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仙果の効能

「おう、旦那。起きてていいのかい?」


 桃らしきものを持ったまま、刹那さんが言った。


「もう一度寝ようとしたらそれはそれで痛いっていうかな……」


 一度起き上がらせてしまったので、下手に身をよじろうとするときつい。


「おー、そうか。アル殿からキッチリと薬は貰ってきた。それと、終わったあとの救援も頼んで来たが……まあ多分、すぐには寄越されないだろうなあ……」

「え、なんでですか?」


 刹那さんが目を逸らす。

 説明しあぐねるように彼はあー、だとかうーだとか言うと、チラリと俺の肩に乗ったリンに視線を移してため息をついた。


「あんたの成長のためには救援は余計なんだと」

「でも、それで紅子さんが危ない目に遭ったらどうしてくれるんですか!」

「……悪ぃな。俺も色々言ってみたんだが、『今のままじゃニャルくんの呪いに太刀打ちなんてできないけど、いいの?』って言われちゃあ、あんたもなんにも言えないだろ?」

「……それは」


 言い淀む俺に刹那さんは苦笑して言葉を続ける。


「これは伝言なんだが、あんたは守るべきものがあるときのほうが伸びがいい。普段の鍛錬じゃ、その刀剣の力を引き出せねぇだろ。なんせ、格上相手にこそ効果がある武器だからな。心当たり、あるんじゃないかい?」


 思い出すのは、先での戦い。

 俺は直感に従いながらリンと視覚を共有するようになり、温度を見ることで霧に紛れた蜘蛛を見分けた。それにリンの刀剣化と竜化で使い分けたり、決意を炎に変えて蜘蛛の糸を焼き切ろうとしたのだって初めて行ったことだった。

 それらは全て戦いの中での思いつきで行動し、そして実現させたことである。

 普段鍛錬していたとしても、きっとその発想の一端も出てこなかったに違いない。


「……一理ある」

「だろ? ま、やれるだけやっておけばいいんだ。俺はまるで役に立たんからな。また空で様子を見ながら道具を使って支援してやるさ」


 彼が言うには、烏楽(うがく)の鴉天狗は総じて戦闘能力と言えるものがないらしい。その代わり他者を惑わす術に長けているが、害することができない。

 だから彼は情報を集める新聞屋をしながらいくらかの監視役も担っているんだとか。


「それで、鴉のお兄さん。薬は? もしかしてその桃が?」

「そう焦んなって。まずは忠告だ」


 刹那さんは桃のような果物を手にしたまま俺に差し出すと、指を一本立てて口を開く。


「これは仙果。豊穣神の神使(しんし)が大切に、大切に育てた霊力たっぷりの果物だ。そう、これを食えば豊富な霊力が循環して体の痛みなんて気にならなくなるほどな」

「……それって薬と言うより、なんだかドーピングみたいだね」


 透さんが困ったように言う。まさにその通りだ。

 刹那さんが忠告するということはつまり、デメリットがあるということなのである。


「普通はこれをすり潰してジュースにするなり加工するなりして痛み止めにしてるらしいんだが、あんたの症状を話したらこれをそのまま持っていけと言われちまってな。これを食えば二日くらいは痛みと無縁になれる。が、その後は痛みが三倍になって帰ってくる代物だ。効果はテキメン。だが使い続けないと意味はねぇ。元々は神々の食いもんだからな。貰えたのは一つだけだ」


 刹那さんの金色の目は俺に「それでも食うか?」と問いかけている。

 確かにデメリットが重い。


 ……けれど、それがなんだ。この場にいるアリシアは肺を貪り食われる痛みを耐えきった。俺だって、覚悟を決めることくらいできるんだ。


「貰おう」

「お兄さん、安心して。お兄さんが反動の痛みで動けなくなったらアタシが付きっ切りで看病してあげるから。そう言えば、頑張れるかな?」

「あはは、もちろん」


 これは俄然やる気が出るな。

 こんな紅子さんは今のうちだけだ。堪能しておかなくちゃ損だ損。


「ま、旦那ならそう言うと思ったよ」

「いただきます」


 受け取って、どう見ても桃にしか見えない果物をかじる。

 いや、桃じゃん。味も普通に桃だった。育てかたが特殊だとか、そういうことなのだろうか? 


 でも、一口かじるたびに体の痛みが引いていくのを実感する。

 半分ほど食べ終えれば、既に折れていたはずの(あばら)の痛みも、貫通していた左手も動けるようになっていた。


「すっご……」

「痛みがねぇだけで大怪我なことは変わらねぇからな。それだけは忘れるんじゃねーぞ、旦那」

「ありがとう、刹那さん」

「痛みがないからって触覚がなくなったわけじゃねぇ。今の大怪我が緩和されてるだけだ。これから受ける怪我や痛みは緩和されないのを覚えておけよ。桃一個じゃ既にある怪我の部分に霊力を回すのにやっとのはずだからな」

「それでもありがたいよ……これでリンとまた戦える」

「きゅう」


 肩に乗ったリンが嬉しそうに鳴いた。


「それじゃ、そろそろかしら?」


 華野ちゃんが言う。

 俺は左手を握ったり開いたりして違和感がないことを確認し、立ち上がった。


「そうだな、そろそろ行くか」

「それじゃあベニコ。あんたはこっち。料理教えて欲しいんでしょ」

「あ、うん。ありがとう華野ちゃん」

「ふんっ、村の不始末を他所(よそ)のあんた達に任せるんだもの。これくらいは当前よ」


 華野ちゃんもまったく、素直じゃない。

 出て行こうとする紅子さんと目が合う。その瞳は心配そうに揺れていたが、俺は笑って軽く手を振る。

 すると彼女ははにかんで同様に手を振った。


「行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」


 俺達のやり取りを眺めていた透さんとアリシアが立ち上がる。

 そして、二人がいなくなったあとの部屋で三人揃って真剣な瞳で意思を確認しあった。誰一人として怯えを滲ませた人物はいない。

 ただあるのは闘志。そして、守りたいという意志。


「作戦……開始ですね」

「ああ」

「頑張ろうね」


 アリシアの言葉とともに歩き出す。

 刹那さんはそんな俺達を一瞥してから、窓から外へ出ていく。しっかりと閉じられたそれに鍵をかけ、俺達も外へ向かう。


 作戦はただひとつ。

 蜘蛛を蹴散らしながら神社を目指し、詠子さん本人か、彼女の人形を探すこと……だ。

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