おしら神の正体
「なんて、説明したらいいのか……」
俺は順に、ゆっくりと言葉を選びながら人形の記憶についてを語っていった。
「あの白蜘蛛の鬼……詠子さんが心を探す理由は詩子ちゃんのことを忘れたくないからってことだな」
「でも、もうなんのために集めていたのかもほとんど分からなくなっているんですね」
ああ、そうだ。多分目的自体は覚えているだろう。忘れたくないとずっと呟いていたのだから。でも、詩子ちゃんのことを知らない無関係の人間にまで手を出しているわけだから、多分細かいことを覚えているわけでもないんだろう。かなり無差別的だからな。
「うーん、話の整理をしようか。まず、人形の付喪神と詩子ちゃんが別々なのは確定していて、人形の付喪神に詠子さんが取り込まれているか、協力しているのか、どちらかは確定かな」
紅子さんは指折り数えつつ、そう言った。
「わたし、メモ用紙でも持ってきたほうがいいかしら?」
「うん、そうしてもらえると助かるかも」
透さんが答えて、華野ちゃんは一旦席を離れる。人形、詠子さんとの関係を表にしようとしているのだ。
そして、それを見た刹那さんは腕を組んで「あともう一つだな」と真剣に言った。
「まだあったっけ」
「いんや、おしら神が生まれたときにはなかった要素だな。つまり、犠牲者達の無念さだ。人形達は死にたくないって主張してるんだったな? それは犠牲者も一緒だぜ。そして、生者を妬んで手を下そうとする。延々とそういうのが続いて膨れ上がった生への執着心が、あれを動かしてるんだろうよ。私見だが、ずっと様子を見てきたんだ。信憑性はあるはずだぜ」
彼の言葉に頷く。犠牲者達の思い……いや怨念か? 盲点だった。
それらが混ざり合ってできている存在。それがあの偽おしら神だということなのかな。
詠子さんは利用されているだけ、か?
しかし、紅子さんを一度食われそうになった手前、俺があの人を許すわけにはいかない。詩子ちゃんのためにも、できれば偽物の神から分離させて魂だけでも真っ当に逝かせてやりたいんだが……。
考える。どうするべきか。
きっと一番簡単なのは詠子さんの取り込まれているだろう魂ごと、神殺しを成すことだろう。そして、それはきっと俺にしかできないことだ。この赤竜刀で、格上である祟り神を殺す。無謀にも思えるが、俺にしかできないことだ。
「……」
紅子さんが目を伏せる。
それからそっと手を挙げた。
「詠子さんを引き剥がして、詩子ちゃんに会わせてあげられたらいいねぇ」
「え」
「いいのかい、そいつはあんたを食おうとした怨霊だぜ?」
刹那さんが嘆息と共に問いかける。
俺は、自分から提案できなかったことを紅子さんが代弁してくれたおかげで助かった。多分彼女は俺が言いたかったことを察して提案している。いつも紅子さんは俺の心を読んでいるんじゃないかってくらい的確に気を回してくれるのだ。
そう、いつもいつも。
俺はそんなことできずに、彼女の気持ちひとつ汲み取れず失敗してばっかりなのに。ああ、もっとよく見ていないとななんて反省して彼女の反応を待つ。
アリシアや透さんは特に反対する様子でもない。紅子さんの言っていることも、けれど試すように言う刹那さんの監視役としての立場も、二人ともちゃんと分かっているからだ。
「……アタシは詩子ちゃんの気持ちを優先しているだけだよ。別に詠子さんのことを思ってそう言っているわけじゃない。ねえ、お兄さん。詩子ちゃんも思い出したがっていたんだよね?」
「ああ、もし詠子さんのことを覚えていたら、その名前を呼べたのならば、結末は変わっていたかもしれないと後悔する気持ちが伝わってきた」
「なら、ひとつだよ。アタシは詩子ちゃんの未練のためにそう言っている。ただそれだけ」
あくまで詠子さんのためではないと言い訳を並べ、彼女の嫌うやりかたで誤魔化してみせる。素直じゃないのはいつものことだが、これはどちらかというと俺に秘密を知られて開き直った状態に近いのかな。
「そうかいそうかい。あんたがいいなら俺もそれでいいけどねぇ」
「心配ご無用かな」
「うん、令一くんも助けてあげたいだろうし」
「あたしもできれば避けたいところですね。姉妹が離れ離れになっちゃうのは嫌です」
「アリシア、自分と重ねてる?」
「うん、そうかも」
アリシアとジェシュの会話にハッとした。
そうだ、彼女達も姉妹で事件に巻き込まれ、そして危うく離れ離れになるところだったのだ。そんなアリシアが詩子ちゃん達姉妹に報われてほしいと願うのは、ごく自然なことだろう。当たり前だ。
「で、どうするのよ。わたしとしては、いい加減この因習を終わりにしたいの。もう人が死ぬのを見るのはこりごりよ」
華野ちゃんは、メモ用紙を持って戻ってきて早々に言った。
そして紅子さんにメモを渡してから席に着く。生まれたときからこの村の神様とやらに関わってきた彼女の、切実な願いだ。
ただ、取りに行ってくれていた華野ちゃんには悪いが、もうメモは必要ない気もする。
「なら、まずはこの人形を壊すことからか? この人形、詠子さんのだろ。この身代わりがあるからこそ、あの子は詩子ちゃんを認識できないんだろうし」
「いんや、それはもう少し後だな」
否定する刹那さんに目を向けると、透さんが引き継ぐように「その人形を使えば、詩子ちゃんも思い出せるんじゃないかな」と言う。
封印されてなお、不穏な気配を漂わせるその人形は長時間所持していたいようなものではないのだが、確かに一理あった。
「そうだぜ。あの娘は予知っていう、ある意味で見鬼の上を行く才能があるんだ。見鬼は見気でもある。旦那が過去を視ることができるように、あの子は未来が視えてるんだ。なら、ベクトルが違うだけでやってることは似たようなモンだ。方向性を教えてやればあの子にも記憶が視えるかもしれねぇ。再会したときに名前を呼べないんじゃあ、昔の繰り返しってやつだろ?」
それって、なんとかベクトルを変えれば俺にも未来視ができるって言っているように聞こえるんだが……まあいい。視るつもりもないし、視たくもない。未来なんて視えても気分のいいものじゃないのは明白だ。もちろん、詩子ちゃんのことがなくても俺はそう思っていただろう。
「それじゃあ俺達で周りをなんとかしているうちに詩子ちゃんを祠から出して、記憶を視てもらうと」
「なるほど、腕が鳴りますね」
自信満々にアリシアが言う。いや、本当に頼もしくなったな。
「……刹那さん、魂を誤魔化すような道具って持ってないかな?」
「して、その心は?」
「……足手纏いは、嫌かなって」
「紅子さん、約束が」
「分かってるよ。でも、ただ祈って待つだけなのも、結構堪えるんだよ。アタシはか弱い女の子でいたくなんてない。キミの、背中におんぶに抱っこはやっぱり嫌なんだ」
申し訳なさそうに、でも強い瞳で言う彼女に否定の言葉なんて返せない。
俺だって、彼女の隣に立つことを、彼女と背中を預け合うことを望んだのだから。
「あー、ならお守りを渡しとくぜ。あんたにゃ向かないと思ってたが、今のあんたなら変な無茶はしないだろうしな」
困ったように刹那さんが同盟の印がついたお守り袋を手渡してくる。
「これは?」
「これも、身代わりだよ。それも対神様専用の。先に渡してたら調子に乗って危ないことしただろ? だからこれがあんのは黙ってたんだ」
「そうだね、前までのアタシだったら、きっと無茶していた」
自嘲気味に微笑んで紅子さんがお守りを受け取る。そして、懐に身につけた。
「わたしも行くわ」
「華野、危ないわよ?」
「そんなことは百も承知。でもわたしは詩子の真実を見届けたいの。巫女だもの」
そしてこちらでも一悶着。
アリシアは控えめに説得していたが、華野ちゃんは頑なだ。引き下がりそうもなかった。仮に置いて行ったとしても、勝手についてきてしまいそうな勢いである。
「分かったわ。なら、一緒にジェシュに乗って行きましょう。いいわね、ジェシュ」
「主のおおせのままにー」
黒猫は不満そうだが、アリシアは気にせずにっこりと笑う。
華野はそんな二人に困ったように眉を寄せていたが、「ありがと」と小さく呟いた。
「俺も露払いくらいなら役に立てるはずだよ」
「ありがとう、透さん」
結局、全員名乗りをあげてしまったな。
「ま、総力戦と行こうじゃないの。俺は戦力外だから、道具で援護したり、幻術で攻撃を逸らすことくらいしかできねぇが」
「十分ですよ。できれば、これで最後にしたいな」
刹那さんの言葉に頷く。
俺と紅子さん、それに透さんは走って。刹那さんは上空から。そしてアリシアと華野ちゃんはジェシュに乗って。まずは詩子ちゃんの閉じ込められた祠へ。
そして――神殺しを成すための、最後の出陣が今始まるのだった。