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先見の娘、生きても報わず、死しても報わず



「詩子ちゃん、来たよー」

「おっと、いないね?」


 俺達が祠へやってくると、そこには誰もいなかった。

 てっきり詩子ちゃんはずっとここにいる地縛霊だとばかり思っていたから、少し意外だったのである。


「地縛霊だと思ってたよ」

「アタシもてっきり……霊が場所に囚われてるかっていうのは見分けがつかないからねぇ」

「紅子さんでも見分けがつかないのか?」

「アタシでもっていうか……霊が地縛霊だったり浮遊霊だったりするのは見た目で分からないものなんだよ。魂でも視えない限りは普通は分からないものだよ」

「そ、そうなんだな……」


 まだまだ知らないこともあるなあ。

 紅子さんもよく知ってるなと毎回思う。前に必要だったから覚えた知識だと言っていたが、それも鈴里さんに教わったことなんだろうか? 


 てけてけの分け身を保護したときに、確かアルフォードさんが鈴里さんのように先輩として色々と教えるように言っていたはずだ。


「どうする? お兄さん。今なら調べ放題だけれど」


 つい、と彼女の紅い瞳がこちらに向けられる。

 その瞳は、こちらをまるで試すかのような冷静さを帯びていた。


 本来なら俺は躊躇うだろう。俺は人の住処を荒らすような真似はしたくない。いつもならそうだ。

 けれど、俺は青水香織さんのときにも不法侵入をしているわけだし、今は紅子さんの命運がかかっている。手がかりは少しでも多いほうがいい。


 詩子ちゃんを探して許可を得るのもいいが、ここはとりあえずチャンスだと思って祠の中を見させてもらおう。


「……調べよう」

「おーけー、分かったよお兄さん。この祠は身長の高いお兄さんには辛そうだから、アタシが見てこようかな」


 祠は小さくて子供なら余裕で入り込めるだろうが、160㎝以上ある人間には中に入って身を隠すなどできそうもない大きさだった。


 子供達のかくれんぼには大活躍しそうだが、俺達では覗き込んだり身を縮めて中を探るくらいが精一杯だろうな。

 紅子さんでも165㎝はあるので、少し辛そうだが身を乗り出して頭から祠の中に入る。


 暗い祠の中に上半身を侵入させ、彼女は探索している。俺はそれを見ていることしかできないわけだが、ひらひらと動くスカートと身を乗り出して片方の足が地を離れ、揺れる。奥に手を伸ばしているのだろうその様子で目のやり場に困った。いかんせん上半身が見えないので、変な想像が掻き立てられてしまう。


 視線が吸い込まれるようだ。いやいやいや、だから変なことを想像するなよと。すごく大事な探索なのに煩悩丸出しなんて格好悪いどころか恥だろ俺。


「ちょっと、どこ見てるのお兄さん」


 依然、祠の中に体を突っ込んだままに彼女が顔だけをこちらに向ける。


「……ごめん」

「そこ、素直に謝るところなの? 言い訳のひとつでもすると思ったら……まあ、素直に謝れたわけだし許してあげるよ。劣情を煽るような格好になっちゃうのは仕方ないことだよねぇ。わざとじゃないよ?」

「……分かってる」

「まったく、お兄さんはしょうがない人だねぇ」


 そう思うなら俺のためにも早くなにか見つけて戻ってきてくれ。

 このまま眺めているのはあまりに心臓に悪い。


「中は詩子ちゃんが縮こまって入れる程度の広さだね。それと……ん、床の色が少し違う……かな?」

「床下があるのか?」

「ちょっと待ってて。外してみるよ」


 ガタガタと祠の中から彼女の四苦八苦する音と、なにかを外す音が聞こえる。

 俺は詩子ちゃんが帰ってきたときすぐ分かるようにと周囲を見回しながら、彼女の続報を待った。


 決して視線に困るから目を逸らしていたわけではない。決して。

 最初からやっておけばよかったのにって? なにも言えない……。


「これは……」

「なにか見つかったか? 紅子さん」

「うん、ちょっと待ってね」


 祠から紅子さんが上半身を出し、伸ばしていた手に掴んだものを取り出す。


 それは組紐に付けられた鈴と、布で作られた古そうな人形だった。黒髪だが、紫色の着物に白い着物を羽織らされたその姿はどことなく詩子ちゃんに似ている気がする。


 彼女の生まれたときの人形だろうか? しかしそれならば神社にないのはおかしい。なんでこんなところにあるんだろうか。


「ねえお兄さん、この鈴に見覚えはないかな」

「鈴? 古そうだし組紐も土まみれで……これって」


 手を伸ばし、鈴を掴む。

 組紐の土埃を払って落とせば、その色が露わになった。

 その鈴と組紐には見覚えがある。詩子ちゃんが腕につけていたものとまったく同じものだったからだ。


「ってことは、もしかしてこの祠の中に詩子ちゃんの遺体があったり……?」


 憶測でしかないことだが、ありえないことでもない。

 じっと鈴を見つめながら考えていると、唐突に視線が吸い込まれるように鈴へと向かった。



 ――こわい。



 周りから音が消え失せる。



 ――いやだ。



 そうして、視線が釘付けになる。

 視界の端で、紅子さんが訝しげに俺を覗き込んでいるのが見えた。



 けれど、俺の視線は動かない。動かせない。



 ぐん、と引っ張られるような感覚と共に目元が熱くなり、どんどん視界が明瞭になっていくのを感じた。

 リンと同調しているときと似た現象。そして、朝紅子さんと詩子ちゃんの魂を視たときと似た感覚が俺を支配する。


 そしてフラッシュバックするように視界が白に塗りつぶされた。



 ◆



 痛い、辛い、苦しい。

 痛い、辛い、苦しい。

 痛い、辛い、苦しい。


 ああ、どうして私がこんな目に遭わないといけないんだ。


 憎い、憎い、憎い。

 妬ましい、妬ましい、妬ましい。


 私じゃなくて、あいつらが死んでしまえばよかったのに。

 死の直前の恐怖で祠の扉を引っ掻く。


 出して、出して、出してくれ。


 チリチリと鳴る鈴が落ちていきそうな思考をつなぎとめる。


 出して、出して、出して。

 このまま手遅れになる前に。


 きっとお前達を恨んでしまう。妬んでしまう。害してしまう! 

 そんなことがないように、お願いだから開けてくれ。


 私は――



 ◆



「……さん!」


 声が聞こえる。


「令……さん!」


 大切な、声。

 ちょっと低めの、芯の強そうな声だ。大好きな、彼女の声。


「令一さん!」

「あ……れ……?」


 気がつけば、俺は立ったまま泣いていた。


「お兄さん、いったいどうしたの?」

「今のは……分からない。すごく悲しくて、苦しくて、辛くて、妬ましく思っているのに恨みたくもなくて……ごちゃまぜなそんな気持ちがこう……一気にブワッと俺の中に入り混んできたような……そんな感じで」


 抽象的な説明になってしまうのは仕方がないだろう。俺でもよく分からないのだから。


 組紐と鈴を握った途端に変な感覚に陥って、引っ張り込まれたような……そんな感じだった。


 視界は暗くて、目の前に木の扉があって、床に視線を落とせば血まみれで、凍えるように体を抱きしめる白い腕があって……その腕はすごく華奢で、あれは、俺のものではなかった。


 俺じゃない目線。俺の知らない光景。俺の知らない感覚……あれは、もしかして別の誰かの目線だったのか? 


「多分、別の誰かの……記憶、か? 暗くて、目の前に木の扉があって、そこから出たくても出れなくて……恨みたくないけど苦しくて恨んでしまいそうで……そういう記憶、だ」

「お兄さん、それ多分」


 紅子さんの言葉に頷く。

 俺も別に現実逃避しているわけではない。信じたくなかったが、多分俺は視たのだ。


「詩子ちゃんの死んだときの記憶……なんだろうな」

「そんなものが視えるだなんて、お兄さんったら本当に〝見鬼の才能〟が強いんだね。前々から視る力が強いなとは思っていたけれど、さっきの日向視(ひなたみ)に加えて月夜視(つくよみ)までできるんだ。アタシはそういうのできないからなあ」


 紅子さんから初耳な情報があって俺は目を瞬かせて首を傾げた。


「待ってくれ、その日向視とか月夜視ってなんだ? それに見鬼の才能って……?」

「あれ、知らない? ああそっか、前々からアタシが言ってたのは〝視る力が強いね〟って言葉だけだったっけ」


 そうだな。何度も紅子さんには〝お兄さんは視えすぎる〟って言われていた。


 でも、それに具体的な名称があるとは全く思っていなかったから、いきなり言われて驚いてしまった。そんな格好いい名前がついているとは。


「日向視っていうのは、生き物の魂を視る力のこと。さっきお兄さんがアタシや詩子ちゃんにやってみせていたよね」

「リンの補助付きだったんだが」

「……アルフォードさんの分霊に、人に全くない能力を使わせるだけの力はないはずだよ。だから、多分リンちゃんはキミの才能を後押ししているだけ、なんじゃないかな。お兄さんの目がいいのは前からだし……」


 紅子さんはイマイチ自信がなさそうに言う。

 彼女でもよく分からないなら、ここから帰ったあとにアルフォードさんに訊くなりすればいいだけの話だな。頼るべくは間近な神様である。


「それで、月夜視っていうのはもっと奥の奥。魂の断片に触れることで過去を視たり、記憶を覗く力のことだよ。魂は見えないだけで隠しているわけではないから、視るための光の当てかたを知っていれば、できないこともない。でも、その場にない記憶(もの)や、わざわざ隠しているものを視ようと思っても普通は視えないから、月夜視はよほど視る力が強くないとできないことだよ。お兄さんは誇っていいと思う」


 視えないものを視る力と、その場になかったり、隠したものを視る力ね。


 そうくると見鬼の才能ってやつは普通に幽霊を見たりとか、怪異を視ることのできる才能のことかな。


 よく考えたらアニメとか漫画で聞いたことがあるような気がする。

 確か、霊能力の言い換えみたいなものだったような……それが、俺に備わっているということか。


「なるほど……あんまり実感がないんだけれど。紅子さんがそう言うなら、そうなんだろうな。才能ね……でも、やっぱり実感はないや」

「あのね、アタシが嘘でもついていたらどうするの? 人の言うことを鵜呑みにしてもいいことはないよ」

「信じてるから……あー、これじゃ納得しないよな? 根拠は、紅子さんは嘘が嫌いってこと。それに、俺を騙して君にメリットはないってことだ。だから俺は疑いもせず君の言うことを呑み下すことができる。これでいいか?」

「……合格」


 目を見開く。


「紅子さん、今」

「二度は言わないよ」


 言いようのない気持ちに俯いて拳を握る。

 初めて合格判定なんてもらったぞ。快挙だ、これは快挙だ! 


「見鬼の才能は単純に霊能力のこと。アリシアちゃんも多少はこれがあるから、桜子や詩子が視えるし、レイシーのことを忘れることもなかった。

 これで説明はおしまい。分かった?」

「ああ、理解した」

「そう、それなら良かった。で、続きだよ。こっちの紙はまだ見ていないからね」


 そう言って彼女はもうひとつ、握っていた古い紙を広げる。


「え、いつの間に……? どうしたんだそれ」

「この人形の背中にね、ほつれがあって紙が少し覗いていたんだよ。さっきお兄さんが月夜視しているときに見つけて取り出したんだけれど、お兄さん反応してくれないから」


 俺が詩子ちゃんの記憶らしきものを見ているときに、紅子さんも手がかりを見つけていたってことか。


 長らく地面の上に人形が置いてあったせいか、紙もひどく古ぼけていて黄ばんだ上に、滲んだような読みにくい文字が紙面いっぱいに散らばっていた。


「えーと」

「お兄さん、読める?」

「……なんとか」


 内容は詩のようなもので、墨が所々滲んでいるが、かね内容を読むことができた。




『先見の娘、止まらぬ災禍を鎮め、幽明境を分かつ。

 その魂、地に縛られ永久に栄えを齎すだろう』


 ――ひと柱 果ての地で 花散らす 生きて報わず 死しても報わず。




 それから、書きなぐったような小さな文字を追う。




『おねえさま、おねえさま。止められなかったわたくしを、どうか許さないでください。わたくしは、きっと忘れません。きっと。絶対に』




 息を飲んだ。


「これは……」

「ちょっと、前提に誤りがあった可能性があるねぇ」


 紅子さんの言葉に俺も頷く。

 これを見た以上、透さんの調べている古い資料も気になってきてしまった。


「戻るか」

「写真は撮ったよ。アタシは元に戻してくる。一応ね」

「ああ、よろしく頼む」


 そうして、鈴と古い紙の入った人形を元の位置に戻し、俺達は急いで道を引き返すのだった。



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