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指切りげんまん

「ずっと、ずっと、不思議だったんだ。紅子さんは奪われるのが大嫌いで、優しさが大嫌いで、俺はいつだって君にとっては不合格。なんでなんだろうって思ってた。今までは、知らないままでもいいって思っていたことだよ。傷つけるくらいなら見ないふりをしようと思ってた」


 額を合わせ、目を瞑ったままに呟く。

 すると、すぐ間近で彼女の細い声が独白するように囁いた。


「ずっと知られたくなかった。そう、キミにだけは。アタシはか弱い女の子なんかじゃないって思っていてほしかった。弱いアタシなんて、見てほしくなかった。他の誰よりも、キミにだけは……それは多分、受け入れられなかったらどうしようっていう不安があったから」


 目を瞑ったまま。一番近くにいるはずなのに、遠く、遠い位置から歩み寄るように言葉を交わし合う。


「君を受け入れる決意なんてとっくにしていた。でも、踏み込むのが怖かった。俺が踏み込んだら最後、紅子さんの心まで傷つけて、それでこれまで通りの関係でいられないのかと思ったら、一歩も進めなくなった」


 他愛ないことで笑って、からかわれて、からかい返して……好意を真っ直ぐとではなく、回りくどく曲げて伝える関係。そんないつも通りの関係が崩れてしまうことを俺は恐れていた。


「キミは優しいから、きっとアタシを拒絶しないことなんて分かっていたよ。でも、あいつらのようにキミの優しさにつけ込んで、縋り付きたくなるアタシ自身が許せなかった」

「それはな、優しさにつけ込む……とは言わないよ紅子さん。それは、甘えるって言うんだ。利用する、しないは関係ない。信頼の証だ。人は一人で生きていくことはできない。だからこそ支え合うんだって言うだろ? そして、それはきっと間違いなんかじゃないんだ」


 目を開く。

 紅子さんは瞼を震わせて、しかしその美しい紅色を見せずに歯を食いしばっている。嗚咽を堪えるような仕草、目尻から僅かに流れる雫。

 ああ、また泣かせてしまったなんて思いながら彼女を見つめる。


 目を瞑ったまま、座っていても俺を見上げるような形になる彼女の表情。

 どうしようもなくその頬や額に口を寄せたくなる気持ちをグッと押さえつけ、右手を頬に添える。

 ピクリ、とほんの少しだけ震えた彼女は覚悟を決めたように目をぎゅっと瞑っている。

 でも、でも……だ。そういうのはさ、やっぱり許可を得てからというか……覚悟を決めている紅子さんには悪いが、ここは俺が我慢するべき場面だと思うんだよな。


 だから――。


「んっ」


 頬から右手を離し、人差し指と中指をくっつけて彼女の唇に触れてその上から口を寄せる。

 そしてバッチリとその紅い目を開いた紅子さんと目が合い、みるみるうちにその顔が朱に染まっていく。


「れ、令一さん……このっ、意気地なし……っ」

「ごめん、ほら、まだ付き合ってもいないし……そのときは、まだなんだろ?」

「こんのっ、童貞! 夢を見過ぎなんじゃないかな!?」

「紅子さんだって経験ないくせに。いつもは夢で襲われても逃げてるんだろ?」

「――っ、赤いちゃんちゃんこっ、着せてやろうかなぁ!?」

「先に下ネタ言ってきたのは紅子さんだろ!」

「うるさいっ、くそっ、もうっ、こんなのアタシじゃないっ!」


 グルグルと目を回して頭を抱える彼女に苦笑する。

 俺達も随分と進歩したなあ……なんて思いながら。

 相変わらず左肩は動かないが処置してくれた人がいたのか、極端に動かそうとしなければ不思議と我慢できる痛みだし、紅子さんもその辺は配慮してくれているようで言葉で遊ぶだけに留まっている。

 元々口だけで暴力に走るような子ではないが、俺も散々に煽っているため一回引っ叩かれるくらいは覚悟していたわけだが……彼女のその自制心はさすがと言える。


「どうせ応えてはくれないだろ?」

「……うん」


 視線を逸らす。

 分かっている。だから、肝心なことは後に残しておくべきだ。

 彼女を完全に囲い込んで逃げられないようにしてからでないと、告白した途端に手の中から逃げ出してしまうから。

 ……そう考えると、俺も中々にひどいことをしている。やっていることはもしかしてあの蜘蛛達と変わらないんじゃあ……いやいやいや、そんなことはない、よな? 


「とにかく、俺はちゃんと約束を守るよ。君を守りたい。守らせてほしい」

「本当にクサい台詞。よくもそんな言葉を恥ずかしげもなく言えるねぇ……」


 ふいっと顔を背けて、そしてくすりと笑った紅子さんがふわりと、軽く軽く、正面から俺に身を預けてくる。

 痛みが走らないようにと、本当に軽く。顔を寄せて擦り寄るように。


「こんなに愛されちゃったんじゃあ、仕方がないかな」


 どこかの誰かさんが言った言葉を借りて彼女が微笑む。

 彼女自身の言葉ではなく、他人の言葉を借りたそれにもどかしさを感じつつも俺は受け入れる。


「だから、紅子さんも無茶しないように」

「約束してもいいけれど、ひとつ付け加えさせてもらうよ」

「なにがお望みかな?」


 目を閉じて猫のように甘える彼女に尋ねる。


「令一さんも、もう無茶をしないように。キミが死んじゃったら、きっとアタシはもう生きていけない」


 ――もう、死んでるんだけれどね。


 そんな風に自嘲する紅子さんに「分かった」と返事をする。


「約束だ。俺は君を守るよ。そして、もう無茶をしないし、死んだりしない」

「約束。アタシは守られて、大人しくしている。無茶もしない」


 俺の懐の中から身を起こして、紅子さんは小指だけを伸ばして右手を差し出す。それに俺の右手の小指を絡めて指切りげんまん。


「怪異との明確な約束は絶対だよ? いいの?」

「分かっていてやってるんだよ」


 それは一種の契約のようなもので、破れば怪異は誓いを破った相手を害することができる。悪魔の契約と一緒だ。

 でも、破っても紅子さんなら精々一発殴られるくらいかな。


「残念、破ったりなんてしたら恥も外聞もなく、人前で泣き喚いてやるんだから」

「あー、それは絶対に破れないな」


 紅子さんの他人に見()られた()くない()表情()は、俺だけが知っていればいいんだ。

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