕ちかけてはいるが、一応これでも稲荷神様の神使だ。そして、こいつ……主のお守りもしている」

「こいつって言いましたね!? 仮にも自分の主をこいつ扱いしましたねぇー!」

「うるさい」


 なんだこの二人。

 困惑しつつも俺は疑問に思ったことを口にしてみた。


「あの、つかぬ事を訊きますが……あなたは神様? それとも怪異? なんですか?」

「びぇっ、か、怪異とか言わないでください……そっか、僕みたいな交ざり物は初めて視るんです? えと、僕は神の使いである白狐の父さんと、椿の精霊の母さんの間の子なんです。だから人間でもないし、オバケでもありません。もちろん神様でもないので、半分精霊……みたいな感じなのでしょうね」


 なるほど精霊。

 青葉ちゃんがそれに近かったが、あの子は仮にも神様だったからなあ。

 それに、狐との間の子と考えると、確かに不思議な雰囲気がするのも頷ける。見たことがないはずだ。


「僕らは刹那さんに協力をお願いされて派遣されてきたんです。えっと、あの、もしかして貴方が僕らの桃を食べた人ですか? すごい大怪我していますし、霊力の巡りに稲荷神様のお力を感じます」

「え、確かに仙果とやらを食べたのは俺だけれど……もしかして」

「ええ、あれは僕らが育て、販売しているものですよ。どうぞご贔屓に」

「へえ、ちょっと興味があるかな。アタシみたいな幽霊でも入れるような場所なのかな?」


 段々と落ち着いてきたのか、宇受迦君は微笑んで話していたのだが、紅子さんの言葉に顔を明らかに引きつらせた。


「あ、神域だからダメって言うのなら、仕方ないけれど」


 ちょっと傷ついたようにシュンとする紅子さんに、色々と言いたいことはあるが我慢だ我慢。稲荷神の使いの息子ってことなんだし、事情くらいあるだろう。もう少し表情を抑えるくらいしてほしかったが……


「ゆっ」

「ゆ?」


 再び宇受迦さんがじわりじわりと涙目になっていき、ギョッとする。

 その後ろで銀魏さんが「やれやれまたか」なんてことを言っていて、なにか地雷でも踏んでしまったのかと俺は慌てる。


「幽霊って単語を、使わないでくださいっ! 怖いじゃないですかぁ! せめてオバケって言って!」

「……一緒じゃないかな」

「気持ちの問題なんです〜!」


 いや、なんだこの、なに? 

 なんだこのヒト。


 本日何度目かにもなる困惑が俺を支配していた。

 なんか、大蜘蛛退治のときの疲れがドッと押し寄せてきた感じがあるぞ……。


「……それで、アタシみたいなのが入っても大丈夫なのかな?」

「い、一応同盟の印を持っていればっ、見学は可能ですっ。それに、僕らの神社の表層を〝あやかし市場〟として解放していますから……!」


 その言葉で思い出す。

 もしかして、昔行ったことのあるあの古い神社か? 

 さとり妖怪のしらべさんや夜刀神(やとのがみ)と出会ったあの神社。

 そういえば、あのときは〝椿から採れる酒〟をもらってこいとお使いに出されていたんだっけ。


 なんという偶然。世間って狭いな。


「えとえと、それで、この村には神様がいるはずだと伺っているのですが……」

「ああ、今ちょっと取り込み中で」

「構わない、私はもう大丈夫だ」


 背後から声をかけられて俺が振り向くと、そこには泣き腫らした跡を残した詩子ちゃんが立っていた。華野ちゃんや、俺達が資料館に帰って来ないことを心配した透さんやアリシア、ジェシュまで。


「よっ、坊ちゃん」

「あ、せっちゃんさん。この村にいるオバケはこれでみんなですか?」

「ああ、これで全員だ」


 知り合いらしい刹那さんが挨拶を交わす。そして色々と聞きたそうにしている透さんを、アリシアちゃんが服の裾を掴んで制止しているのを横目に宇受迦君がこちらに歩み寄ってきた。


「あの、一応、これを持っていてください。これからやることに、巻き込まれないように」

「アタシに?」

「はい、僕の浄化って無差別なのものですから……」


 無差別……少しゾッとする言葉だな。

 紅子さんは反射的に受け取った巾着を眺めると「椿の香りがする」と言って俺に見せてきた。鼻を軽く近づけてみると、確かに椿の香りがしている。


「貴女がここの神様ですね。僕は豊穣神、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の神使の息子です。この度は、この地に満ちた穢れを浄化する任を担って参りましたことを申し上げます。僕の霊力により、この地を浄化することをお許しください」

「許可する。私は祟り神だ。そういうのは向かない」

「感謝申し上げます」


 詩子ちゃんへ許可を取った彼はそうして、刹那さんにも目を向ける。


「せっちゃんさんも、香り袋持っていますか?」

「あるぜ」

「それと……そこの黒猫も、一応」


 非常に嫌そうに宇受迦君がジェシュに巾着を渡す。

 純粋な神様と邪神ではやはり相性というものがあるのだろうか。

 着物の袖からほんの少し覗く腕に、鳥肌が立っている。どんだけ嫌なんだ。


「ひぅっ……緊張で胃が潰れそうなのですが……」

「ほら主、もう少しだ頑張れ」


 先程までの凛々しさはどこに行ったというくらいに彼はその場でお腹を抑え、情けない声を上げる。大丈夫か? このヒト。何度思っただろうか、この考え。


「銀……やっぱり帰っちゃダメですか」

「この地の神に許可取っておいてなにナマ抜かしてんだこの主様は」

「控えめに言って無理、銀魏が怖い……」

「ほら、しっかりと切り替えて」


 ヒヨる宇受迦君に、銀の男が手を伸ばし、彼の頭に飾っていた狐面を滑らせ、被らせる。すると、途端に宇受迦君はスッと立ち上がり、腰に差していた大幣を取り出した。


 大きく湾曲した大幣はとてもではないが、まともとは言えない。あれを使った儀式なんてしたらバチが当たりそうなものだが……


 宇受迦君はゆっくりと二回、礼をすると、彼はその大幣を手に持って前に掲げた。

 あれ、普通大幣って振って使うものじゃ……? なんて疑問はすぐさま解消されることになった。


 大幣を彼が前に掲げたまま、すり足と独特な足の運びを持ってその場でゆっくり、回転する。それから、大幣の先端についた神楽鈴をシャンッと一度鳴らした。


 すると、目に見えるほどにその場の雰囲気が変わった。

 まるで神楽鈴が鳴らされたその場所だけが音を伝って清浄な空気に変えていくように。


浄破理(じょうはり)ノ弓〝科戸(しなと)ノ風〟」


 静かに彼がその言葉を紡ぐと、曲がった大幣の端と端の間を通すように白いような、薄い桃色が乗ったような淡い光の線が張られる。


 そう、まるで弓の弦が張られるように。

 弓を構えたまま、彼はゆったりとした所作で弦に手を触れる。

 そして細く白い指で弦を掴み、引く。


大祓(おおはらえ)、風流しの儀――弦打ち」


 掴んだ指をするりと離せば、弦が揺れ、パチンッという涼やかな音が鳴り響いていく。それと同時に、ゴウッと風が吹いた。


「……」


 息を飲んだ。声を出せなかった。

 彼が弦打ちをするたびに音が風に乗って波のように広がっていき、その範囲が清浄なる空気に変わっていくのが分かった。

 村全体を……いや、もしかしたら山全体にまで広がっていっているかもしれない清浄な空気。


 これが、浄化を生業にしている半精霊の力か。

 音が届く範囲全てが浄化対象だ。これだと無関係な紅子さん達も、彼からもらった香り袋がなければ問答無用で祓われていたかもしれない。それほどに影響力の強い浄化の力だった。


 やがて、三度弦を打ち鳴らした彼は大きく息を吐いて大幣に張っていた霊力の弦を消失させる。

 そうしてもう一度、二回礼をして、手を打ち鳴らし、最後に一礼。

 いわゆる神社などで行う二拝二拍手一拝だな。


 それから被っていた狐面を顔から外し、頭の横に付け直すと宇受迦くんは安堵したようにほうっと息を吐いた。


「これで、この他の浄化は終わりました。もう、偽物の神による穢れは残っていません。これからは貴女が治めるのですよね?」

「ああ、そのことだが……私はここを出て行こうと思っている」

「んぇっ!?」


 詩子ちゃんの衝撃の一言に、宇受迦君もそうだが、その場にいた華野ちゃんや俺達全員が驚きの声をあげるのであった。

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