藤代の血筋
「そうだ、お兄さん。さっき鈴で視たことを共有しておかないと」
「あ、そうだったな」
資料を一通り見終えた俺達は小休止に入っていたんだが、紅子さんからの提案で思い出す。
そうして二人には、俺が鈴を持ったときに視えた光景を説明した。
暗闇、そして苦痛。死への、恐怖。許したい気持ち。それら全てがないまぜになった人間の……恐らく、生前の詩子ちゃんの心だ。
「すごいね令一くん。そんなことできるんだ」
「へえ、案外役に立ちますねー。しも……令一さんも」
苗字を呼びそうになるアリシアに苦笑を返して説明を終える。
詩子ちゃんの謎がますます深まってしまったが、正直なところ神様をどうにかする方法や、紅子さんを助けるための方法に行き詰まってしまった俺達にとってはいい活路なのかもしれない。
詩子ちゃんはここ50年以上は〝おしら様〟に狙われることもなく、過ごしているという。彼女の過去のことや、どうして狙われないかを調べてみる価値はあるはずだ。
「華野ちゃんに訊きに行くことにするか」
「あ、それならあたし達は資料室をもう少し見てみます。昔のことですし、なにかお話が残っているかもしれません」
「アリシアちゃん、手伝ってくれるんだ?」
「とーぜんです。あたしも紅子お姉さんのこと大好きですから。協力しないわけがありません!」
隣の紅子さんがそっとアリシアから目を逸らす。満更でもないみたいで、ちょっと嬉しそうだった。
紅子さんも大概、女の子に弱いよな。いや、俺以外には比較的優しいと言うべきか……うん、ポジティブに考えよう。俺だけ特別なんだ。そうなんだ。そう思っておこう。
「それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃーい」
「俺達のことは気にしないで、しっかり調べてくるんだよ令一くん」
「なにかな……この複雑な気持ち」
二人に見送られて部屋を出る。
まるでデートに出かけるカップルを見るような生温かい視線だった。多分それのせいだと思うよ紅子さん。
でも、これ以上彼女を困らせるわけにもいかないので黙っておく。俺は空気が読める男だ。
コンコン。コンコン。
ノックを四回して華野ちゃんの部屋を訪ねると、中から「入っていいわよ」という言葉が聞こえてきた。
本当に中に入って大丈夫なのか? 女の子の部屋なのに?
紅子さんに視線を向けると、彼女が頷いて扉に手をかける。
なるほど、俺じゃなくて紅子さんなら確かに抵抗は少ないよな。
「入るよ」
部屋の中は、女の子の部屋にしては随分と物が少なかった。
山奥の村なのだし、あまり物を買えないのかもしれないがそれにしても少ない。あるのは机と椅子。それから本棚くらいである。
「で、なんの用かしら? もしかして、アリシアがわたしに相談してきたあんたのこと?」
華野ちゃんの黒い瞳が紅子さんへと向けられる。
確か、黒猫を見つける前にアリシアは華野ちゃんに相談ついでに資料を見に行っていたんだっけ。その関係で偶然黒猫を見つけて、俺達が到着するまで自分の泊まっている部屋に一緒にいた……と。
話が通っているなら早いな。
「そうだよ。紅子さんは行きのバスの中でも苗字を出していない。俺達だって呼んでいない。なのに声が聞こえて、狙われている……こんなこと、前はなかったんだろ?」
「なかったわね。レアケースどころか始めてのことよ。ったく、面倒なことになっちゃったわね……協力はしてあげるけど、わたしは神様をどうこうするほどの力なんてないわ。ただ神社を管理してるだけの巫女だから」
紫がかった黒髪を揺らしながら華野ちゃんは紅子さんを観察している。
……そういえば、彼女には紅子さんのことは詳しく話していなかったかな。
「なあ、華野ちゃん。大事なことなんだけどさ」
「なによ?」
「紅子さんは、幽霊だ」
「ちょっ、お兄さん」
「え?」
ここは単刀直入に行こう。
華野ちゃんは詩子ちゃんを受け入れているようだし、紅子さんのことだって教えても大丈夫なはずだ。
「紅子さん」
「……分かったよ」
俺が視線で促せば、彼女は諦めたように目を瞑ってその場でくるりと回る。
すると見る見るうちに私服の姿から、いつもの赤いちゃんちゃんこの姿へと変化していき、おまけに人魂がぼうっと二つ浮かび上がる。
これにはさすがの華野ちゃんも驚いたようにしていた。
「なるほど……それでわたしに相談してきたわけか」
「ああ、彼女は幽霊。問答には偶然魂って答えちゃってるから、幽霊でもまずい。詩子ちゃんは幽霊のままこの村に留まり続けているんだろう? なのに詩子ちゃんは狙われることなく、ずっと無事なまま……だから、彼女のことも知りたくてさ。なにかおしら様から紅子さんを守る方法がないかなって。なにか心当たりはないか?」
華野ちゃんは暫く悩んだあとに俺達二人を見比べる。
それから、「わたし自身はあの子のこともよく知らないんだけど」と前置きをして話し始めた。
「詩子はわたしの小さいときからずっと面倒を見てくれてたお姉さんみたいなものなのよ。でも、あの子昔の記憶がないみたいだから、なにも言ってくれないでしょう?」
「本人に分からないものは、そりゃ言えないよな……」
華野ちゃんは頷いて続ける。
「でもね、わたしあの子のことが知りたくて色々調べたことがあったの。そうしたら、家系図を見つけたのよ」
華野ちゃんは俺達に背を向けて棚を漁り始た。
心当たりを探しているんだろう。俺達にはこれ以上の手がかりがなかったから、ありがたい話だ。
「ほら、これ。60年くらい前まで家系図を遡っていくと、この家の苗字は〝藤代〟じゃなかったことが分かるの」
彼女のいうとおりに家系図を遡っていく。
藤代は名家のようで、先祖代々続いていたようだが、確かにこの苗字に変化したのは60年前が境となっているらしかった。
藤代の苗字に変わる前。
その名前は。
「……白瀬」
紅子さんが呟く。
そう、藤代家の前は白瀬の苗字だったのだ。
白瀬とは、つまり詩子ちゃんと同じ苗字である。
その代からは夫側の苗字を使うことになったということだ。
「血筋……なんだな」
「ええ、それに見て。藤代に名前が変わったところ」
続いて見てみると、そこに書いてあったのは。
白瀬八重子=深瀬耕平
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白瀬詠子=藤代樹貴 白瀬詩子
「あった、詩子ちゃんの名前」
「白瀬詠子……この人は詩子ちゃんの妹か姉か?」
「お兄さん、家系図は右側が長子になるから、この詠子って人は多分妹だと思うよ」
「ええ、そう。あんたのいうとおりよ。わたし達藤代家は祠のあの子……詩子の妹の血筋なの」
華野ちゃんは冷静にそう言うと、家系図をしまってまたなにかを探し始める。
「それでね、わたし達藤代家は先祖代々、詩子から受け継がれたっていう開かずの箱を持っているのよ。今持ってくるから待っていてちょうだい。あるのはこの部屋じゃないわね」
それから、華野ちゃんは10分程で戻ってきた。
「これよ」
渡された箱は木でできていて、表面に一枚鏡がついている。
しかし開ける場所はどこにも見当たらず、受け取った俺は困惑した。
なにやら奇妙な模様が描かれているが……これはなんだろう。
「え、お兄さんそれ」
「どうした? 紅子さん」
赤や黄色の派手な模様を指差して、紅子さんは困ったように眉を下げた。
「この模様、同盟のロゴマークだよ」
俺はその言葉に、目を見開いた。
ノベルアップ+ に掲載しているニャルいうが追いつくまでしばらく書き溜め期間といたします。
ノベプラが追いつき次第、文字数を抑えて毎日投稿できるようにしたいと思います。よろしくお願いします。