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令一のトラウマ

「えーと、華野ちゃん。よろしく」


 紅子さん達と別れて俺はキッチンに来ていた。

 さすがの紅子さんでも館内図があるから迷わないと思うが、アリシアや透さんと一緒に来るように言ってある。さすがにそこまでの方向音痴だと思っているわけではないんだけど……念のためだ。


「ええ、よろしく。食材ならここと、ここにあるわ。好きなの使っていいわよ。なにが食べたい?」

「うーん……人が多いし、あんまり食材使わせていただくのもなんだし、カレーにでもするか」

「構わないわ。なら野菜切るのよろしく」

「おう」


 カレーだけなら二人で五人分作るのくらいわけないな。

 あとで余った分をリンに食べてもらうためにもらおう。あの子も普通に人間の食事を食べられるからな。


「手慣れてるわね。本当に家事なんてできるんだ」


 嘘だと思われていたのか……


「まあ、意外だとはよく言われるよ」


 昼頃にもアリシアに言われたばかりだからな。

 見た目が不良とも言われるから、やっぱ似合わないんだなあ。


「ええ、でも助かるわ。許可してない客人がいきなりやってくるなんて青天の霹靂だったもの。それで料理まで押し付けられたらどうしてやろうかと思ってたわ」


 俺が料理できる人でよかった……そうだよな。ここまで来ても華野ちゃんの両親はやっぱり出てこないし、彼女は十中八九一人暮らしだろう。一人で気ままに暮らしてるところにいきなり客を持て成せなんて言われても不満しかない。俺だってそう思うだろうし。

 それに食糧搬入車が昨日来たとかなんとか言っていたから、食材にも限りがあるはずだ。いつも計算して食材を消費してるなら、俺達がやってきてしまったことでその計算も狂うことになるだろうし、本当に申し訳ないくらいだ。

 少しでも手伝って負担を減らす努力をしておかないとな。


「……ここまでできたらもう大丈夫よ。そこに食器があるから出してきて頂戴。ご飯のほうももう少しで炊けると思うわ」

「りょーかい。ありがとな」


 食器を取り出し、華野ちゃんの前に並べておく。

 他に必要な食器類も軽く探しながら取り出し隣の食堂へ並べに行くと、ポケットに入れていたスマホが震える。料理中もずっと震えていたのだが、あの三人がわざわざチャットで話すということは俺にも伝えたいことなんだろう。

 ちょうど皆を呼ぼうと思っていたところだからちょうどいい。

 履歴を辿ってなにを話していたか見てみるか。




 アリシア

「運転手さんの騒動のときですけど、森のほうで誰かが見てたみたいなんですよ。さっきは言いそびれちゃったのでこっちに送っておきますね」


 ベニコ

「そんなことがあったの? アタシに言ってくれればよかったのに」


 アリシア

「ベニコお姉さんは具合悪そうでしたから、あんまり心労かけたくなかったんですよ!」


 トオル

「森ってこの資料館の裏にある森? 気づかなかったなあ。どんな人だったかって見えた?」


 アリシア

「真っ白な女の子だと思います。すごく怖い感じがしたので、睨んでいたのかもしれません」


 ベニコ

「あの騒動のときならお兄さん達が気づかないのも無理はないよ。そっか、ちょっと気になるね」


 トオル

「まだ時間もあるし、俺が見てきてもいいかな?」


 ベニコ

「一人で?」


 トオル

「一人で。ほら、俺はこういうの慣れてるけど、アリシアちゃんはまだ慣れてないでしょ? ベニコさんは俺よりもアリシアちゃんについていてあげてほしいんだ。なにかあったら呼ぶから、待機してて」


 アリシア

「悔しいですけど、あたしはまだズブの素人ですからね……ごめんなさい」


 ベニコ

「いや、アリシアちゃんは悪くないよ。慣れてる方が異常なんだからね。気をつけてよ、トオルさん」


 トオル

「じゃ、ちょっと行ってくる」




 へえ、白い人影ね。

 俺も気づかなかったなあ。

 というか透さん、一人で調査しに行ったのか。アクティブだなあ。

 この会話が30分程前の出来事だな。で、その後の会話がないってことは上手くいったのだろうか。


 レイイチ

「夕飯はカレーだ。もうすぐできるから、戻ってきたなら食堂まで来てくれ」


 と送る。

 すぐさま三人共に返信が来たので何事もなく済んだようだ。よかった。

 スマホをしまってキッチンに戻る。

 あとはもう一度手を洗って、綺麗に盛られたカレーの皿を食堂に運んで行くだけだな。


「皆にはこっちに来るように言ったから、すぐに来ると思う」

「そう、ならそれまでの間先に洗い物でもするわ」

「お、なら手伝うよ。二人のほうが早いし」

「ありがと、案外気が効くわね」


 一言余計だ。

 いつものようにその言葉を口から出しそうになって寸前で飲み込み、洗い物を手伝う。

 サクッと洗い物が終わった頃には廊下から軽めの足音が聞こえてきた。

 全員一緒のようだ。無事もこれで確認できたことだし、あとは夜になにも起こらなければいいな。


「わ、カレーですね!」


 目を輝かせたアリシアが開口一番、そう言った。

 真っ先に席に座ったと思うと、期待の視線が俺に突き刺さる。早く食べたいという気持ちが痛いほど伝わってくるようだ。

 もうちょっと待ってくれ。


「お疲れ様、ありがとう華野ちゃん。お兄さん」

「うわあ、美味しそうだね」


 続いて紅子さんと透さんが席に着き、俺はちゃっかり空けられた紅子さんの隣へ。

 アリシアや透さんに気遣われている気がする。いや、気がするじゃなくて気遣われているな。なんだよ、俺ってそんなに分かりやすいか……? 


「集まったわね。ええと、わざわざ訪れようと思ってくれたことは感謝するわ。迷惑だけど」


 明け透けで歯に衣着せぬ物言いだが、ここまでくるとかえって好感を覚えるな。


「でも予約入れたっていうあんた達に罪はないし、精一杯持て成させてもらうわ。じゃ、ご自由に」

「いただきます」


 全員が挨拶をしてカレーを食べる。

 うん、なかなか。華野ちゃんとも連携して作れたし、明日の朝も手伝おうかな。


「受け入れてくれてありがとう、華野ちゃん」

「し、仕方なくよ仕方なく!」


 透さんの言葉に華野ちゃんがツンデレっぽく返す。


「いや、初対面で一緒に料理するのに連携できたからびっくりしたな。華野ちゃんのおかげで早くて美味しいカレーができたよ」

「うんうん、美味しいよねぇ。二人の努力の賜物かな」

「おかわりです!」

「アリシアちゃんはっやいな!」


 勢いよくお皿を突き出すアリシアちゃんから食器を受け取り、おかわりを用意しに行く。


「そう……ありがと。偉そうにしてごめんなさいね」


 華野ちゃんの近くを通れば、そんな独白が聞こえた。

 なんだ、やっぱりいい子じゃないか。これなら仲良くできそうだ。


「温泉の場所だけど、ここの裏に森があるでしょ? そこの東のほうね。露天だから気をつけて入るようにしたほうがいいわ」

「わーい、です! 露天風呂とか最高じゃないですか!」

「ふうん、でもそれなら見張りが必要かもねぇ」


 そのやり取りに、俺は既視感を覚えて硬直する。




 ――「風呂は西側に面してるってさ。さっさと堪能して来いよ」

 ――「わーい!」

 ――「ふふふ、楽しみだね」


 ――女性陣は勢いよくその場から飛び出して行った。




「な、なあ。華野ちゃん。この辺に変な鳥が出るとか、そんな話はないよな?」

「鳥……? 別に、都会の人からすれば珍しいのがいるかもってくらいじゃないかしら」

「露天風呂で動物に襲われるとか、そんなこともないよな? ないってことでいいんだよな?」

「なによ、信じられないっていうなら入らなければいいじゃない。少なくともわたしはあそこで襲われたことはないわよ」

「クマが出たりとか、人喰いの鳥とか……」

「ちょっとお兄さんストップストップ」


 隣の紅子さんに肩を叩かれ、我に帰る。

 思い出すことが多いからか、それとも脳吸い鳥のときと似た状況だからか、恐慌状態に近い形になっていたようだった。

 華野ちゃんへの詰問はさすがにやりすぎだ。詰め寄られた彼女は怪訝そうな、不安そうな顔で俺を見ている。


「ご、ごめん。ケチをつけるつもりはなかったんだ」


 慌てて弁解するものの、もう遅い。

 何事かを考えるように紅子さんは俺に視線を寄越し、目を細める。


「……お兄さんは心配性だねぇ。霧の中で露天風呂に入るのがそんなに怖いのかな。仕方ないなあ……そこまで言うなら、今日は内湯だけにしておこうか?」

「そーですね。なんか怖いですし」

「令一くん、大丈夫?」

「あ、いえ……本当にごめん。水を差しちまった」

「いいよいいよ。霧が出ていると景色も充分楽しめないだろうからね」


 皆からのフォローにいたたまれなくなりながら眉を寄せる。

 俺のせいでせっかくの楽しい雰囲気が台無しになってしまった。もう、忘れないといけないのに。もう、過ぎたことなのに。一年近く前のことだというのに、未だにあの夏の出来事が俺の中にこびりついて離れない。

 あんな風に後悔をしたくないからと努力しているつもりではあるのだが、まだまだ精神的に強くなれていないということだろうな。

 皆にフォローさせてしまうことになって、罪悪感に襲われた。いっそ茶化したり責められるほうが楽だったかもしれないが……いつもはここぞとばかりに責めてくる紅子さんがそれをしないということは、彼女の場合俺に対する罰なんだろうな。責められるほうがかえって気持ちが楽になると分かっているから、あえてそれをしない。彼女はそういう人だ。分かっている。

 考えていても仕方ない。霧の中で露天風呂に入るというのも足元が見えにくくて危ないかもしれないから、これでいいんだ。


「それで? 今日は内風呂にするのかしら」

「うん、そうさせてもらうよ」


 華野ちゃんの問いかけには、俺の代わりに透さんが答えた。


「そう、なら順番を決めることね。わたしはこのあとすぐに入っちゃうから、30分後くらいに入りにくればいいわ。内風呂は鍵があるけど、一応扉の外に〝使用中〟と〝空き〟の木札を下げておくわね」

「ありがとう。それじゃあ、あとで入らせてもらうよ」

「女性陣が先ですよね! 当たり前ですけど!」

「そうなるな」


 気持ちを立て直して俺が頷くと、紅子さんが嫌な笑いを浮かべて俺に寄りかかる。いくら席が隣だからといっても、椅子がくっついてるわけじゃないんだから滑り落ちても知らないぞ。


「女性の入ったあとの残り湯、堪能できてよかったねぇ」

「おい、俺が変態みたいなこと言うなよ。こういうときはシャワーしか浴びないから安心してくれ」

「なあんだ、つまんないの」

「紅子さん、それを言うと俺まで変態みたいなことになっちゃうから……」

「俺までってどういうことだ透さん!? 俺は変態で確定みたいなことを言わないでくれ!」

「あ、ごめん。つい」


 悪意のまったく篭っていない、その自然に出た言葉に傷ついた。

 天然ってタチが悪い。


「……さて、と。冗談はここまでにして、透さん。人影の件はどうだったのかな」


 華野ちゃんが食堂からいなくなり、話題を変えるように紅子さんが言った。

 変な話題にしたのは自分のくせになんて人だ。


「えーと、結論から言うと……幽霊がいた」

「え! 幽霊ですか?」


 透さんは頷いてスマホを取り出す。


「肝心の子はやっぱり写せなかったけど、場所だけ写真を撮ってきたから見てほしい。ここなんだけど」


 スマホの画面に写った写真は、散り始めている大きな桜の樹の下に子供が一人か二人は入れそうな大きさの祠が立っているものだった。


「祠……?」

「そう、祠。ちょうどこの資料館の裏辺りにある場所なんだけど、ここの扉が開いてて、そこに真っ白な女の子が座ってたんだ」


 ちょうど資料館の裏と言っても、透さんが地図上で指差したのは資料館の端のほうだ。森から顔を出すこともできそうな場所である。東にある温泉とは反対方向だが、そこからなら確かに俺達のことを観察できそうな位置だった。


「アリシアちゃん、人影を目撃したのはどこかな」

「ちょうど今、透さんが言った辺りですね」


 紅子さんの質問にアリシアが即座に答える。

 なら、アリシアが睨まれていると感じたのも、透さんが会った幽霊とやらと同一人物である可能性が高いな。


「透さん、どんな子だったんだ? 写真には写らなかったんだよな」


 紅子さんなら写真にも写るが、それは彼女が同盟所属で実体化できるような道具を身につけているからだ。前に質問したとき、答えてくれたことがあるから知っている。

 普通の幽霊ならそんな便利な物を所持していないし、触れられたり写真に写ったりすることもないだろう。どこぞのゲームの射影機のように霊を写せる代物であれば別だが。


「うーん、クールな子だったよ。華野ちゃんと同じくらいの背丈で、多分年頃もそのくらいなんじゃないかな。紅子さんも大人っぽいけれど、負けないくらいに大人っぽい子だったなあ」


 そう言いながら透さんが語るのは、その白い幽霊と出会ったときの話だった。


 ◆


 ――俺がそこに足を止めたのは、桜が綺麗だったのと、それとすごく儚い感じの女の子が祠の扉を開けて中に座っていたからだったよ。


「こんにちは」


 そう声をかけたら、女の子はびっくりしたみたいにこっちを見て「君、私が見えるのか?」って言ったんだ。だからすぐに幽霊なのかな? って思った。

 それと、ちょっとテンションが上がった。紅子さん以外で幽霊を見ることもあるけど、やっぱりお話しできるのとできないのとじゃ違うからね。


「君は……村の人ではないな? もしかして、外の人か。珍しいこともあるのだね。いつもならこっちにまで来やしないんだが」

「うん、外から来たんだ。いつもならっていうのは?」

「なんでも、食料を運搬する……あー、でっかいくるま? とやらが来るらしいね。昔とは違って煙はほとんどでないんだよね。今は石炭で動かしてるわけじゃないんだろう?」


 ここでおや? って思ったんだよ。石炭で動かすとか、煙が出るとか、結構昔の話だからね。実はすごく年齢が高い子なのかなって思って、質問した。


「随分と昔の話を知ってるんだね」

「なにせ私は幽霊なものでね」


 これで、彼女が幽霊だと確認が取れたんだ。


「すごくハッキリ見えてるけど、幽霊なんだ?」

「ふうん、そうは見えない? それは光栄だが、本当のことだよ。私のことは華野にしか見えない。村の人たちは私のことが見えないんだ。ああ、華野っていうのはそこの資料館の娘だよ。代々私が見える家系なんだ。この奥の神社を祀る巫女でもあるらしい」


 って言ってたから、多分華野ちゃんもあの子のことは知ってるんだと思う。華野ちゃんの性格からして、言う必要がないし信じられないだろうから言わないって感じなのかもしれないね。


「俺はトオル。えっと、きみは?」

「私のことかい。名前は……確か白瀬(しらせ)詩子(うたこ)。他は……ううん、ごめんね。あまり昔のことは覚えていないんだ。そうだね、五十年以上は幽霊をやっているはずなんだが……まあ細かいことはいいじゃないか。見える人も少ないわけだし」


 なんと五十年物の幽霊だよ! そんなに長い間を幽霊でいるのは、俺が知ってる人だとペチュニアさんくらいだからちょっと感動した。本人には失礼かもしれないから、態度には出さないけどね。


「言っておくけれど、華野に手を出したりするんじゃないぞ。私がこわーい祟りを起こしてやるからな」


 俺が色々考えていると、詩子ちゃんが怖い顔をしながら言ってきた。

 そこで、俺はアリシアちゃんの言っていたことを思い出して「さっき俺達を睨んでたのはきみかな?」って直球で聞いてみたんだ。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。少なくとも、君はその場面を見ていないだろう?」


 確かに俺自身は見ていないから、彼女の言う通りだったんだよね。


「おや、黙ってしまったね。図星だろう? んふふ、そんなことくらいお見通しさ。ま、君たちはどうやら悪い大人ではなさそうだし、私は祟ったりしないよ。安心したまえ」


 悪い大人は祟られちゃうんだろうなとは思ったんだけど、あんまり深く突っ込むのはよくないし、紅子さんだったらそういうの嫌うでしょ? 

 ……うん、そうだろうね。だから話題を変えたんだ。


「えっと……詩子ちゃんは、華野ちゃんが俺達を帰そうとした理由は知ってる?」

「君たちを帰そうとしたのは紛れもなく、あの子の好意さ。それだけは真実だよ。まったく、それをあんな風に無下にして……酷いよねぇ。これだから大人なんて嫌いなんだ。君らも、自分の行動には責任を持つように気をつけるんだね。まあ、今のところは大丈夫だろうけれども」


 そんな彼女の語調は強くて、大人が嫌いっていうのがよく分かる言い方だった。それと、帰そうとした理由を言うつもりがないのもね。


「ま、あの子の言う通りすぐに逃げ帰らなかったことを後悔することになるだろうさ。大人に〝お知らせ〟してやる義務なんぞないから、私は知らないけれどね」

「お知らせって?」

「んふふ、それはあとのお楽しみさ」


 意味深なことを言ってくる彼女だけど、やっぱりハッキリとしたことは言うつもりがないみたいだった。

 どちらかというと、俺を……というか、大人をかな? 

 とにかく、大人を困らせてやろうって思って悪戯してるみたいな……そんな雰囲気だったよ。


「きみはここの祠に住んでるの?」

「そうだよ。幽霊だからね」

「ここって景色が綺麗だよね。ほら、この桜も見事だし」

「ああ、見事な桜だろう? 私はここの景色が一等好きなのさ。霧が多いのが難点だけれど。それはそれで幻想的なんだ」


 本当に綺麗だったんだよ。ほら、この写真のここね。でしょ? 

 詩子ちゃんは随分と機嫌良さげに自慢してくれたよ。


「寂しくないの? あー、違うか。華野ちゃんが見えるんだっけ」

「そう、私はここに住んでるんだ。ずっと、ずうっと昔からこの祠にね。暗くて寒いことを除けば案外快適だよ。雨風さえ凌げれば……って、幽霊が言うことではないね。まあ、なんだ……ここが一番落ち着くんだ。なぜだかね。華野も来てくれることだし」


 そんな風に俺達が和やかに会話してると、村の方から声がかかったんだよ。


「おー、あんた! こんなところでどーした……と、また祠が開いてるのか? 華野ちゃんも管理がずさんだねぇ。かんぬきが緩んでるんじゃねーか?」


 村の人には当然、詩子ちゃんが見えていないようだったし、多分祠の扉だけ開け放ってるのが見えたんだと思う。

 俺が開けたって疑われなかったのは、多分何回も似たようなことがあったんだと思うよ。詩子ちゃんはずっとそこに住んでるみたいだし。


 村の人がこっちにまで来て、扉を閉めようと手を伸ばしたんだ。

 目の前には祠の前に立ってる詩子ちゃんもいたから、ちょっと心配だったんだけど……村の人は全然気にせずに手を伸ばして、それで、避けない詩子ちゃんの体をすり抜けて扉を閉めたんだ。

 信じてないわけじゃなかったけど、それで更に詩子ちゃんが幽霊なんだなって自覚した。

 怖かったか? 別に……だって幽霊の友達って結構いるし。


 それで、このお話はおしまい。さっき夕食前にあったことだよ。

 ああでも最後に彼女――「それじゃあ、またね。まれびとさん」って言ってたんだよ。


 ◆


「あははは! 透さん図太すぎ!」


 紅子さんは珍しく大笑いをしながらそう言った。

 確かに、実際に人の手が体をすり抜ける光景なんて見たら、ちょっと驚くものだろう。慣れてたとしても、いきなりだと多分びっくりはする。

 なにも知らない一般人なら、それこそ本物の幽霊だったと知って恐怖心でいっぱいになるだろうな。

 それを考えると、知ったのが俺達で良かったと言える。


「にしても、〝またね〟ですかー」

「え、なにか変か?」


 アリシアが食堂のテーブルに頬杖をつきながらぼやいた言葉に、俺は首を傾げる。


「紅子お姉さんはどう思います?」

「アタシの言葉遊びと同じかもねぇ……つまり、その詩子って幽霊は〝また〟透お兄さんに会えるって確信してるわけだ」

「偶然じゃないのか?」

「偶然かもしれないねぇ。でも、偶然じゃないかもしれない。答えが知れるのは結果が出るまで分からないと思うよ」


 50年以上も幽霊をやっている以上、ただの子供ではないだろうし、なにか含むものがあってもおかしくはない。

 けれど、やはり結果が出てからじゃないと、偶然か必然かどちらなのかも分からないのだろう。


「さて、害がないならいいよ。お風呂に入って寝ちゃおうか」

「はーい! あ、紅子お姉さん……不安なので一緒に入っていただけませんか? あたし、やっぱり素人ですし、怖いんです」

「え、ええ? そうかな。怖いなら……別に一緒でもいいよ。頼られるのは嫌じゃないからね」

「やった! 紅子お姉さん大好きー!」


 思わぬ展開に俺は開いた口が塞がらず、アリシアからの意味深な視線にがっくりと膝をつく。

 なんてうらやま、じゃなくて……アリシアめ。本当は怖くなんてないだろ! 

 確かに素人のアリシアが一人でいるのはよくない。よくないんだが……それにしたって複雑な気持ちになるのは止められなかった。

 嫉妬とかそういうのではなく、なんだか見せつけてきているようなその態度にモヤモヤする。嫌がらせかよ! 


「えっと、それじゃアリシアちゃん。一旦部屋に戻ってお風呂セットを取ってこようか」

「はい!」


 優しい笑みで先導する紅子さんと、足取り軽くそのあとに続くアリシア。

 まるで姉妹のような微笑ましい光景のはずなのに、素直に認められない自分の心があまりにも貧しすぎて自己嫌悪に陥った。


「令一くん、部屋に戻ろうか」

「うう……情けないところを見せてしまってすみません」

「大丈夫だよ。恋心って複雑だっていうし……それに、令一くんは自覚してるから変なことしないだろうしさ。これで八つ当たりするような人だったら、俺にも思うところがあったけどね。紅子さんは妹とも仲がいいし、俺も気にかけてるから……ちょっと」


 妹のように思っているとは言っていたが、まさかそこまでとは。

 これってつまり、うちの第二の妹を幸せにできなさそうな男はお断りってことか? 兄というより、どちらかというと父親の目線みたいだな。

 中学生くらいの女の子にまで嫉妬みたいなことをしている情けない俺に、どうしてここまで温情をかけてくれるのかが分からない。

 我ながら、こんなヘタレに紅子さんは任せられない! なんてことを思われても仕方ない行いしかしていないはずなんだが。


「なんで、俺を応援してくれるんですか。俺って自分で言うのもなんですけど、ダメダメじゃないですか」

「令一くん、一途みたいだし……あと、紅子さんのお話聞いてるとね。応援したくなっちゃうんだよ。いつも彼女のことを尊重して、その上で守ろうとしてるよね? 大丈夫、普段が格好悪くてもいざというとき格好良ければ問題ないよ」

「なんですか、それ」


 俺は泣き笑いしているみたいな気持ちになって、言葉を漏らした。


「ほら、ギャップ萌えーってやつ。それと、俺には敬語はいらないってば。そんなにかしこまらないでほしいな」

「……ありがとう、透さん」

「どういたしまして。応援してるよ。だから」

「うん」


 俺がなんていい人なんだと感動していると、透さんは輝くような笑顔で話を続ける。


「二人で解決したオカルトなお話、聞かせてほしいなって! どんなことがあったとか、どんな怪異にあったとか、是非とも聞かせてほしいんだよ!」

「オカルトマニアだ……!」


 歪みないオカルトマニア具合だった。

 感動してた俺の気持ちを返してくれ! 






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