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不器用な手料理

 食堂となっている場所にぞろぞろと移動し、俺達はもはやお昼とも言える時間に朝食を食べることとなった。


 まさか仲間外れにするわけにもいかないので、刹那さんも同行している。監視役とはいえ、もう顔を見ているんだしいいだろう。

 会う前はどうしていたのか訊いてみたら、山の中で木ノ実や果実を採って食べていたとか。普通のカラスならいざ知らず、果たして彼程の大きな体はそんな食物で賄えるのか、疑問に思ったが深くは突っ込まないことにした。


 朝から資料館を飛び出して、そして大怪我をして何時間も寝ていて、起きたら起きたで人形神社に向かい、人形の奪還に行っていたのだ。気が抜けたら途端にお腹が空いてきてしまった。


「いや、楽しみだな」

「……そんなに期待しないでほしい、かな」


 紅子さんが気まずそうに顔を逸らして言う。この様子だと焦がしでもしたか? 彼女は不器用だから、料理もそれほど得意ではないだろう。

 けれど、だからこそ俺のために一生懸命作ってくれたという事実が、ただただ愛おしいんだよな。彼女が困ってしまうから、口に出しては言わないけれど。

 緩みそうになる顔をなんとか制して彼女の隣を歩く。


「準備してくるから、ここで待っていて」

「手伝わなくて大丈夫か?」

「もてなされる側が手伝ってどうするのかな?」

「あー、それもそうか」


 ぎこちないやりとり。

 お互い、いつものような軽口がなかなか出てこないようだ。それだけ俺達は二人ともに緊張しているということで……。


「華野! メニューはなんですか?」

「和食よ。白米とサバの味噌煮。そっちの人が洋食だから、自分は和食に挑戦したいってベニコが言って」

「ちょっと、華野ちゃん! 言わないって約束したのを覚えていないのかな!?」

「ふん、知らないわよ」


 華野ちゃんは澄まし顔で受け答える。慌てる紅子さんなんて珍しいなあ。

 そうかあ、俺が洋食だから紅子さんは和食ね……そんな風に考えてくれていたんだなあ。


「令一さん、顔がにやけてますよ。緩んだその口ちゃんと引き締めてください」

「うーん、アリシアちゃん。このシチュエーションだと令一くんがそうなっちゃうのは、さすがにしょうがないと思うけどなあ」


 二人の言葉で口元を引き締める。格好悪いのはごめんだ。

 透さんは否定しないでいてくれるが、俺としてもあんまりにもだらしない顔を彼女に見せるわけにはいかない。

 さっきは緩まないように意識していたのにただの一言で表情筋が勝手に働いてしまうなんて、俺は浮かれ過ぎているのかもしれない。


「はい、あんた達はこっち」


 華野ちゃんが次々と料理を運んでいく。

 透さんにアリシア、それに資料館内に入ってきている刹那さん。


 一向に戻ってこない紅子さんに、俺はそわそわと辺りを見回しながら待つ。

 もしかしてなにかあったか? そんな不安が頭をもたげてきて、立ち上がろうとしたときに、キッチンの方向へと華野ちゃんが声をかけた。


「気にしてる暇があったら早く持ってきなさいよ。少なくとも怒られやしないわ」

「……わ、分かったよ。おにーさん、その、期待しないで。本当に期待しないでね?」


 控えめに言いながら紅子さんが姿を現わす。

 その手にはミトンがはめられ、鍋ごとこちらにやってくる。


「あの、お兄さんは怪我をしてるからお粥と一緒に作ったんだけれどね? その……サバの味噌煮、あんまり上手くいかなくて」


 目を泳がせながら彼女が鍋の蓋を開ける。

 そこにはふわっとしたお粥と、その上に申し訳程度に「ちょん」と乗っかったサバの身がほぐされ、散りばめられていた。

 明らかに透さん達に分けられたサバよりも量が少ないことが見てとれる。

 やはりどこか失敗してしまったんだろう。彼女は申し訳なさそうに眉を寄せている。

 それから鍋をテーブルに置いて、両手が空いた彼女は胸の前で祈るように手を組んだ。


「あのっ、本当に……いらなかったらアタシが自分で食べるから」

「いや、食べるよ。俺が怪我してるから、お粥にしてくれたんだよな。それに、好きな子が作った手料理を食べないなんて選択肢あるわけないだろ」

「…………」


 口元を震わせて紅子さんがなにかを堪えるように頬を両手で押さえる。

 朱に染まったその表情に、隠さずにもう少し見ていたいと思った。


「紅子さん」

「なっ、なにかな」


 紅子さんの正面に立ち、頬っぺたを押さえて照れる彼女に呼びかけた。

 それから片手をやんわりと頬から離れさせ、手を当てる。体温が低い彼女にしてはほんのりと温かい。照れている証拠だった。


「んん、あの、令一さん?」


 そしてそのまま頬から耳元を辿り、くすぐったそうにする彼女の頭にポンと手を乗せる。そして少しだけ屈んで目の前で一言。


「いただきます」

「え、あのっ、えっと……」


 流れ的になにか勘違いしたような紅子さんに、悪戯気な笑みを浮かべて「紅子さんの手料理を」と付け加える。


「このっ、卑怯者っ……本当に、キミは……! 違う、こんなのアタシじゃない……っ!」

「どんな紅子さんも紅子さんだろ?」

「キミのそういうところ大っ嫌いなんだよ……っ!」

「いつもからかってくるくせに」

「最近は逆転してないかな!?」

「かもな。ほら、座って座って」


 おもしろいくらい動揺する彼女に、気を取り直して俺の隣の席に誘導する。

 いつのまにか華野ちゃんが紅子さんの分まで食事を配膳し終わっていた。


「ねえ、わたしなに見せられてんの?」

「紅子お姉さんったら乙女ですねぇー」

「あんまりいじめないようにね?」

「気にせず続けてくんな」


 呆れる華野ちゃんに、うっとりと紅子さんを見つめるアリシア。興味のなさそうにあくびしているジェシュに、爽やかな笑顔で圧をかけてくる透さん。おもしろいものを見るように好奇心を向けてくる刹那さん。

 三者三様の反応に、俺はここまでにしておこうと苦笑した。


 それぞれに「いただきます」と作ってくれた二人と食材に感謝し、食事を始める。お粥はどろっとしているわけでもなく、食べやすく出汁で煮たのか薄く味がついていて非常に美味しい。この感じだと、ただサバを煮るときに失敗しただけなのかもしれなかった。


「なんだ、美味しいじゃないか」

「……そう? それなら、いいんだけれど」


 不安気だった表情を俺の一言だけでパッと変え、喜色を露わにする彼女にこちらまで嬉しくなってくる。


 ああ、今更ながらに実感が湧いてきた。俺、紅子さんの手料理を食べてるんだ。なんだこれ、なんだこの気持ち。嬉しくて仕方がない。


「あんた達婚約でもしてるわけ? 人間と幽霊で成立するもんなのね」


 そう言った華野ちゃんに俺達二人は、同時に動きを止めた。

 紅い瞳と瞬間的に目が合って、すぐ互いに逸らす。


「付き合っては、いないな」

「は?」


 華野ちゃんが大口を開けて声をあげた。

 ああ、うん。そう思うよな。でもこれ以上、明確に距離を縮めるわけにもいかないんだよ。そうしたら、きっかけを与えてしまったら紅子さんはどこかへと飛んで行って、もう二度と戻ってこないだろうから。


「友達以上恋人未満ってやつかねぇ……ま、応援はするぜ。俺もこんぐらい進展できればいいんだがなぁ」

「せ、刹那さんも誰か好きなヒトがいるのか?」


 ぼやくように言った刹那さんに話題を向ける。

 あんまり深く突っ込まれると俺も、紅子さんも困るからだ。


「ちっとばかり懸想しててな。ただ、まあお相手が頑ななもんでね。あんたらを見てると羨ましくなってくんのよ。まあ、あれだ。俺なんかみたいな鴉のことは気にすんな」


 へえ、刹那さんも誰か想い人がいるわけか。誰だろうな。彼のことはよく知らないし、会ったのもクリスマスのときとアリシアのときに少しだけだし、接点のある人が分からない。

 ちょっと興味が湧いたが、突っ込んでほしくはなさそうにしていたので別の話題を出す。


 そうして雑談をしながら昼食の時間は過ぎていくのだった。


 俺も、紅子さんも、あまりお付き合い云々の話に持っていかれてしまうと互いに照れてぎこちなくなってしまうのでこれくらいがちょうどいい。


 紅子さんに「ほら、口開けてよ」と理想のシチュエーションなんかもされて喜んでから、皆の視線に気がついて二人で照れる。

 そんなことの繰り返しの午後だった。

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