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白蜘蛛の鬼

「なんであんたは心を集めるんだ!?」


 涼しげな目元をそのままに、白い蜘蛛の鬼は4本の鉤爪で赤竜刀を防ぐ。

 揺らぎもせず、体幹もブレず、圧し斬ろうとしている俺のほうが力負けして刀を弾かれた。


「っく」


 赤竜刀は打刀とはいえ、周りを気にしていないと柱に当たってしまいそうで慎重に刀を構えるしかない。俺がもっとこいつの扱いに慣れていれば手足のように動かして室内戦も物ともせずに対処できるんだろうが、長物武器の扱いはまだまだ慣れていない。

 いつもは外で思う存分に振るうことができるからこそ、なにも気にせず力押しができるのだ。

 技巧で攻められるほど俺は刀剣の扱いに長けていない。

 だからこそ二人には下がってもらったのだ。


「こころをあつめるのです」

「どうしてこころがほしいんだ。どうして!」


 答えてほしいと願いながら斬りかかる。

 しかし、白蜘蛛の鬼は答えない。


 一歩一歩詰めてくる彼女と鍔迫り合いを何度か交わし合いながら、俺は逆に押し戻されて部屋の隅まで追い詰められていく。

 そうはさせてなるものかと目線を泳がせ、なるべく端には寄らないように立ち回るが、力は圧倒的にあの鬼のほうが上だ。


「……」


 シュルルルと、糸が空を駆ける音を捉えて飛び退る。それから、鬼の手のひらから伸びている糸を掴んで引き寄せてやろうとしてみるが、みるみるうちに糸が紫色に染まっていき慌てて手を離す。毒液が滴り、木板の床に穴が空いた。


「ッチ」


 近づけない。届かない。届いたとしても力負けする。

 どうすればいい。


「……ふっ」


 攻めあぐねる俺に、チャンスと見たか鬼が駆けた。


「っぐ、こんのっ!」


 鉤爪と刀剣の鍔迫り合い。赤竜刀は軋みはするものの、折れることがない。

 けれど俺が支えきれないのでは意味がない! 


「おらぁっ!」


 鍔迫り合いをそのままに腰を低くして足払いをかける。

 蜘蛛鬼の少女が虚ろな目のままよろけ、均衡が崩れたことで彼女の鉤爪が一本、俺の横に突き刺さった。


 手を床に。

 そこを支点によろけた彼女の懐に向けて起き上がりながら思い切り赤竜刀を斬りあげる。


「……いたい」


 腹部の鉤爪を一本、二本と斬り飛ばしてから悪寒を感じて横に転がった。

 先程まで俺がいた場所に毒液による風穴が開けられている。ヒヤリとしたものが背中を流れていく。


「ねえさまは、どこ」


 首を傾げる少女に色々と疑問はあるが、今はあの子の持っている人形をどうにか確保しなければならない。


「いつも、あなたといっしょにいた。あなたはねえさまをしっているの」

「……は? どういうことだ。詩子ちゃんとは別に」


 そこまで答えてからハッとする。

 白い蝶と、赤い蝶。この俺でさえ一瞬同一人物かと見紛うほど魂が似ている二人。

 そういえば蜘蛛ってやつは色の識別ができないんだったか? しかし、白と赤ではさすがに識別くらいできると思うのだが……。

 もしかして、本当にもしかするのか? しかし、それならなぜ今まで詩子ちゃんは無事だったんだ。そこが分からない。

 彼女が祠に閉じ込められていることとなにか関係があるのか。


「ねえさまをかえして、おもいださないと」


 揺らぎもしない、平坦な声の蜘蛛鬼少女が向かってくる。

 今度は様子見もなにもない、本気で俺を殺しにくる動きだ。単純に早い。


「リンっ」


 視角と反射神経に集中する。


「あぐっ、くううぅ!」


 それからひと息に振り下ろされた残り二本の鉤爪を峰で受け、力負けしたせいで壁に向かって空中に押し出された。トドメとばかりに毒液が混ざった糸が伸びてくる。


「リン、右手に噴射っ!」

「きゅおー!」


 刀剣の状態で右手側に炎が噴射され、なんとか身を捻って糸を躱し、壁に足をつく。


「脚力強化!」


 今なら蜘蛛鬼は油断している。

 壁を踏み込み、その勢いを利用してリターン。空中で炎を噴射し、身軽に回転するように勢いを更につけて上段からの振り下ろし。

 防ごうとした蜘蛛鬼の鉤爪が二本とも両断され、始めて彼女は動揺を見せた。


「こうだっ!」


 着地して痺れる足を意識から外し、振り下ろした状態から赤竜刀の柄の部分で少女が左手に握っていた人形を弾き飛ばす。


「あ……」

「そっちに行ったぞ!」


 蜘蛛鬼が呆然とした表情で手を伸ばす。それを鞘で叩き落としてから横薙ぎに赤竜刀を一閃。


「わた、くし、は」


 不思議と虚ろだった少女の瞳に感情の色が浮かび上がる。

 絶望に彩られたそれに一瞬だけ俺は躊躇った。刃が鈍り、少女の体を両断しようとしていた赤竜刀の動きが止まる。


「っく、リン」

「きゅっ」


 竜化して少女から離れるリンを再び握り直し、距離を取る。

 今のが最大のチャンスだった。けれど、今回の目的は人形を確保することである。殺しきれなくても問題はない。


「こっちは大丈夫だよ!」

「封印札貼り付けましたー!」


 遠くに聞こえる二人の声にひとまずは安堵し、半分胴体が切れかかった少女の動きを観察する。見た目が美しい少女なので、夥しい量の血を流しながら絶望するその姿に、どうしても同情を寄せそうになってしまう。慈悲をかけてやりたくなってしまう。しかし、彼女は紅子さんを狙っているのだ。油断するわけにはいかなかった。


 昔の俺ならば、きっと女の子の姿をしたこの蜘蛛鬼を斬り刻むことなんてできなかっただろう。


「ねえさま、ねえさま、どこ。ねえさま、おもいだせないのです。どうしたら、おもいだせるのねえさま。どうしたら、こころをのぞくことができるのですか」


 大きな瞳からボロボロと涙を零す姿に痛ましい気持ちになる。

 人形が離れて、まるで自意識を取り戻したかのような少女に向けて赤竜刀を構える。


 目を伏せる。

 助けるだけが優しさではない。

 その命を繫ぎ止めることだけが優しさではない。


 死が救いとなることもある。

 ここで斬ってやることこそが、彼女への手向けになるというのなら。


「っ」


 その場で刀を振るって血を払う。

 それから構え直して、地を蹴った。


「きゅういっ!」

「なんだっ!?」


 リンの警告に足を止める。

 白蜘蛛の鬼の頭上から膨大な量の糸が降り注ぎ、絶望した鬼の少女を取り囲んで行く。まるで弱いものを食らうかのような、その仕草。

 咄嗟に手を伸ばそうとするが、リンにはたき落とされた。


 隣の竜は(たしな)めるような視線で俺を制する。

 今からでも薔薇色の炎で斬り払えないか、と思案するが首を振ったリンによって否定される。


 あんなにも悲壮な顔をした女の子が取り込まれていくのを、ただ見ているだけしかできないだなんて……! 


「令一くん! きっとあとでまた助けられるときがくるはずだよ! だから今は撤退するんだ!」

「目的は達成したんですからね! 引き際を見誤る男の人はサイコーに格好悪いですよ!」

「わ、分かったよ!」


 そうこうしているうちに神社全体が軋み始める。

 この神社の上に「ナニカ」がいるのだ。神社を、建物を軋ませるほどの巨大なナニカが。それはきっと蜘蛛。この偽物のおしら神の親玉である。


 走り出す。

 視界の端で天井を突き破るようにして超弩級の鉤爪が一本、振り下ろされてくるのが見える。


 ――いや、あれは鉤爪なんかじゃない。無数の、人の腕と肉塊が重なりあって鉤爪に見えるだけだ。


「透さん先に渡って!」

「ありがとう!」


 黒豹モードのジェシュは行きと同じく軽々と崖を渡っていく。

 万が一があるために先に透さんに渡ってもらって俺も吊橋を駆ける。

 背後からは瓦礫の崩れる音となにかが擦れるような蜘蛛のくぐもった声。そして、「死にたくない」と断続的に呟き続ける無数の人間の、呪詛にも似た声が響き渡ってきた。


「しまっ」


 踏み抜いた吊橋の板がズレる。

 そして蜘蛛の糸によって切断された縄が、吊橋が、落ちる。


 手を伸ばして離れていく縄を掴もうとするが、もう少しのところで俺の腕は空を切った。


「くっそ、ここで、終わるわけには……!」


 歯を食いしばる。

 血が滲むほどの必死さで手を伸ばす。


 脳裏に浮かぶのは一人の少女。

 今も俺の帰りを、無事を祈りながら待ってくれているはずの、恋い焦がれた少女の姿。


 ――約束。


 約束を破るわけには、いかない! 

 ゴリっと、肩の外れる音がする。それでも俺は縄を掴んだ。


「おうおう、旦那も無茶するねぇ」


 どうやって崖の上に上がるかを全く考えていなかった俺は、その声に安堵した。


「刹那さん」

「資料館で肩をはめ直してから再出陣かい。ったく、本当に無茶をしなさんな。あの子が泣くぜ」

「俺が死んだら、そのほうが泣かせちゃいますから」


 俺は「違いねぇな」とカラカラと笑いながら飛翔する刹那さんに抱えられ、助けられていた。崖のところまで戻ると透さんとアリシア達が心配そうな顔で俺を待っていた。


「ごめん、心配かけたな」

「そうですよ! あなたが死んだら紅子お姉さんになんて説明すればいいんですか! あたしそんなことするの嫌ですからね!」

「いろいろ面倒だもん」


 アリシアが苛烈に俺を叱り飛ばし、ジェシュはつまらなそうに顔を背けた。


「ごめんって」

「ほらほら、追って来ちゃうから早く安全地帯に行こう」

「透さん、乗ってください。ジェシュ、嫌がらないでね」

「……主の思うままにー」


 透さんが黒豹モードのジェシュに乗り、俺は刹那さんに抱えられたまま低空飛行で林の中を移動する。


 そうして、やっと俺達は資料館に帰ってくることができたのだった。

 玄関を開けて転がり込む。すると、玄関からすぐ、時計がある位置で行ったり来たりと歩き回っていた少女が反応してこちらを見る。


「令一さん!」


 そしてその大きな紅い瞳をいっぱいに開いて泣きそうな表情をすると、一目散に俺の元に駆けてきた。


「紅子さん」


 怪我をして立っている俺の胸に、遠慮するように彼女が柔らかく頭を預けてくる。そんなことをされてしまっては、痛みも吹き飛んでいくというものだ。


「おかえりなさい」

「うん、ただいま」


 なんだかくすぐったいやりとりにはにかんで、紅子さんをそっと抱き寄せる。

 抵抗されることなんてもはやなく、幸せな時間に笑った。


 ……ああ、生き足掻いて良かった。


 そう思える時間だ。


「ご飯を作ってあるから、しっかりと休憩してほしい……かな」

「うん、楽しみにしてたよ」


 儚く笑う紅子さんと寄り添いあって、笑い合う。

 さあ、最後の決戦に向けて……ちょっとした休憩と、詠子さんの想いを覗くお仕事。そして、食事だ。


 俺達は、注連縄の結界で守られた資料館の中で、そうしてひとときの平和を噛みしめるのだった。

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