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偽物のおしら神

「まずは結論から言わせてもらうぞ」


 全員をぐるりと見回し、俺は言う。


「神社の神様は、偽物のおしら神だ。そして、本物のおしら神は……」

「詩子ちゃん、だね」


 透さんが俺の言葉を受け継いで頷く。


「詩子が?」


 それを受け、華野ちゃんが目を丸くして驚いていた。

 無理もないと思う。俺達は外からやってきて思い込みが強くなる前に白い幽霊と神社のナニカについて紐解くことができたが、華野ちゃんには長年で染み付いた思い込みというものがあった。それはある意味で信仰のようなものである。だからこそ、あの神社のナニカは力をつけて厄介になっているのだ。


「昨日……俺は詩子ちゃんの記憶を視た。多分、鈴の記憶と薔薇色のウロコの記憶を視たから……それがきっかけだったのかもしれないが、ともかくなにがあったのかを視た」


 そうして説明するのは、詩子ちゃんには元々予知する力と人を治癒する力があったこと。予知の内容は覆すことのできないものだったこと。そして、ある日妹が予知で亡くなることを知ってしまったこと。

 アルフォードさんと出会い忠告されたものの、それを聞かずにいた彼女は黒い法師の入れ知恵によって『神様』として祀り上げられることになってしまったこと。

 そして『神様』になれば予知を覆せるかもしれないという希望を持って、自ら罠だと知りつつも死地へと向かったこと。

 それでも、痛みと苦しみで祟り神となってしまったこと。


 剥がれ落ちていく記憶を繋ぎとめながらも、妹の命を救い、予知を覆したこと。


 それら全てを……語った。


「それで本当に神様になってしまうのだから、人間ってすごいねぇ」

「ふっふっ、どんな聖人でも死ぬときは怖いし、神を呪うものなのさ」


 目を細めた黒猫が嗤う。


「こらっ、あなたはジェシュでしょう。引き摺られないの」

「……うむぅ、ごめんアリシア」


 しかし不快気な表情をした華野ちゃんにいち早く気づいたアリシアが、膝に乗せたジェシュの頭を軽く小突いて叱った。

 どうやら今の言葉は邪神としての心が動いて出たものらしい。普段と殆ど変わらない黒猫だからこそ、たまにこうして邪神らしい場面を見ると緊張するな。

 気配は神内と同じものだから、俺としても落ち着かない。


「なら、あのおしら神様はいったいなんなのかしら?」

「あれは恐らく……身代わり雛の付喪神と、詠子さんだと思う。紅子さんを襲いに来ていた女の子が、夢で見た詠子さんとそっくりだったからな。それに、詩子ちゃんとも似ているし、ちょうど髪の色が華野ちゃんとも似ていた」


 菫を想起させる黒髪。矛盾しているようだが、そんな髪がこの子達の特徴だ。血筋なだけによく似ている。


「詩子の妹さんが……? どうして偽物の神様なんかに」

「それに、まだ彼女達が〝心〟を欲する理由もはっきりしないね。令一くんが頑張ってくれているから、手がかりはかなり多いと思うんだけど……」


 本当にな。

 俺が月夜視をできるようにならなかったら、訳もわからず神殺しを成し得る必要があったかもしれない。

 それを考えると、アルフォードさんは俺が才能を開花させることを分かっていて派遣したとしか思えない。あのヒト、一体どこまで見透かして行動しているんだ。

 今回、初めてアルフォードさんのことを俺は怖いと思った。神様だというのは理解していたが、あまりにも人間臭いから実感は湧いていなかったのだ。

 まだまだあのヒトのことを知らなさすぎた……ということみたいだ。


「俺達じゃなかったら、詰み……か」

「ま、それだけ信頼してくれてるってことだよね。ここの神様は範囲が限定的だからまだなんとかなってるけれど、祟り神だから街に行ったりしたら大変だし……多分最善手として令一くんを選んだんだよ」


 そう言われると照れるが、現段階で大怪我をしている俺がこれ以上役に立てるかどうかは微妙だな。


「付喪神のほうの目的は〝死にたくない〟ってことだから、自分達が本物に成り代わってやろうって思っていても……まあ所詮知識の浅い付喪神だからありえなくはないかな。狭い世界で生きていたから、持ち主に成り代わったりなんてしたら存在意義の損失で消滅しかねないってことは知らないかもしれないよ。普通は本能で分かるはずなのだけれど」


 紅子さんが解説代わりに推測を話す。

 しかし、そうなるとますます〝心〟を求める理由が不明瞭だな。


「っていうことは、心を欲しがっているのは人形じゃなくて詠子って人になるんじゃないですか?」

「……ああ、なるほど。そうなるね」


 透さんが頷く。

 俺達も納得してアリシアの推測を受け入れた。


「それぞれ別の目的があるのかしら……それとも重なり合っているのか」


 悩ましげに華野ちゃんが唸る。

 もう彼女の中では詩子ちゃんこそが神様だという認識に切り替わっているだろう。元々詩子ちゃんとは交流があったわけだし、姉のように慕っていたのならその信仰は大きく作用する。詩子ちゃんの力になってあげられるはずだ。

 これが全て終わったあと、詩子ちゃんは彼女を拠り所にするだろうし……そうしたら同盟で保護することになるのかな。


「手っ取り早いのは、レーイチがエーコを月夜視することだよね? 神社にエーコの人形があればできるんじゃないのー?」


 ジェシュが口を開いて、そんなことを言う。


「お兄さんが最後の一撃を食らわせたときに鈴と組紐が落ちたと思うんだけれど、それは?」

「今、ここにあるか?」

「うん、これ」


 シャラン。鈴が鳴る。組紐は確かに、詩子ちゃんのものとそっくりだった。

 紅子さんから受け取って集中してみる……が。


「……視えない、な。なんというか、空っぽ……っていうのか? 中身がないみたいに、なにも視えない」


 まるで中身がどこかに移されているような、そんな感じだった。


「そっか……なら、やっぱり神社の人形なのかな」

「これの記憶が視えない以上、それが一番だとは思うけれど……俺、歩くのも今はきついから役に立てそうもないんだが」

「そのためにカラスを使いに出してるんじゃないの?」


 ジェシュの言葉に目を丸くする。


「カラス?」

「あ、言ってなかったね。前に会った鴉天狗のお兄さん、いるでしょ? あのヒトがキミの怪我をなんとかするための薬を萬屋に取りに行っている最中なんだよ。どうやら最初から監視されていたみたい」


 紅子さんの言葉に納得する。

 そうか、そりゃそうだよな。俺もまだまだ未熟だし、本当にこの村の問題を解決できるかアルフォードさんが見張っていないわけがないか。

 ということは、俺や紅子さんがこうして無事に資料館に戻って来れたのも彼……刹那さんのおかげか。助かった安堵で、誰が助けてくれたのかという点をすっかり失念していた。


 確かに意識を失う前、彼の声を聞いた気がしたな。


「あれ、でもアルフォードさんの声も聞こえたような……?」

「あー、なに言ってるの? 助けてくれたのは鴉のお兄さんだけだよ。萬屋の道具で蜘蛛達を目潰ししてアタシ達を資料館まで誘導してくれたんだ」


 紅子さんの目が泳ぐ。なにかまた隠していそうだが……そう思って視線を透さんやアリシアに向けてみるが、透さんはホケホケと笑っているだけだし、アリシアも目をサッと逸らしてくるし……皆でなにかを俺に隠していることは一目瞭然というかな……まあ、言えないことならそれはそれで仕方ない。

 少なくとも知らなくて不味いことを隠しているわけではなさそうだし。


「そういうことにしておく。なら、あとは刹那さん待ちをして、俺が回復したらもう一度攻めに出る……と。そういうことでいいのか?」

「そのときはあたしも行きます。神社に行って詠子さん本人か、詠子さんの人形を探せばいいんですよね」

「そうだね。アタシは――」

「約束」

「……うん、約束は守るよ。無茶しない」


 バツが悪そうに紅子さんが目を逸らす。

 紅色の瞳は自分自身の不甲斐なさを責めているように揺れていた。


「役割分担だよ。紅子さんは俺が無事に帰ってくるように祈っていてくれよ。君に応援されたら俺も力が出る。それでもなにかやりたいって言うならそうだな……えっと、華野ちゃんと一緒にさ、紅子さんの作った料理が食べたいなって」


 待っているだけでは絶対に納得しないであろう彼女に提案する。

 こういう、後に続けるための会話は死亡フラグってやつなんだろうが、そうはさせない。

 紅子さんは俺の提案にびっくりしたように目を見開くと、不安そうな表情をした。


「いいの? アタシ、そんなに得意じゃないよ。だってお兄さんのほうが料理上手いのに」

「なに言ってるんだよ。好きな人が作った料理はどんな店のよりも美味いに決まって……」

「……」


 俯いてしまった。


「しまった、今のなし。まだ告白なんかじゃないからな。口を滑らせただけで」

「……分かってる、よ…………この卑怯者」

「と、とにかく……紅子さんの手料理が食べたいから作って待っててくれ」

「これ、わたしいらないんじゃないの?」

「待って華野ちゃん。アタシ本当に不器用だから、ほんの少しでいいからやり方を教えて……この際、みっともない料理なんて出したくないから」

「あ、あたしも紅子お姉さんの料理は食べたいですからね! 楽しみにしてるんですから!」

「ありがと、アリシアちゃん……」

「はわっ、紅子お姉さん可愛いすぎます……恋する乙女が綺麗になるってこういうことなんですね……」


 呟くアリシアに、ますます紅子さんは縮こまって首を振った。

 もう赤いところがないんじゃないかってくらいに照れて俺達の輪から外れて壁に向かってしゃがみこんでいる。


「こんなのアタシじゃない……っ!」

「そっとしておいてあげようね」


 透さんの言葉に苦笑する。誉め殺しにしすぎたかもしれない。全員本音でことを言っているからこそタチが悪いな。


「透さんはどうする?」

「俺が一番奥まで神社を見ていることだし……多分詩子ちゃんに似ている人形にも心当たりがあるよ。詩子ちゃんの人形が祠にあったのなら、神社にあったのはきっと妹の詠子さんの物だと思う。案内するよ」

「えっ、大丈夫なのか? あの蜘蛛……結構厄介というか」

「うん、いけるいける。君たちの邪魔にならないように立ち回ればいいんだよね? 自分に降りかかる火の粉くらいはちゃんと払うよ」


 一般人、とは。

 この人本当に一般人なんだよな? そうなんだよな? 慣れすぎじゃないか? 


「まあ、なんとかなるよ」

「そ、そうか」


 断れないなにかを感じる。

 ……と、ここまでで作戦はある程度決まったな。


 紅子さんと華野ちゃんはお留守番。

 俺とアリシアとジェシュ、それに透さんで神社に特攻。


「月夜視のために人形を手に入れたら、あとはすぐに戻ろう。万全な状態で偽物のおしら神には挑むんだ。いいな?」

「分かりました。目的のものを入手したらすぐに蚊トンボ返りですね」

「アリシアちゃん、蚊トンボじゃなくてトンボだけでいいんだよ」


 そこ、今気にするところだったか? 


「ああそうだ、華野ちゃん。聞きたいことがあったんだけど」

「なにかしら?」

「その……今日、霧が出てあの神様が出張ってくるのって前から分かっていたのかなってさ」


 村人達が外に出ていなかったことといい、タイミングが良すぎる。もしかしたら霧が出ている日は外に出てはいけないなんていうルールがあるのかもしれないが、華野ちゃんから注意されたのは霧が出ている間は吊橋を渡ってはいけないという話だけだし、辻褄が合わないんだ。


「知ってたわ」


 息を飲む。


「土砂崩れの予知が、詩子とおしら様、どちらからもあったから」

「……ちなみに、予知を受けた人の名前は?」

「名前? えっと確か……加賀村(かがむら)青磁(せいじ)だったかしら」


 その名前は、あの人形神社でぬいぐるみの背中から飛び出していた木の板に書いてあったものと同じだった。

 辻褄が……合ったのである。


「そうか」


 ということは、屋根の上で解体されていた人は……いや、気にしても仕方ない。華野ちゃんだって、悪意を持って隠していたわけじゃないだろうし。


「じゃあ、後は刹那さん待ち――」


 そこで、窓がコツコツと叩かれた。

 それに反応して窓を見ると、そこには一羽の鴉天狗。大丈夫、本物だ。

 窓を開けて招き入れ、すぐさま閉めきる。

 華野ちゃんがますます頭が痛そうにしていたが、もう慣れてくれとしか言えない。


「お、旦那もお目覚めか! 良かった良かった、薬届けに来たぜ」


 そう言って刹那さんはにこやかに手に持ったカゴから桃を取り出したのだった。

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