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人柱の神様

「来ましたね! ……あれ、どうしたんですか?」


 キリッとした顔で出迎えたアリシアは、俺達二人を交互に見ると首を傾げた。

 さっきの蜘蛛のことで少し緊張していたからかもしれない。いや、それとも紅子さんが毒を吸い出すためとはいえ手に口づけたことで俺のテンションがおかしくなっているのか? 


「なにかあったの?」

「あー……と、さっき視線を感じてねぇ。その主だった蜘蛛にお兄さんが噛まれちゃって、少しわたわたしていたんだよ」

「蜘蛛! 大丈夫ですかしも……令一さん! 噛まれた部分ごと削ぎ落とせば解決しますか!?」

「いや物騒だな!?」


 紅子さんのフォローに混乱したアリシアがとんでもないことを言い出した。

 なんだこれ。


「ダメだよアリシア。やるならボクがこの爪で綺麗に剃り落として……」

「物理的に取り除く方法しかないのかこのペットと飼い主!」

「えっと、もう毒はなんとかしたから、心配しなくて大丈夫かな……それより重要な文献って?」


 ナイス紅子さん。助かった。


「あはは、アリシアちゃんって面白いよね。でも冗談にしても、あんまり無茶言っちゃダメだよ?」

「面白いで片付けていい問題じゃ……」


 まあ、注意してくれるならそれはそれでいい。


「はーい」


 アリシアはいちいち考えが極端だ。それを悪いことだと言うつもりはないが、たまに怖くなることがある。下手したらレイシーよりも赤の女王様っぽいかもしれない。血塗れのアリスだったわけだし。


「それで、文献だね? これこれ。大昔の記録帳……みたいな感じらしいんだよね」


 透さんが取り出したのは、やはりビニールで保護された書籍だ。

 文字が書いてあるのは分かるのだが、さすがに古い上に崩し字なので俺には読めない。


「これは序文を読む限り、どうやら予知についての文献らしいよ。村で起きる災厄についての記録と、予知をした人物について、それから神様について」


 ここ一、二時間で解読したにしてはやけに詳しいその情報が彼の口から飛び出していく。


「読んだっていっても、流し読みしただけだからね。最後のほうの、重要そうなところだけピックアップして解読してみたんだ」

「いや、十分にすごいよ」

「そうかな? ありがとう」


 俺が褒めれば透さんは朗らかに笑う。

 やっぱり見た目と雰囲気が決定的に違っている人だな。

 こんなにフレンドリーなのに、初対面では近寄りがたさまで感じるような真面目っぽい見た目だし。

 初対面で不良だと思われる俺とは真逆だろうか。


「それじゃあ、まずはそのまま読むよ。あ、でも……覚悟はしておいて」

「どんな内容かさくっと聞かせてもらえるかな?」

「一言で言うなら……残酷な話、だね。ちょっと特別な女の子を神様にするために、酷い目に合わせるんだ」


 それで、察した。

 そして同時に疑問が湧き上がる。この村の神様像はなにかがおかしい。

 村の人達は神社の問答をする神様を「おしら様」だと言っている。華野ちゃん自身も、詩子ちゃんはただの幽霊であって神様とは関係ないように語っているんだ。

 なのに文献の中では、俺の見た記憶の中では、まるで詩子ちゃんが「予知」をする神様のように扱われている。


 神社の神様と、神様扱いされた白い少女。

 いったい、どちらが本当の「神様」なのか。それともどちらも「神様」なのか、判断がつかない。

 これは……かなり複雑な事情が絡んでいそうだ。


「……分かりました。聴きます」


 ごくりと喉を鳴らしてからアリシアは言う。

 透さんが忠告していたのは多分彼女に向けたものだろうから、これで文献の内容を全て聴くことができるだろうな。

 アリシアも覚悟を持ってこの問題に向き合っている。聴く権利はあるだろう。


「それじゃあ、読み上げるよ。あとで翻訳してまた言うから、とりあえず雰囲気だけでも感じ取ってほしいな」

「分かりました」


 全員頷いて、彼の言葉に耳を傾けた。



 大雨と土砂崩れが相次ぎき。

 それら全てを「たこ」予知せり。

 もしやたこが引き驚かしたればはと不安わたりき。


 ある日黒づえくみの法師がやりきて、山の神がお怒りなりと言ひき。

 かくて、たこの持つ力と村人の不安を結びつけ、いづれたこは人として死ぬるかな。かくて、それ以降山の神の怒りが続かば被害は今の比ならずなることを告ぐ。

 それより提案せり。たこを山の神の巫女として捧げ、永遠にその力を奮ってもらふことを。


 舌を切り、足を折りてたこを祠にさし込め、何日もその前に代はる代はるに祈祷を捧げき。


 唯一手首に括り付けし鈴の音がきこえずなりて3日経りし頃、祠の戸を開きその地下に白装束を羽織らせたたこの体を埋み捧げものとす。


 それより祠にたこを模せし人形を祀り、年ごろ祭りの際に祝詞と願ひを書きし装束を重ね着させゆくこととせり。


 これをお報せ様と言ふ。




「……」


 沈黙、だった。

 古語とはいえ、なんとなくどんな内容かは想像することができる。

 とはいえ、これはあまりにも悲惨なんじゃないかと首を巡らせ、ぐるりと皆の様子を伺う。


「……訳さなくても大丈夫?」

「いや、お願いしてもいいかな。アリシアちゃんは聞きたくなかったら耳を塞いでおくけれど……」


 アリシアは何度か目を瞬いて答える。


「聞きます」


 俺も頷けば、透さんは困ったようにはにかんで話を再開した。




 昔々、大雨と土砂崩れが相次ぎました。

 それら災害を、「たこ」という子供が予知していました。

 村の人達は、「たこ」こそが災害を起こしているのではないかと、皆不安を抱えていました。


 ある日、真っ黒い法師が村にやってきて、山の神様がお怒りだと言いました。

 そして、「たこ」の持つ予知の力は不滅ではなく、いづれ「たこ」が人として死ねばなくなってしまい、それ以降も神の怒りが続くならば今の比ではない被害が出ることを話しました。


 そこで法師は提案しました。

「たこ」を山の巫女として人柱とし、祀りあげて「神様」として永遠にその予知の恩恵にあやかろうと。


 舌を切り、足を折って祠に「たこ」の身を閉じ込め、何日もその前で代わる代わるに祈祷を捧げます。


 儀式を行う際につけた手首の鈴が鳴らなくなって3日経った頃、つまり確実に「たこ」が死んだあと、祠の扉を開いて「たこ」の遺体に白装束を羽織らせます。そしてそれから、その体を祠の地下に埋めて、山の神様への捧げものにするのです。


 以降は祠に「たこ」にそっくりな人形を置いて祀り、お祭りの際に祝詞と願いを込めた装束を織り、新たに人形に羽織らせていくようになりました。


 これを御知らせ様と呼ぶ。




「……と、これが現在まで続くお祭りなんだろうけれど」


 透さんが苦く笑った。

 そうだな。やっぱりおしら神は元々詩子ちゃんの肩書きだったんだ。

 白い神様でもなく、災害を予知して御知らせする神様だから「おしら様」。それがこの村の神様の語源になっている。


 なのに今は祠ではなく、なぜか神社にいる「ナニカ」をおしら様としてこの村の人達は扱っている。いつの間にか入れ替わってしまったのだろうか。


 詩子ちゃん自身も、自分のことをただの幽霊だと思っているようだし……自分が神様だったことなんて覚えていない。


「多分、これに関わっているのは『人形の付喪神』だね。確か、身代わりにされて死にたくないと言っていたんだよね? なら、なんらかの手段で詩子ちゃんの信仰を奪い……そして邪悪な神様に成り代わったんだと思う。神様は信仰を奪われれば存在意義を失ってしまうから、彼女がほとんどそのことを覚えていないのも無理はないよ」


 紅子さんが自身の見解を述べて文献を手に取る。

 ……が、すぐに透さんへと手渡した。


「うん、アタシにはさっぱり読めないや」

「適材適所だよ、紅子さん」

「そうだね。所詮アタシも高校生だし。こういうのは透さんに任せる」


 自信満々に文献を手に取った手前、ちょっと恥ずかしそうだった。

 読めるフリをして見栄を張らないあたりが彼女らしい。


「こほん、えーっとだね。まず、神社のナニカをどうかするには、その神格を剥奪するのが一番確実な方法かな。けれど、一番現実的じゃない方法でもある。村中の人間がアレを神様だと思っている今は信仰を傾けさせるのはほぼ不可能に近い」


 人差し指を立てた彼女がひとつひとつ、解決法になりそうなことや疑問点を述べていく。神社のナニカ。アレから彼女を守るためには知らなければならないことがいっぱいだ。

 正攻法で正面突破……といきたいが、俺一人で神様を殺そうと思えるほど自信があるわけでもないし、青葉ちゃんのときのように相手に理性があるかどうかも不明だ。

 青葉ちゃんのときも、彼女の気持ちにつけ込んで不意を打ってやっと無力化することができたのだから。


「なぜ、アレは『心』を探しているのか、そこも疑問かな。その理由さえ分かれば攻略法も浮かぶと思うんだけれど……意思疎通は図れそうにないからねぇ」


 ソイツからのメッセージは一方的なもののようだし、相手は蜘蛛型だから話せるか? というと疑問が生じるな。


「それに、どうして蜘蛛なんでしょう。元は身代わり人形のはずですよね?」

「そこも謎だねぇ。目的がどうも噛み合っていない気がする。壊れたく(しにたく)ないのと、心を探していることになんの関係があるのか……」

「人間になりたーい……とか?」


 透さんがおどけたように言うが、それはどうなんだろうな。

 安易に否定できる仮定でもないし。


「うーん、ひとまず今日はここまでにしておこうか」

「いいのか? 紅子さん。狙われてるのはキミなのに」

「お兄さんが守ってくれるから、アタシはなーんにも心配していないよ」

「そ、そっか」


 隣にいる彼女から預けられる絶対の信頼に、俺は動揺しつつも応えなければと決意をどんどん固めていく。

 こんなに信頼してくれているんだ。俺が守らなくちゃ。


「もう夜か……」

「令一くん」

「ん、なんだ?」


 帰り仕度をするように立ち上がった透さんがにっこりと人好きのする笑みを浮かべる。


「蜘蛛のこともあるし、疲れてるでしょ? 華野ちゃんのお手伝いは俺がするから、ゆっくり休んでほしい」

「あ、ならあたしもいきます! 三人で準備しましょう!」

「えー」


 静かだった黒猫をぶらーんと腕にだきながらアリシアが提案し、透さんが「それはいいね」と乗っかる。黒猫の意見は黙殺されていた。哀れジェシュ。


「……」

「紅子さん?」

「ん? ああ、そうだね。お願いしようかな……」


 少々反応がよろしくない紅子さんを心配して覗き込むが、目がトロンとしているだけで特におかしなところはない。もしかして眠いのか? 


「それじゃあ、あたし達行ってきますね」

「ごめん、よろしく」

「夕飯まで二人でゆっくり休むんだよ」


 そんな兄のようなセリフを言って透さんはアリシアと一緒に部屋を出て行く。

 俺の泊まっている部屋の中には俺と、俺の肩に寄りかかってきている紅子さんだけが残された。


「それにしても、案外早くいろんなことが分かったな。みんなのおかげだ」

「……」

「これでやっと、俺も紅子さんのことを守れるよ。頼りにしてくれて嬉しい」

「……」

「紅子さん?」

「……」


 慌てて彼女の顔を覗き込む。


「……ん」


 なんと、彼女は俺の肩に寄りかかったまま眠ってしまっていた。

 もしや魂が奪われたのか? なんて不安になって目を凝らして見ても、その胸の中に紅い蝶が視えるから問題はない。


「……役得だけど、どうしよう」


 ヘタレには辛い状況だった。


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