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紅い蝶の願い事【七夕】

「紅子、どうしました?」

「……しらべさん」


 七彩高等学校、その放課後のことだ。

 二学年の赤座紅子が放課後の教室で黄昏ていると、三学年の鈴里しらべが顔を出し、尋ねる。

 紅子の見つめる手のひらは夕日に透けている。しかし、それも時間が経てば元に戻った。


「いいや、タイムリミットはどのくらいなのかなって気になっただけだよ」

「そうですか。確かに今のあなたでは、消滅は免れられないでしょう。私が教えた方法では、あなたの怪異としての寿命を少し伸ばすことしかできませんから」

「アタシを拾ってくれたことは感謝してるよ? キミに拾ってもらわなくちゃ、きっとアタシは二年前に消えていただろうからね」

「……無理矢理あなたを生かそうとしたのは私の我儘ですよ。ですが、今度はそうもいきません。私は二度は助けない主義なんです」

「そう、それなら別にいいよ。アタシはね、人を殺さないと怪異でいられないって言うのなら……それしか選択肢がないのなら、一人でひっそりと消えていったほうがまだマシだ。アタシが死んだときみたいに、アタシは自分で自分の最後を決めたい」


 目を細め、紅子は笑う。自嘲的なそれに、しらべは眉を顰めて会話を続けた。


「下土井さんが悲しみますよ」

「ど、どうしてそこでお兄さんの名前が出てくるのかな」


 動揺したように声を震わす彼女にしらべはいっそ残酷なまでに優しく言葉を紡ぐ。


「あなたは、興味のない人には優しい。彼には、興味があるからこそ、厳しく当たる。皆、そう知っていますよ。あなたのことをよく見ていますから」

「あはは、お節介で下世話だなんて怪異も人も変わんないよね」

「ええ、その〝人間〟から生まれてくるのが私達ですから」


 嫌味に対しても眉ひとつ動かさずに言うしらべは、そっと目を伏せる。

 紅子の強情さに。その本音を心の奥底まで見透かしていながら、吐き出させてやろうと少なからず黒い思いと共に行動に移して。


「下土井さんは、あなたのことが好きですよ。これは誰も、気づいていることです。でもあなたは素っ気ない。それはなぜですか?」

「さとり妖怪の癖に口から聞こうって言うの? 趣味悪いよ、それ」


 嫌そうにしながら紅子は言う。


「デートにくらい、行ってあげたらどうですか? 誘われているでしょう、七夕祭り」

「まあね……でも、お兄さんと一緒にいればいるほど、アタシ自身も決心が鈍ってくるからあんまり一緒にいたくないんだよ」

「決心、ですか。消える決心のことです?」

「そうだよ」


 当たり前のように紅子が答えた。


「アタシは人を殺したくない。でも赤いちゃんちゃんこはYESと答えられたら殺さなければならない。アタシは何度もYESを聞いていながら、幻覚だけで見過ごしている。アタシは赤いちゃんちゃんこ失格の幽霊だ。いつかは消える」


 区切って、彼女は眉をハの字にして唇を噛む。


「いつかは消える。アタシにはタイムリミットが僅かにしかない。なのに、お兄さんの想いに応えてあげられるわけ、ない。そうじゃないかな? だって、アタシはいなくなる。そう分かっておきながら想いに応えたりなんてしたら、余計残していくお兄さんが辛いだけだよ。それなら、潔く断る方を選ぶよ、アタシは」

「ですが、あなたは未だに彼と行動を共にしています。そのほうが余程辛いのでは?」

「……そうだね、そうだよ」


 苦笑いを浮かべて紅子は答えた。


「令一さんと一緒にいればいるほど、アタシは弱くなる。決心が鈍る。未練がどんどん積み重なっていって、その重さに潰されそうになるよ。でも、自分から離れることも、もうできなくて。せめて告白でもしてきてくれれば断って行方をくらますこともできるのにね。どうやらお兄さんはそういうところだけは鋭いみたい」


 しらべの耳で目玉のピアスが揺れる。

 彼女が覗く紅子の心の中はぐちゃぐちゃで、矛盾だらけで、奥底にある願い事に無理矢理蓋をしている状態だった。

 それを言語化している間にしらべには既に伝わりきっている。

 しかし、そんな想いこそを言葉に出してぶちまけることが大事なのだと、長年人間に携わっているしらべは知っていた。


「一人で消えていきたいって思ってたのに、信念を貫き通すためには消滅するのも、たとえ祓い屋に退治されるのだって怖くなかったはずなのに、アタシは今すごく怖いよ」

「人間らしい、ですね。あなたはずっと、人間らしい。羨ましいくらいに」

「そう? アタシとしてはこんなに複雑な気持ち、いらないのにねぇ」

「美徳ですよ、それは」


 しらべの言葉に溜め息を吐いて、紅子は目を伏せたまま自分に言い聞かせるように呟く。


「お兄さんが……嫌い。お兄さんの優しいところが嫌い。お兄さんの偽善的なところが大嫌い。アタシの選択肢を奪うところが嫌い。アタシは奪われるのが嫌いなんだ」


 それは、心を奪われるということさえも。


「あの人のせいでアタシは余計なことまで考えなくちゃいけなくなった。それが嫌だ。嫌い、嫌い、嫌い……それでも、令一さんは笑ってアタシを許すから、嫌い。縋りたくなっちゃうから、嫌い。助けてって言いたくなっちゃうから、嫌い。消えたくないって願うようになっちゃったアタシも嫌い……こんなことなら、関わらなきゃよかったよ」

「願い事くらいはいいじゃないですか。願うという行為にはなんの罪もありませんよ」

「……今日はやけに優しいね」

「七夕ですから、お願い事くらい彼の隣で書いてきなさい」

「……行かなくちゃダメ?」

「楽しみにしていたのでしょう」

「うん、まあ」


 日が落ちていく。

 下校時刻はとっくのとうに過ぎ去っていた。


「分かった、分かったよ……行けばいいんでしょう」

「ええ」


 不服そうな顔で荷物を持ち、教室から出て行く紅子をしらべは見送り、微笑む。


「あの子は心が強いだけに、その〝絶望〟は良質ですね……これも食べられなくなるのは惜しいですけれど、幸せになるならなるでいいです。私は人間の味方の、さとり妖怪ですから」


 しらべが薄く微笑む。

 校門のところで合流する彼女らを眺めながら。


「お待たせ」

「紅子さんのほうが遅いのってなんだか新鮮だな」

「お兄さんが時間ぴったりに来ている……明日は槍の雨でも降るのかな」

「遅刻魔でごめんなさい! でも遅刻しなかったんだから少しくらい褒めてほしい!」

「キミは当たり前のことをして褒めてもらいたいの? なら、普段のアタシのことも褒めてくれたっていいんじゃない? じゃないとフェアじゃないでしょ」

「それもそうだな。いつも時間通りに来る紅子さんはすごい!」

「……雑だねぇ」


 笑い合いながら二人は町の中へと消えていく。

 その日の願い事は。


 ――来年も、また一緒に祭りに来られますように。

 ――紅子さんとずっと一緒にいられますように。


 同じようで違う言葉。

 その願い事が聞き届けられるのかは……彼ら次第である。




紅子さんの片想い描写を中々書けないので、こちらで書くことにしました。


ひとまず季節ネタ。「ひとはしらのかみさま」編が春なので、これはほんの少しだけ未来の話となります。

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