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白い蝶と、紅い蝶

「そうと決まれば、あとはこの三日間でできることをするだけだな」


 結論を出す。

 そして何をするかだが……


「あ、ならあたしは華野に頼んで一緒に資料室を調べてみたいです。紅子お姉さんは村に入る前から目をつけられていて、しかも名前を渡したりしてないのに狙われてますから……あの子に聞いてみるのが一番ですよ」

「なら、俺は祠を経由して奥の神社を調べてこようかな。昼間の、霧の出ていないときなら大丈夫らしいし」


 俺が指示しなくても、二人ともやれることをやってくれるか。

 ありがたい。


「分かった。俺達は祠の幽霊に会いに行こうかな。透さんには悪いんだけれど、俺は紅子さんについていたいから、神社は会話が終わり次第向かうよ」

「単独行動はダメだよ、お兄さん」

「俺なら大丈夫だよ。こういうのは一応慣れてるからね。それに、狙いが定まっているなら、むやみに別の人を襲ってきたりしないと思うし」


 透さんの言葉にはなぜかものすごく説得力がある。

 それに、紅子さんが狙われている以上複数人が狙われるということも考えにくい。文献には〝選ばれた人間〟と書いてあったことだし、複数人にお告げが行くとはとても思えない。

 あとは紅子さんが狙われてしまった理由なのだが……それは分からない。祠の幽霊とやらに会えばなにか手がかりが掴めるだろうか。長年この村にいるのだし、色々と見てきているだろう。

 それに、幽霊の紅子さんが狙われているのに祠の白い幽霊が五十年も無事であることが不思議だ。

 紅子さんが狙われるなら白い幽霊だって安全ってわけではないはずなのに。


「紅子さんはおれと一緒だからな」

「そんなに囲い込もうとしなくてもアタシは弱くはないよ?」

「どの口でそんなこと言うんだよ。さっきまで怯えていたくせに」

「悪いのはこのお口かな? 調子に乗らないでよ、お兄さん」

「いたい、いたい、いたいって」


 頬を両側から引っ張られて降参する。

 せっかく格好いいところを見せたんだから、ちょっとは調子に乗らせてくれてもいいじゃないか。


「もう、アタシだって怯えるのは不本意なんだから。でも、相手がキーワード式の神様みたいだからアタシの首にはもう鋏の刃がかけられているのと同じ。キーワード式の怪異や神様っていうのは、その条件が満たされると手がつけられない〝必殺〟になるからね。アタシが同じように」


 ゾッとした。

 その赤い目を伏せる彼女の首に、巨大な鋏が挟み込まれているような錯覚を起こした。期日が来ればその鋏は容赦なく閉じていき、そして彼女の魂を喰らう。それが分かってしまったからだ。

 首に縄がかけられたような、崖の上で拘束されたまま立たされているような、そんな状況。

 彼女の背後は既に取られていて、俺が手を伸ばしても間に合うかどうかなんて分からない……そんな状態。


 いや、間に合わせるんだろ。間に合わせるんだ。

 この手が斬りつけられようと彼女を助けると決意しただろ。

 勇気を出せよ、下土井令一! 


「まずは、会話からだ」

「うん、じゃあ行こうか」


 紅子さんが一歩踏み出して、それから思い出したように振り返った。


「そうだ、アリシアちゃん」

「はい?」

「昨日の夜、アタシは黒猫を見かけたんだ」

「え……?」

「華野ちゃんに、この辺に猫が住んでるかとか、聞いてみたほうがいいよ」


 黒猫。

 昨日紅子さんが、俺に相談をしようとしたときに現れたというやつだな。

 俺は姿を見ていないが……紅子さんがいたというならいたんだろう。


「ねえ、お兄さん。キミの飼い主の気配とかは、する?」

「飼い主って……いつか噛み付く相手のことは飼い主なんて言わないって。で、あいつの気配? ずっと、この村には関わってるんじゃないかとは思ってるけれど」

「紅子さんがそう言うってことは、もしかして、もしかします?」


 アリシアがなにかに気がついたように口元を手で覆う。


 黒猫。


 黒猫といえば、アリシアとレイシーとは決別したチェシャ猫の姿を思い出すが。まさか、そんなことあるのか? 


「黒猫……っていうと、もしかしてこの前字乗(あざのり)さんの図書館であった事件の?」

「そう、その黒猫だよ。透さんも知ってたんだ」

「うん、字乗さんのお手伝いをしてるときにちょっと聞いたんだ」

「それなら話が早いねぇ」


 透さんは俺とはよくすれ違うが、あの大図書館でバイトしている。

 話を聞くこともなくはないだろう。


「ジェシュが、この村に……いるんですね?」

「確信はできないよ。でも、可能性はある」

「そうですか、でも、可能性だけでも嬉しいです。分かりました。華野にもその辺のことを訊いてみます」


 アリシアはそう言うと、パタパタと小走りになりながら食堂を出て行った。

 多分華野ちゃんの部屋だろう。


「行くか」

「うん」

「途中までは俺も一緒だね」


 紅子さんと、透さんと、俺の三人で資料館の裏にある森へ入る。

 頭上に広がる空は、この村に渦巻く状況とはまるで似つかわしくない蒼天と呼べるものだった。


 サクサクと地面を踏みしめながら数分。

 少し開けたその場所には大きな桜が咲き誇っていた。遅咲きの桜か、はたまた桜の樹の下に幽霊がいるからなのか、青空のもと、その光景は圧巻だった。

 そして、その桜色の海の下に古ぼけた木製の祠があり、その前には真っ白な少女が立っている。



{IMG54058}



 少女がこちらに気がついて振り向くと、俺は目を見開いた。


「紅子……さん?」


 いや、違う。

 祠の前にいる少女の髪は白く、その瞳は紫がかった黒。

 紫色の高級そうな着物の上から、真っ白な白装束を袖も通さずに羽織っている。

 紅子さんとは対照的で、似ても似つかない。


 なのにどうしてか、俺は直感的に〝似ている〟と感じていた。



{IMG54059}



「やあ、トオル。また会ったね。今度は新顔さんも一緒か。災難だったねぇ。いや、実に災難だ。かわいそうに」


 リン、リン、と白い少女がこちらに歩みを向けると鈴のなるような音がした。

 よく見てみれば、どうやら右腕に組紐で繋がった鈴の飾りをつけているようだった。それが歩くたびに音を鳴らしているのだろう。


「……あれ? ……私?」

「奇遇だねぇ……どこかで会ったことはあったかな?」


 白い少女も同様に、紅子さんを視界に捉えると首を傾げた。

 紅子さんもどうやら少女に感じるものがあるらしく、困ったように声を出す。


「驚いた。もしかして君も幽霊かい? 私以外の幽霊なんて初めて見たよ。幽霊同士、シンパシーでも感じてるのかな?」

「アタシは他にも幽霊は知っているけれど、こんな不思議な気持ちになったのは初めてだよ。なんでだろう……?」

「ふうん、そうなんだ。なら私にも分からないね。なんせ、初めて同じ幽霊に会うのだから」


 俺も二人は似ていると感じている。

 口調こそ近いものがあるかもしれないが、見た目も紅白で対照的。なのになぜ。

 目を凝らす。いったいどこが似ているのか、と。


「きゅう」


 カバンの中のリンが鳴いた。

 急速に集中し、ボヤけたものが俺の目に映る。

 俺は紅子さん曰く〝視えすぎる〟らしいから、なにか視えるのではないかと思った試みだった。

 力を入れて二人を見比べてみる。

 先ほどよりもボンヤリとしたものがハッキリと視えるようになって、そうしてようやく気づいた。


「そうか」

「令一くん、大丈夫?」

「え? あ、大丈夫だよ透さん」


 肩を叩かれて集中が切れる。

 先程見えていたものは、もう見えなくなっていた。

 けれど、俺が二人を似ていると感じた理由は分かった。


「目が……」

「目? 俺の目がどうかしたか?」

「いや、違和感がないならいいけど。リンちゃんみたいになってたから」


 ああ、なるほど。

 さっきのはリンと無意識に同調していたのか。だから普段視えないものも視ることができたんだな。

 目の色が同調して変化するのは赤竜刀を使うときはいつもそうだし、問題はない。


「透さん、神社に行くんじゃ?」

「うん、そうだよね。じゃ、二人とも。後でね」

「おや、奥に行くのかい? なら、不用意に声を出さないように。大丈夫だとは思うが、気づかれないにこしたことはないからね」

「ご忠告ありがとう、詩子ちゃん」

「どういたしまして」


 物騒な言葉に引き止めかけた手は、透さんの手によって押さえられる。


「大丈夫だよ」


 安心させるような微笑み。

 それに俺は頷いて彼を見送った。


「お兄さん、なにが視えたの?」

「あ、気づいてたか」

「まあね。で、アタシ達が似ている理由は分かった?」

「ああ」


 俺が二人を似ていると感じたのは当たり前だった。

 色こそ違う。雰囲気こそ違う。きっと死因だって違う。性格だって違う。なにもかも対照的で紅白な二人。

 なのに似ていると思ったのは……魂の形が似ていたからだ。


「紅子さんは紅い蝶々。そっちの白い子は、真っ白な蝶々。魂の形が似ている……って言えばいいのかな」

「へえ、蝶々ね。たしかに、人それぞれ魂の形というものがあるよ。色が似ていることはあっても、形がそっくりそのまま同じっていうのはなかなかない。蝶々の種類も似ているのかな? 同じ蝶々でも、それぞれ差異があるものだよ」

「まったく一緒だ。だから似ている」


 リンのお陰だな。

 じゃないと二人が似ている理由なんて気がつくことすらできなかった。


「それにしても……」


 紅子さんが顔を伏せる。


「どうした?」

「令一さんの、スケベ」

「えっ」


 なぜ。


「だって、魂なんて裸も裸。着飾るものもなんにもないアタシ自身なんだよ? これ以上ないっていうくらい奥の奥まで視られちゃうだなんて……お兄さんのスケベ。しかもアタシだけじゃなくて初対面の彼女にまで……!」


 真っ赤、だった。

 いや、そこで恥ずかしがるのはなんでだよ! 

 言われてみればそうなのかもしれないけれど! 

 心外だ! 

 というか、いつも蝶々の魂姿で壁をすり抜けたりしてるだろ! 

 昨夜だってそれで俺のところに夜這いという名のナニカを仕掛けてきただろうが! 


 ……あれ? そういえば、紅子さんって俺にしかアレを見せたことが……ない? 


「あ、あのごめん……」

「いいよ……冗談に決まってるでしょうに」


 彼女の顔が赤いのは真実なんだよな。

 言わないけれど。


「魂なんて無防備な姿……信頼してないと見せたりなんてしないよ」

「そ、そうか」

「君ら、それをやるなら私のいないところでやってくれないかい?」


 祠に座りながら呆れ顔で言う白い幽霊に、俺達は互いにハッとして距離をとった。いつもより距離が近いままにやり取りしていたため、互いに顔が赤い……のだと思う。


「馬に蹴られてしまいたくはないけれど、君らは一応私を訪ねに来たんだろう?」

「そうです、ごめんなさい」

「あー、えっと、そういうことで、アタシは幽霊なんだけれど……」


 紅子さんは気を取り直すように咳払いをする。

 彼女の顔は赤いままだったが、俺も素知らぬふりをしながら白い少女に向き合う。

 なんだこれ、なんだこれ。さっきのやり取りからずっと、いつもの紅子さんらしくなくて緊張する。いや、これが本来あるべき姿なんだと思えば良いことなんだけれど、こんなに素直だと調子が狂うというか、いつもと違った顔を見れて直視できないというか……。


「キミは、この奥の神社の神様とやらがどんな神様なのかは知っているかな」

「ああ、知っているよ。確かおしら様って呼ばれているやつだろう。実際に見ると蜘蛛みたいな見た目の気持ち悪い神様なんだけれど、あれの予知とやらは本物らしくてね。年に一度とか、外から人が来たときだとかによく獲物を探して舌舐めずりしているのさ」


 蜘蛛。

 神様なのに? 

 いや、確かおしら神って馬か女、それか養蚕の神なんだから蚕とか、あとは伝承で馬に恋した女が殺されて蝶々になったとか、そういうやつじゃないのか? なのに蜘蛛? 

 そのイメージの違いから疑問が次々と浮かんでくるが、今は保留だ。

 話は最後まで聞いて考えるべきだよな。


「その神様が幽霊を標的にしたことってあるかな」

「ない。それは私がここにいることが証明だけれど……もしかして君、声が聞こえたのかい?」

「村の外で、なんだけれど」

「そりゃあ、おかしいね。あの神様はこの村でしか猛威を振るえないはずだ。注連縄で囲まれたこの村の中でしか……」

「そ、それに紅子さんは名前を全部この村では言ってないぞ。バスの中でだってそうだ。なのになぜか狙われている。これって前例のないことなのか?」


 俺が問えば、少女は剣呑な顔をして「今まではなかったことだ」と言う。

 なにもかもが前例のないことだったということだ。

 なにか……なにか狙われた理由があると踏んでいたんだが、少女にも分からないのでは手がかりはないに等しい。


「俺、レーイチ。また来てもいいか? 俺は紅子さんを失いたくないんだ」

「アタシはベニコ。一応こう言ってくれているわけだし、アタシも魂を取られちゃったらおしまいだからねぇ。調べ物をしているから、たまに話を聞きにくるかもしれない」

「私と似ているという君。まあ、君に罪はない。大人は嫌いだけれど、君達は華野を蔑ろにしなかった。だからある程度の協力はしよう。なにか話があれば遠慮なくここへ来るといい。それから私のほうも、思い出せることがあれば伝えよう。それと、私のことは詩子と呼べばいい」

「ありがとう、詩子ちゃん」

「ちゃん……? まあいいだろう」


 協力は確約できた。

 今は自己紹介に留めておいて、透さんを追って神社に行ってみるか? 

 ……いや、神社ってつまり敵の本拠地だよな。紅子さんを連れて行くわけにはいかないだろ。かと言って、本当に詩子が味方なのかどうかも分からない。

 ここに置いて行くわけにはいかないが……。


「紅子さんは詩子ちゃんと一緒に待っていてくれないか?」

「……お兄さん」

「おや、こう言ってはなんだが……そう簡単に私を信頼していいのかい?」


 愉快そうに詩子が言った。


「華野ちゃんのことを話してる君は優しい目をしてる。あれは……守る立場の目だろう。俺はそう見えた。そんな人が、〝俺が守ろうとしている女の子〟を危険に晒すわけがない」


 言い切ると、詩子は痛快そうに笑った。


「んふふ、そうかい、そうかい。なら預かってやろうではないか。この数十年、狙われた試しのない私ならばこの子を隠してやることもできるだろう。安心して行ってきたまえ、レーイチ」

「ありがとう」

「お兄さん……なんか、雰囲気変わった」

「紅子さんのためなら、いくらでも俺は変われるよ」

「そう……恥ずかしげもなくよくそんなこと言えるねぇ。まったく、いってらっしゃい。迎えに来るのを待ってるよ」

「言うなよ。恥ずかしくなるだろ、いってきます」


 気前よく許してくれた詩子に紅子さんを預け、手を振る。

 彼女はどこか複雑そうな顔をしながら、白い少女の隣で同じく手を振った。


 後ろ髪を引かれるような思いをしつつ、俺は森の奥へ進んでいく。

 大丈夫、きっと大丈夫。俺の勘を信じろ。

 あの詩子という少女なら――大丈夫だ。


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