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霧満ちる人形神社

 流れてゆく景色の中、いよいよ吊橋まで辿り着く。


「……気持ち悪い」


 吊橋は沢山の蜘蛛達によって様子が一変していた。

 木の板でできた橋は全体が蜘蛛糸に覆われ、どう頑張ってもあそこを通る際に足を絡め取られる未来が見える。


「ここで、諦められるかよ」


 研ぎ澄ませ。決意を。

 俺の心と呼応するようにチラチラと燃え上がる薔薇色の炎が勢いを増す。

 そして、ありったけの決意を込めて全力で赤竜刀を投げた。


 橋の手前に突き刺さった赤竜刀は、吊橋を覆い隠す蜘蛛の糸の端から勢いよく燃え上がり、薔薇色の炎が吊橋全体を覆い隠すほどまでに膨れ上がってその糸を、そして周囲の白霧さえも焼き尽くす。

 もちろん、霊的にできた炎なので建造物である吊橋には影響を及ぼさないが、橋全体が透明度の高い炎で燃え上がる光景は圧巻で、なによりも美しかった。


 そして吊橋から糸を一掃している間に俺の元へ飛び交ってくる蜘蛛は鞘で叩き落とし、回し蹴りで蹴り飛ばし、糸は体を逸らして半身になって回避する。

 それから、同時に来たやつから身を躱そうとしたとき、頭上を黒い影が駆けた。


「グルルルルァ!」

「えいっ!」


 ジェシュに乗ったアリシアだった。

 蜘蛛をその前足で押し潰して圧殺する黒豹と、複数の蜘蛛の眼窩を狙いすましたように集中して突きを繰り出すアリシア。完全なる素人のはずなのにこの子の戦闘センスは正直おかしい。透さんといい、アリシアといい、仲間になった人間は皆頼もしいな。


「リン、戻れ」

「きゅいんっ」


 吊橋の蜘蛛糸を焼き尽くして来たリンが手元に収まる。

 それから背後を確認してから吊橋をすぐに渡りきった。黒豹化したジェシュは広い崖を軽やかに跳躍して一息に着地する。

 透さんも決して遅いということはなく、吊橋を渡りきって今度は先行し始めた。


「奥に行くにはこっちから回った方が早いよ!」

「ああ、分かった!」


 勿論神社の中も、そしてその外観も蜘蛛の巣だらけだ。晴れた日に見た様子とまるで違う有様に鳥肌が立ってくる。

 外側からぐるりと中央へと向かおうとする彼の隣、障子に映った影に俺は動き出そうとして、しかし同じように神社の中から伸びて来た蜘蛛の腕にバランスを崩されてそちらの対処にかかりきりになってしまった。


「透さんっ! 右!」

「おっと」


 透さんが飛びすさり、そのすぐあとに黒豹が宙を舞い、そこから飛び降りたアリシアが障子越しに十字架ナイフを突き立てた。


「あたしにだって、できるんですよ!」


 暴れていた蜘蛛の足が動きを止め、霧になる。


「ふふっ、中身までぶっ刺してやりました」


 目を見開いてともあれば狂気的な赤い瞳をする彼女に、少しだけゾッとする。

 ああ、そう言えば彼女は血塗れのアリスだったな。戦闘狂の気でもあるのか、アリシアは笑ってナイフ片手に次の標的を目で探す。


「ありがとう、アリシアちゃん」

「どうってことないですよ! あたしは強くなるんです。お姉ちゃんを守るために、紅子お姉さんも守れるように!」

「主、背に乗って」

「うん!」


 ジェシュはその牙と爪で、アリシアは彼を踏み台にするように跳躍し、足りない筋力を落下速度で補い蜘蛛を串刺しにしていく。

 空中に糸で吊るされた蜘蛛も彼女はそうやって滞空し、十字架ナイフで急所の眼窩を貫いてから落下する。絶対に地面に激突してしまわないよう、ジェシュが迎えに来ると分かっていての行動だ。


「格好悪くちゃだめだよね、うん」


 透さんも先行しながら、段々と大柄になっていく蜘蛛を蹴り飛ばす。眼前に迫りくるそれになにかのスプレーを噴射して目を潰し、動きを封じて足技で対処する。


 頼もしい二人と共に俺は神社の最奥へ。

 人形だらけのはずな神社は、ほとんどその人形が消えている。歩きやすいといえば歩きやすいが、あれら全てが今蜘蛛になっているのだと考えるとゾッとした。

 それに、蜘蛛の体を構成するのは犠牲者達の腕や頭蓋骨、心臓に脳みそ。そして肉塊。そういうものだ。


「いったい、どれだけの人が……!」


 そう思わずにはいられなかった。


「土足でごめんなさい!」

「透さん、そこ気にするとこじゃない!」

「いいんですよ! あっちが先に襲って来て無礼してくるんですから!」


 無礼する、とは。


「あっはっはっ、俺達はみんなこんなときでも変わらないね!」

「それ、あんたが言うことじゃないと思うんだが!」


 一番マイペースなのは透さんで間違いないだろ! 

 ツッコミを入れつつ視線を巡らせて神社の中へ。その中央には、いっそう大きな……大型犬よりもなお大きい蜘蛛が一体。


「多分あれだね」

「中の人形は壊しちゃダメなんだよな……どうするか」

「刹那さんから封印札? ってやつはもらってるよ」

「準備がよろしいことですね」

「話の流れくらいは想定してたんじゃない?」


 アリシアと透さんのやりとりで天井を見上げる。

 室内戦か。アリシアは機動力が削がれるし、俺も二人がいたのでは満足に赤竜刀を振るえない。


「ここは、俺に任せてもらってもいいか?」


 二人が視線を合わせて頷く。


「俺が人形を取り出す。だから透さん達は隙を伺って封印札を貼ってくれ」

「分かったよ。俺達は邪魔にならないようにしておく」

「任せましたよ!」


 会話をすぐに切って、前に進む。


 ――キチチチチ


 蜘蛛が嗤い、そしてゆっくりとその体を起き上がらせていく。

 蜘蛛の足2本で立ち上がり、残り6本を上げて腹を見せる。

 しかして、巨大蜘蛛はその頭蓋骨からシュルシュルと糸を吐き出して自らを覆っていく。


「守りに入った……? 逃すかよ!」


 踏み込み、赤竜刀で袈裟斬りに。


「なっ」


 繭のように覆われたそれを斬り捨てれば、その中から尖った爪のようなものが伸びて来て咄嗟に首を逸らした。

 俺の頬を掠めていった鋭い鉤爪が繭を破り、そして俺達の前にその姿を現わす。


「君は……」

「こころを、あつめるのです」


 菫色を帯びた黒髪、虚ろな瞳。そして、夢で見た詩子ちゃんの妹さんと似た顔立ちに広がる青い隈取り。真っ白な着物の側面は破れ、腹にあたるそこから4本の異形の鉤爪が広がっている。

 本来の腕に抱えているのは大きな人形。


 足元は裸足で、その頭には片側だけ伸びた鬼のようなツノとが生えている。

 着物の上には、蜘蛛の残りの6つの目を想起させる赤くて丸い飾り紐がついていた。


「詠子……さん」


 虚ろな瞳のままに、彼女はその口を開ける。


「こころを、あつめなければなりません」


 鋭く尖った牙からは紫色のヤバそうな液体が滴り、床をジュッと音を立てて溶かす。


「ねえさまのことを、わすれないために」


 そうして、詠子さんは俺を真っ直ぐと見つめていた。

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